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日本に秘められし偉大な祝福の言葉の力

緑輝く隠岐島

島根県の隠岐の島に行ってきました。島根県というのは石見、出雲、隠岐島の三つのエリアに分かれています。

隠岐島に行って一番最初に驚いたのは、植物の緑色が実に濃いことでした。島根県議会議員の吉田雅紀氏の説明にもありましたが、本土で見られる緑色とは全然トーンが違います。これは明らかに植物に含まれている葉緑素が多いのではないか?と、滞在中にその理由を考えていました。

どうやらマグネシウムがもともと土壌の中に豊富に含まれているのだということがわかりました。地球には地殻がありその下にマントルがある。これらが地球の地質を作っている。人間に例えると表皮と真皮。マントルというのは簡単に地表に顔を出す代物ではなく、地質学上マントルが地表から顔を出している場所が隠岐島なのです。

簡単に言うとマントルというのはカンラン岩などマグネシウムを多く含んだ地質でこれが吹き出している。それと海水が激しい風によって数百メートルの断崖絶壁に当たって、海水が水蒸気になって山の上に上がっていく。
それがあたかも空中散布するかのように植物に注がれる。当然海水の中には、ナトリウムありマグネシウムあり。
後から調べてみると、島根県の土壌の約2倍のマグネシウムが隠岐島の地質に含まれていました。

マグネシウムと豊かな生態系

私たちの体の中は微量元素といってごく少ない元素の中で鉄に次いで多いのがマグネシウムです。鉄は血液を作る、マグネシウムはおそらく免疫系や体の調整に非常に重要な役目をしているでしょう。
そのマグネシウムが多いと、これだけ自然の生態系が豊かになるのだということをまざまざと体感した旅でした。そして漁業も林業も盛んです。

木々も普通なら上に向かって伸びるのに何と多くの木々が横に向かって伸びているではないか。横に向かって伸びると下に垂れ下がるからリスクが伴うはずだ。だから相当強靭でないと枝を保つことはできないだろう。
お米もとてもモチモチしていて非常に美味しい。

そんな雄大で強大な自然環境に恵まれた島が隠岐島だ。

自立とは食べていけるということ


一次産業の割合は国内の平均だと1%、2%を切っていると思うが、隠岐島では何と8%(8割)近く!それだけ一次産業の「農業、林業、漁業」がとても盛んなのだ。これは何を意味するかと言うと「食べていける、生きていける」ということです。

僕は日本の自立について非常に関心があります。戦後一次産業を犠牲にした形で、工業すなわち二次産業、あるいは商業の三次産業がピラミッドの上の方に向かって進んできました。

日本の自立にとって非常に重要なことは「食料」だと隠岐島に来て痛感しました。隠岐の自然条件が農業、林業、漁業を支えている。これは「食べていける」ということ。これが人間の自立に大きな影響を与えるということです。

人は死んだら神になる


島民の人たちの家には仏壇がなくて神棚しかないそうだ。その背景にあるのは、人は死んだら仏になるのではなく神になるということ。しかもその神は親しい身内だったから、神人一体というか神様が日常生活に密着した形で存在している。

神様が親しい存在なのだ。だから神様に常に見られている、神を意識した生活ということが基本にあります。

神様に喜ばれるかどうか

そして隠岐島では、金持ちが尊敬されるのではなく神様に近い人が尊敬されると聞きました。古代の平和な時代におそらく存在したであろう社会の形はそのようなものだったのではないでしょうか。だから信仰心の厚い神社の宮司様が一番尊敬されている、心の拠り所だということです。

例えば、木を1本切ったら木を植えるのが当たり前だいうことにも驚きました。現在は戦後に木を切りすぎたことで山は荒れ放題になっています。そして集中豪雨や台風がやってくると、すぐに土石流や土砂崩れが起きて大変な被害を及ぼす。これは林業が荒んだ結果であると思います。

そもそも自然環境を創ったのは神であるのだから、神に意識が向いていると、法律やルールが無くても一人ひとりが自主的に自然環境の保護をするのです。神様が拠り所であると、複雑な法律体系は必要ではないことがわかかります。

当たり前のように自分の中の良心が語りかけるのでしょう。

物部氏はどこに行ったのか?


聖徳太子の時代のこと。仏教を尊ぶ蘇我氏と神道を中心とする物部氏で戦いが起きました。当時は豪族たちの争いが盛んでした。悪い心が蔓延っていた時で、その悪い心を収めるためには仏教が有利だと聖徳太子は考え蘇我馬子を中心に国家を運営しました。

確かに仏教は人の悪い心を制御するには非常に役に立つ。戒律、八正道などで悪い心を制御するというのが随所に見られ、神道にはそれは見られません。

気になったことは、敗れた物部氏はどこに行ったのかということです。冒頭で島根県は三つのエリアに分かれると書きましたが、島根県の石見には一ノ宮の物部神社があります。敗れた物部氏は全国各地、東北、島根、そして隠岐島にも本拠地を持ったのではないかと考えます。

であるがゆえに、隠岐島は神様中心の文化なのです。神様に意識を合わせる文化が隠岐に根付いていることは、隠岐を栄えさせた大きな原因の一つだと思います。

日本の衰退と一次産業


隠岐島は調べれば調べるほど非常に奥の深いところです。
幕末の時代には尊皇攘夷派が出て、直々に山崎闇斎の国学を中心に日本の自立運動を起こした歴史があり。明治維新以降西欧列強諸国に目が向いた時に、薩長同盟が大きく幅を効かせ薩長中心の政治家が政権を握っていました。

そして日露戦争あり様々な戦争を経て軍部の独走が始まり、天皇家より力というものに意識が向いていった。当時の力は主として軍事力です。
そして太平洋戦争を迎えそれが終わると次は経済力となり、今度は経済力を中心に1985年のプラザ合意によって円高となり、日本製品が高値で設定され途端に日本の輸出が陰り、日本製品は日本で買いましょうとなってそれがバブルを生むことになりました。
バブル崩壊以降リーマンショックあり、国内の景気はどんどん低下していった。その中で付加価値が高いのはIT産業だとして、IT産業に特化していったのです。

この流れを見ると、やはり日本というのは神様に目が向いている間は調子がいいが、西洋に目を向けて競争心などで外の世界に気をとられると、どんどん国力が衰退していくように思われます。特に一次産業を無視すると日本はダメになることが隠岐島に行って痛感したことです。

欧米型の自己啓発セミナーの弊害


日本人は今からどうしたら自立できるのか?
国際社会の中でどうしたら発言力を持てるのか?
日本人は自分を自国を卑下するところが日本の弱さだろうと僕は感じています。

1980年以降、自己肯定思想や成功哲学などの多額の自己啓発セミナーがどんどん日本に入ってきて全国各地で開かれていた。セミナーに参加している間は高揚感で頭に血が上って理想の夢を見たとしても、現実の社会は謙虚に過ごさないと組織から浮いてしまう。
自己実現のために多額のお金を払ってセミナーに参加したのに、会社をやめる、クビになるなどして多くの人が大変なことになったりした。それでどうなるかというと、多くの人がネットワークビジネスなどにはまっていきました。欧米ならベンチャーなどを立ち上げて投資家が投資するパターンが多いですね。

では日本人の自立はどうしたらいいのか?
日本人は自己卑下し過ぎです。もっと自信を持つことだが、日本人は他人の目を気にし過ぎて調和だけを重んじるところがあります。
日本人の自己肯定とは、日本的文化を受け入れず日本を否定した上で実現しようとするやり方のように思います。

つまり自己否定を否定している。否定の上に成り立つ修行やトレーニングは実はほとんど効果がない。
日本はこのままではダメだという思想自体がダメなのかもしれない。日本を否定する思想がダメなのかもしれない。

日本人のプラス思考は三段論法


日本人はどうして謙虚なのか?
どうして和を重んじるのか?
どうして出る杭を叩きたくなるのか?

私は素晴らしい、しかし欠点もたくさんある、しかし欠点も含めて素晴らしい。日本人のプラス思考にはこの三段論法が必要だと思う。これは物事を受け入れる姿勢である。長所も欠点も受け入れること。

これからは弱小国や弱小の民族は自国や自分の弱さを受け入れて外部に応援を頼む、そういった時代が始まっている。旧時代の軍事力や経済力だけではどうにもならない。

翻って力というものを考えた時に、この力の本質を日本国民は根本的に考えなければいけない時期に来ています。明治維新が成り立ったのは、第一に長州の人間が思想的に優れていたことが一つ。もう一つは薩摩が圧倒的な軍事力を持っていた。この圧倒的な軍事力と思想が結合して民主主義ができた。力に目覚めてしまった。その力をもっと研ぎ澄ますために軍事力を高めていきました。そして日露戦争で勝ってしまった、これは奇跡です。

しかしなぜ勝ったのか?勝因の分析をもう一度徹底的にやらなければいけない。当時ロシアは嫌われていたので、バルチック艦隊が日本に来る前に途中の港で、イギリスの一言でガソリンを供給することができなかった。その状況で疲弊した状態でバルチック艦隊はやって来た。

逆に日本は、多くの日本人が世界中で日本の良さを訴えていたゆえに愛されていた。ゆえに勝つことができた。しかし日本の軍事力と技術力はすごいと勘違いしてしまった。

日本が愛されていたのは社交術や人間関係構築能力によるもの。日本の軍事力、経済力を支えていたのは、技術力、言葉力、人間力だった。
それを忘れると途端に日本人は視野が狭くなる。そして大鑑巨砲主義で戦艦大和を作ったらすでに航空機の時代に入っていた。そして戦争に負けた。

日本は軍事力と経済力で勝負するのは難しい


日本は戦争に向いていないように思う。戦争の本質は、勝てる相手とだけ戦争をする。あるいは勝てる状況でないと戦ってはいけない。

宮本武蔵は戦って負ける相手とは戦わなかった。織田信長も負けるかもしれない相手と戦ったのは一度だけ「桶狭間の戦い」である。それ以外は非常に合理的な戦争しかしていない。

しかし日本の国民性からすると勝てる相手を徹底的につぶすことはできない。それは経済の世界でも同じだ。だから軍事力と経済力で勝負するのは難しい。

日本人の強みは言葉の力


日本人の強みは技術力と言葉力だと思う。これを一番理解していたのは聖徳太子ではないだろうか。隋の煬帝の性格を見抜いていたのだろう。下手に出ずに言葉を上手に操った。

人間は前頭葉が発達してから、実際は違うかもしれないのに「自己の定義づけ」をする習性がある。それは「知性の働き」によるもので「自己の定義づけ」に基づいて人生を送ります。そして他人から定義されると、定義されたように演じることになるのだ。

旧約聖書の創世記には、「神様は最後にすべてみてよしと言われた」と書いてある。全てのものを見てイイネ!と言えたら神様なんだな!というのが僕の感想です。だから私たちは生涯を通じて旧約聖書の創造主に近づくために、言葉の使い方を訓練しているのです。

他人から定義されたものでなく、自分で自分を振り返った時に初めて神と出会います。言葉は人間の意識を方向づける働きがあります。日本は「言霊の国」で、言葉が生命力を生み出す。外交も言葉の力を使うべきです。

バランスをとる日本人の大和


4万年の歴史の中で、日本人は世界中の人が食べたであろう多種多様なものを食す民族であり、そして負けて逃げて捨てられた民族が、負けたところに新天地を見つける能力があありました。

それはただ単純なマイナス思考でなく、バランスを取る力、それを「大和だいわ」と言います。

だから日本人は世界を融合させる力があることにだんだん気がついていくと思います。マスクの文化も被害者になるのではなく加害者になってはいけないという考えがベースにあるのが日本人でしょう。いずれは日本(人)を仲介にして、あたかもハブ空港になる時代が来ると思っています。

出雲で世界平和芸術祭の夢


隠岐島では吉田雅紀氏と「古代の出雲大社の復元」をしたいという夢を語りました。それが実現したら何が起きるのか?
実は復元したらいくらかかるのかとゼネコンがシュミレーションした例があります。問題は実行に移せるかどうか?

もし実現したら春と秋の大祭で世界中の音楽家や芸術家を招いて「世界平和芸術祭」などができたらいい。やがて日本に世界中の人々がやって来て、言葉を交わす、言葉の使い方を学ぶ。そういう時代が来るのではないでしょうか。

マグネシウムは接着剤の役目

マグネシウムは人間の骨を作っていて、骨は鉄筋コンクリートだ。鉄筋がカルシウムでコンクリート(セメント)がマグネシウムみたいなものなので、つまりマグネシウムは接着剤の役目を果たします。

面白いことに微量元素の中で一番多いのは、鉄、次にマグネシウム。日本は鉄の国でなくマグネシウムの国だと思います。そして今から世界中に日本の良さが伝わっていく。

目の前の人に二礼二拍手一礼する


日本人は今目の前にいる人を神にすることです。
相手の中の長所を二つ見つけて二回頭を下げる、そして二回誉めて二回拍手を打つ、最後の一礼は感謝です。

二礼二拍手は人間にやった方がよっぽど功徳があるでしょう。隣の人を大事にしなくて何が信仰でしょうか。現実を大事にしなくて何が信仰でしょうか。目の前の人を神にした方が遥かに功徳があります。神社に行って人生が変わったと思うのはただそうなった気がするだけでしょう。

日本人の自立とは?日本人の目覚めとは?いたずらに次元が上がるとか違う惑星に行くとか周波数が変わるとか宇宙人が降りて来るとかそんなことではありません。

そういう存在たちがいたとしても、私たちが自助努力をしない限り絶対助けに来ることはありません。私たちは現実を生きるべきです。その現実を自分にとってあるいは周辺の人たちにとって、住み心地の良い環境に変えるのが一番大切なことです。

最強の思想「八百神」


神社は本番ではありません。本番は人生です。神社は訓練の場所です。二礼二拍手一拝の精神で日々を過ごしましょう。立派な社も必要ないのです。昔は神籬と言って磐座や神木に縄をかけるだけでした。

信仰というものは、日常生活を生きる訓練です。日常生活が訓練で神社が本番だと思ったら大きな間違いです。生きていても死んでも自分の周りを天国ですることです。日常の24時間が信仰の只中になければ何の意味もありません。

朝起きたら口をゆすぐ、口は手水場です。肉の宮を調えること、精神を調えること。雄々しくたくましく日本人が羽ばたくのは日常の24時間二礼二拍手一拝の精神で生きること。

八百神とは日常生活は全て神という意味です。八百神とは最強の思想です。そうしたら必ず奇跡が起きます。

自然界には毒もあれば薬もある。太古の人はガンを毒を含んだ植物で治したと思う。病気が複雑になるほど毒が必要になった。西洋文化のように善だけ取ろうとしたらかえって行き詰まる。
善も悪もすべて利用するのが日本なのだ。

日本に秘められし偉大な祝福の言葉の力


大和は素晴らしい
八百神は素晴らしい
日常生活のすべてが神である

これまでの宗教は、感謝によってエネルギーを取り出した。
次はいかなる言葉によってエネルギーを取り出すか?
それは日本に秘められし偉大な祝福の言葉の力だ。
それを具現化できたときに日本は開花するだろう。

感謝のエネルギーはすべての力を集める。
祝福のエネルギーはすべての願いを実現させる。
次の経験は実現への道のりだ。

世界平和を作り出すのは「祝福」という言葉の力だ。

日本、地球という惑星、あるいは宇宙に秘められた巨大な力のバルブを開いて具現化するその原動力は、「祝福」という言葉である。

2022年5月 Dr.Shu 五島秀一
取材協力 足立療術院















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