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アートとタイパについて考えさせられたモノクロのハンガリー映画『ヴェルクマイスター・ハーモニー』(ネタバレ:ほぼなし)

今年の目標『月イチの劇場映画』達成のため(というわけでもないけれど)、復活したミニシアター・今池のナゴヤシネマ・ノイに行きました。
復活した直後でその日の朝にTVニュースでも話題になっていた先月はほぼ満席でしたが……

その熱が冷めたのか、あるいは掛けられる映画の個性によるものか、この日この時間は観客数10人ほどで……再びのピンチがやってくるのではないかと心配だ。

この日観たのはハンガリーのタル・ベーラ監督により制作された『ヴェルクマイスター・ハーモニー』(2000年公開)
キャッチコピーは、

世界に衝撃を与えたラディカルでパンクな傑作が4Kで蘇る
破壊とヴァイオレンスに満ちた、漆黒の黙示録

『ヴェルクマイスター・ハーモニー』パンフレットより

モノクロ145分と長いので、覚悟して座席に座る。

さて、映画をネタバレにならないよう紹介するのは難しい。ということは、やりがいがあるということでもある。
ストーリー以外に見出すものがなければ書けない、とも言える。

ピアノの伴奏が流れる中でストーリーが始まり、日常から動乱へと話は流れていく。その中に、いくつかのキーワードが散りばめられている:

・ヴェルクマイスター音律
・鯨
(というアイコン)
・プリンス
(というアイコン)
・秩序
・破壊

これらが何を暗示しているのかははっきりとは語られないが、おそらくはハンガリーという国の過去の歴史と関係している。
明示的に語られない方が、むしろ観客に自由度が大きい ── 勝手に解釈すればいいのだ。

ハンガリーはオーストリア=ハンガリー帝国として第一次大戦に参戦するが敗戦国となった後、短期間の間に、
・アスター革命→共和国の成立
・ハンガリー革命→共産主義国家の一時成立
・トリアノン条約→限定された領土で王国成立→右傾化
・ナチス・ドイツとの協調→第二次大戦で敗戦→共産主義国家の再成立

国体が変化する。

さらに、第二次大戦後にソ連の衛星国となった後も、戦争賠償の支払い義務や赤軍の駐屯費負担などによって経済は疲弊し、サッカー場での暴動も起きた
そして、スターリンの死後に起きた自由化を求める市民は集会禁止令にもかかわらず、大規模なデモを起こす。けれど、ソ連軍の侵攻により、多数の死者を出して鎮圧されるハンガリー動乱)。

『秩序と破壊』はこうした動乱と鎮圧の歴史を示唆している、と解釈できる。
そして、『鯨』とは、この国の東西に迫る大国だったり、ファシズムや共産主義の思想を示唆しており『プリンス』はヒトラーやスターリンのような独裁者でもあり、ある時期ある人たちには救世主的ヒーローに映ったかもしれない個人のメタファーではないか。
(あくまで勝手な解釈です)

ハリウッド映画や現代日本映画、テレビドラマを観慣れた我々にはこの映画のひとつひとつのカットがとにかく長い
例えば、主人公を見送る女性の表情をずっと撮り続ける。
長いカットはモノクロであることとも相俟って、2000年に作られたとは思えない、古びたフィルムの印象を与えている。それはおそらく、登場人物の服装などと併せ『ハンガリー動乱』(1956年)頃の時代を醸し出すのにきわめて効果的な仕掛けとなっている。

そして、
・示唆はするが説明しない。
ことに加えて
・1カットがとにかく長い。
撮り方が、この映画に Artistic な印象を与えている。

逆の言い方をすると、よりわかり易いかもしれない。
・この映画は非常に『タイパ』が悪い。
ハリウッド映画なら、5秒程度にとどまっているだろうカットを30秒ほど映し続けていたりする。
そして、
芸術とは『タイパ』が悪いものである。
── これは言い過ぎかな?

タル・ベーラ監督が『ヴェルクマイスター・ハーモニー』の前に発表した『サタンタンゴ』(1994年公開)は映画祭で受賞もしているが、上映時間はなんと、7時間を超える438分だそうで、これを知って思い浮かべたのは、かつてソ連など共産主義国家で見られた、パンなどを購入するために長い長い行列だった。

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