『家族経営企業の中間管理職になりたいか?』問題
知人に、従業員数十人の製造企業経営を父親から引き継いだ人がいる。彼が40代の頃、最大の悩みは、従業員が管理職を引き受けてくれないことだった。
課長になってくれないか、と候補者何人かを口説いたのだが、そろって、
「管理職手当をもらっても、そんな責任を引き受けるのは嫌です」
と断られたという。
「……だれも課長、やってくれないんだよ……いや、課長じゃ不満なら肩書は部長にしてもいいんだけど……」
二代目社長は、飲み屋で嘆いていました。
「会社の将来について、一緒に考えてくれる右腕が欲しいんだけどな……」
短編小説シリーズ『怪社の人びと』の新作『素晴らしき社員旅行』には、やはり家族経営の中小企業で『ただひとりの中間管理職』として働く『開発部長』兼『製造部長』兼『品質保証部長』の悲哀が描かれます。
「ウチの会社でも、『管理職にはなりたくない。専門職のままでいたい』って言う技術屋は多いけどね。でも、管理職をやってくれ、と言われて断る社員、いないみたいだよ。やっぱり肩書ってプライドを満足させるんじゃないかな」
知人に言うと、
「そりゃ、お前の勤務先は従業員が千人近くいるんだろ? ウチとは規模が違うよ」
と首を振った。
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上記の短編を書いていて思ったのは、
従業員が責任ある職位を引き受けるモティベーションは、会社の規模などではなく、将来像なのではないか?
ということです。
即ち、例えば『課長』という職位を引き受けて苦労しても、その先、自分の役割に発展性があればいいけれど、『素晴らしき社員旅行』のように、家族経営の企業では、ファミリーの次世代の人間が、その中間管理職を飛び越して経営者に就くことがあります。
そんな将来像が見えてしまっている状況で、なかなか『(さして発展性が見込めない企業の)永遠の番頭』として苦労を買って出てもらうのは難しいのかもしれません。
おそらく、唯一の『解』は、会社自体が目に見えて『発展』していくことなのでしょう。会社の将来性の中に自分の将来像を描くことができるでしょうから。
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