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エブリデイ・ピース・インディケーター -平和構築のパラダイム・シフト-

みなさん、こんにちは。今回は過去の記事でも少し紹介したEveryday Peace Indicatorsについて綴りたいと思います。私は、2024年3月に入って、エチオピアのガンベラ州で新しい事業を始めました。今回私はこの事業の中に、「平和的共存指標作成」という活動を組み込みました。これはEveryday Peace Indicatorsという別の記事でも少し紹介したプロジェクトと基本的に同じ内容の活動です。これによって、コミュニティー・ソースド(Community-sourced)でボトムアップ式の平和的共存を測る指標を作ります。その指標を基礎に活用し、平和的共存の測定調査をしたり、現地の人々の話し合いの題材にしたり、活動の計画・実行を行おうとしています。通常、活動があってその活動の効果を図るために指標を設定するものですが、その指標を、現地に根ざした形で先行して作成し、事業計画や効果測定などにも使用するというものです。

上記リンク先記事でも「ローカル・ターン」と「エブリデイ・ピース」の部分で紹介したように、トップダウン式平和構築が結果的に置き去りにしてしまう人々がいます。Everyday Peace Indicatorsはこの人々に焦点を当てることを実務の世界で試みます。コミュニティに「平和」の概念を定義してもらい「平和」の指標をつくり、それに沿って計画された事業を行います。つまり、「ローカル・ターン」で批判されている構造が生み出す、置き去りにされる層を下から掬い上げ、平和構築のあり方を組み替える試みであり、一種のパラダイム・シフトと言えるかもしれません。

ガンベラの話をします。ガンベラにはヌエル、アヌアック、ハイランダーなど複数の民族が住んでいます。民族間の紛争が散発的に起きており、慢性的な緊張関係があります。リソース不足や経済の状態が悪くなったり政治が不安定化すると、平和的共存が脅かされやすい状態となっています。こうした状態が続くことは難民支援に入る団体として支援に入りづらいので、平和的共存促進の活動として平和について話し合う対話セッション(Peace dialogue)を開いたり、生計支援をしたり、コミュニティの調和を目指すスポーツ大会を開いたり、学校で平和について考えたり平和促進の活動をする部活(Peace club)をしたりします。こうした活動は、どれくらい効果があるのか見えづらいのですが、事業として測らないわけにもいかないので各団体は、紛争の数、話し合いによって解決したコミュニティが直面する問題の数など、平和的共存が行われていると言えそうな指標を設定、調査し、事業の効果を測っています。しかし、これらの指標は、現地の人々が平和的共存を測るのに適切と判断し設けたものではなく、首都アディス・アベバや外国にいる「専門家」が設定したものです。一方、平和的共存指標では、ガンベラのイタン郡の人々にとって「平和的共存」とは何なのかを特定し、指標として具体化します。その次のステップとして、その指標を参考に活動を計画し、現地の文脈に合った平和的共存促進活動の実施を目指します。

一般的なEveryday Peace indicators(以下、EPI)の方法論を紹介したいと思います。まずコミュニティの代表者を集めたフォーカス・グループ・ディスカッション(以下、FGD)を行います。EPIでは、男性15人のグループ、女性15人のグループ、若者15人のグループをコミュニティにごとに分けます。1コミュニティは大体約1000人から、多くて2000人くらいであることが多いです。FGDではファシリテーターとノートテイカーがいます。FGDは数時間かけて行います。「平和とはあなたにとって何か」や、「どういったことを見たり聞いたりしたとき平和だと思うか」などの質問から始めますが、答えが抽象的であることが多いので、ファシリテーターは質問をし深掘りしていきます。これをProbing questionsと言います。そうするうちに、「平和とは町の治安がいい。」といった話が、「A村のX公園で女性が夜1人で散歩に行ける。」といった具合に、誰が(Who)、どこで(Where)、いつ(When)、何を(What)といったふうに具体度を上げます。これにより、より日常に根ざした指標に落とし込みます。

FGDが終了し、抽出された情報を、指標を書き出す作業に入ります。このときに気をつけることが数点あります。できるだけ参加者の言葉通りにし、意味合いを捻じ曲げてしまわないようにします。これは倫理的な意味でもそうですし、実務的な話として、理解を勝手に掘り下げることで正確かどうか分からない指標ができてしまいます。よっぽど現地の文脈を理解していたりして自信があれば言変えてしまっても大丈夫なケースもあるかもしれませんが、勝手に決めつけてしまって意味を捻じ曲げてしまっていないか注意しないといけません。

また、二重(またはそれ以上)指標にしてはいけません。例えば、先ほどの公園の例であれば「街の公園で子どもと女性が夜散歩に行ける。」とし「子ども」と「女性」をまとめてしまったとします。ある人にとっては女性が公園で夜散歩できることの方が比重が重いかもしれませんし。ある人にとっては子どもが公園で夜散歩できることの方が比重が重いかもしれません。これをまとめてしまうとそれが分からなくなりより正確な指標ができなくなるので要注意です。上記の点に注意しつつ、FGDの内容を指標に書き換えて、ロングリストを作ります。指標の数はディスカッション次第なので、100~150ほどで収まる可能性もありますし、1000を超えることもあります。

次に検証(Verification)に入ります。1回目のFGD参加者をもう一度収集し、2回目のFGDをします。そこで、作成したロングリストを読み上げます。参加者は指標が適切であるか検証し、追加・修正・削除をします。それによってプロジェクトチームが汲み取った情報がFGD参加者の考えと齟齬を生み出さないようにします。

次は投票です。FGD参加者とそれ以外のコミュニティメンバーが検証を終えたロングリストの指標に投票します。一人15票持ち、もし特に重要だと思う指標がある場合は2票以上を投じることも可能です。通常、大きな紙に印刷されたロングリストを壁などに貼り付け、ステッカーを貼り付けていきます。女性、若者、男性によってステッカーの色を分け、どの属性がどれを重視しているのかも可視化できるようにします。最終的に最も得票した指標で30〜40個くらいに絞り、ショートリストを作ります。これで指標の完成です。

完成した指標は様々なものが考えられます。例をいくつか挙げてみます。
・Pという場所の道路が補修工事される。
・K村の人々が象に脅かされることなく村の中を自由に移動できる。
・K町の人々が貯金を始める。
・M、S、T教の人々がA町で喧嘩することなく燃料を買うために列に並んでいる。
・T池で捕れた300円(便宜上、円)の魚が500円で売られていない。
・灌漑農業中に停電が起きない。
・T町の農家が肥料を買える。
・K村で、食糧不足により親が子供を食べさせるためにご飯を我慢していない。

これらの指標を実現させるためには誰が何をどうする必要があるのでしょうか。対応するのは政府なのか、NGOなのか、コミュニティ自身でなんとかできるのか、またはその組み合わせなのか、現地の文脈とともに分析し事業を計画(Design)します。また、事業経過のモニタリング(Monitoring)や事業の効果の評価(Evaluation)についても、同じ指標を使うことができます。また、作った指標をコミュニティにgive-backすることも重要です。指標を作るまでたくさんの人の参加がありますが、出来上がった指標を持ち去ってしまいコミュニティにフィードバックがないのは酷い話です。Give-backの方法として、例えば、EPIはカードゲーム形式にしたことがあります。それを学校などに置いてもらい、現地の人々がどのような活動ができるかなどを話し合うことができる機会に繋げます。一方で、カードゲームは文字を読める必要があるので、識字率が低いコミュニティの場合はいい方法ではありません。この課題にも対応できる取り組みとして、Photovoiceがあります。これは指標を題材にした写真を現地の人に撮ってもらいそれを展示する取り組みです。

ざっくりとではありますが、以上EPIについてでした。上記の方法論を基にしてガンベラ州イタン郡で平和的共存指標を作ろうとしているのが私の事業になります。上記と全く同じ通りにはならないかもしれませんが、原則としては同じです。ロジ、時間・予算的制約、現地状況など現状に即した形で調整し実施することになるでしょう。

EPIは、リベラル・ピースへの批判、ローカリ・ターンの流れ、そこからの反省などの蓄積の上にあります。この取り組みは平和構築業界として新しく、本家のEPIでさえも実務的なマネジメントのノウハウ、ロジや時間・予算的制約など、理論と実務のズレからくる課題で試行錯誤が多いのも事実ではありますが、行き詰まりを見せていた従来の平和構築を打開する方法論として提唱されているのがEPIで、実践、経験の蓄積が進んでおり、実務家の間でも急速に注目を集めている試みと言えるでしょう。

【参考文献】
・Fairey, T., Firchow, P., & Dixon, P. (2022). Images and indicators: mixing participatory methods to build inclusive rigour. Action Research

・Mac Ginty, R. (2013). Indicators+: A proposal for everyday peace indicators. Evaluation and Program Planning, 36(1), 56–63.

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