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第33回読書会レポート:庄司 薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』(感想・レビュー)

(レポートの性質上ネタバレを含みます)

今回は初めましての方が6名も!
読書会未経験者~主催をされている方まで~
年代も幅広く、リアルタイムで読んだ経験のある方から、まさについ半年前に主人公と同じく受験で悩んだ記憶の新しい年代の方まで……。
大変理想的な集いの場となり、あっという間の2時間でした。
ご参加の皆さまありがとうございました。

参加者の皆さまの感想

・ドロップアウト
・人生の逆張り
・エリートの負い目
・知性への賛美
・読みやすい
・読みにくい
・ケーコートー・サンパ・ミンセーなどなど分からないワード多数
・括弧が多い
・伏線が張り巡らせている
・エロティシズム
・当時の若者
・日比谷高校の先輩が書いた本だった
・当時は庄司薫の本を読み漁った思い出がある
・全く知らない作品だった

作品の背景


『赤頭巾ちゃん気をつけて』は1969年第61回芥川賞を受賞しました。
1969年といえば、1月20日に東大の入試中止が受け入れられるという異常事態の起きた年です。

主人公の「薫くん」は、学校郡制度が導入される前の最後の日比谷高校の3年生。東大が入試中止を決定し、国立大学の願書受付が2月10日と迫るなか、その前日1969年2月9日に巻き起こった”ふんだりけったり”な一日を描いた、独白文体の作品になっています。

「可哀そう」という無責任さ、その裏に潜む嫉み僻み

この年に東大受験を控えた受験生へ向けられた眼差しは「可哀そう」というものでしょう。
しかし、この不幸なエリート候補に対する「可哀そう」には、多分に様々な思惑がこめられているのではないでしょうか。

可哀そう、だけど、、、人の不幸は蜜の味。

例えば、、、ウチの息子の時でなくてよかった〜そもそも東大受験生なんて一握りの人種の話だしね〜苦労の知らないエリートお坊ちゃんがどうするのか興味津々〜などなど、
日頃抱えていた嫉みや妬みをやんわりとオブラートに包んで、さも相手を慮っているようにみせる、なんとも便利な言葉だとは思いませんか?

本当に本人と同じ目線で状況をとらえ言葉を伝えるのならば「可哀そう」ではなにも解決しません。

「可哀そう」では無責任です。

誰にも嫌われないよう人生をソツなくこなしてきた、
”人の幸福を考えてきた”エリート候補が、可哀そうの先にある違和感と対峙する物語。
私はそんなふうに読んでみましたよ。

1969年2月9日日曜日の薫くんは……

・十年ちょっとぶりに風邪をひき(死者50万人と言われたホンコン風邪が当時本当に流行っていた)
・使い込んだ万年筆を紛失し
・十二年飼っていた犬に死なれ
・左足親指の生爪を剥がし(廊下に置いてあったスキーのストックの切っ先を猛烈に蹴っ飛ばしたため)
・(グロテスクな怪我の描写を避けながら)繊細な女友達にテニスの約束を断り
・素肌に白衣だけの女医さんから治療を受け(それをゴセーケツに対応し)
・教育問題に興味最高潮の最も警戒すべき奥様に鉢合わせ(いいお返事で対応し)
・お見合い相手が家に来て(もちろん居留守を使い)
・小林が遊びに来て(黙って話を聞き)
・それからフラリと外へ出て駅前の蕎麦屋でお腹を満たした
・そのまま電車で銀座へ

と、可哀そうのオンパレードです。

お行儀よくて親切で気のいい薫くん、居直る

銀座の街を足を引きずりながら歩いていると、人波が前から後ろから薫くんにぶつかってきます。通りの遠くまで家族や恋人同士でそれぞれ勝手に楽しそうにしている姿で溢れている中、ふつふつと怒りがこみ上げてくるのでした。

「誰もひとのことなどほんとうに考えはしない、ましてやみんなを幸福にするにはどうしたらいいかなんて、いやそんなことを真面目に考える人間が世の中にいることさえ考えてもみないのだ。(新潮文庫P155)」

「馬鹿ばかしい一人合点から抱え込んでいるもろもろのうんざりするものをあっさり放り出して、(中略)なにもつまらぬことであれこれ頑張ったり踏んばったりすることはないんだ。どうせいくらやっても、お行儀のよい優等生でいやったらしい体制エリートの卵でと白眼をむかれ蔭口をきかれあしをひっぱられるのがおちなのだから。こっちから先手をうって、さっさとゴマをすり、居直り、趣味なんかもカッコよく確保して、なにごとも適当にやっていればそれでいいんだ。(中略)そしてなにもぼくが、そういつもよりによって難しいやりにくいことばかり選ぶなんて必要はどこにもないんだ。誰にも頼まれたわけじゃもともとないんだから。(新潮文庫P156)」

さらには、プレイボーイになってもいいし、ゲバ学生になってもいいしと、薫くんのうるさい思考は自暴自棄の頂点へと達します。

反抗という名の自傷行為へ……?

薫くんは何一つ悪いことはしていません。
むしろ人に気を遣い続け気のいいヤツを通してきた人生でした。
それなのに、世の中から不条理な仕打ちを受けるのです。

「ぼくの中に生まれて初めて、この見知らぬ人々に対する、そしてこのざわめきこの都市この社会この文明この世界、このぼくをとりまくすべてに対する抑えきれぬほどの憎悪が静かにしかし確実に目覚めてくるのが分かった。そしてその憎悪は、生まれると同時にたちまち激しい怒りと敵意と復讐を誓う怨念のようなものへと姿を変えていった。ぼくはこの復讐を必ずするだろう。それがどういう形になるかは分からないけれど、しかし必ずぼくはやるだろう。何故ならあんなにも素直に、あんなにも努力して何かを守り続けてきたぼくを、ののしり嘲りからかい追いつめそして足をひっぱり続けたのは、おまえたちなのだから。ぼくがこれからどうなろと、何をしようと、どんなにダメになろうと、それはみんなみんなおまえたちのせいなのだから。(新潮文庫P159~160)」

これはもはや、無差別殺人を犯す犯人と同じ心理状態に近いかもしれません!
はたして薫くんはこのまま立ち直れるのでしょうか???

カナリア色のリボンをつけた女の子

そこへ突如、カナリア色のリボンを付けた女の子が、薫くんの怪我した左足親指を踏み抜いていきました。
激痛に悶絶する薫くん。
女の子は「ごめんなさいね。」と謝ります。

その女の子の母親は、おばちゃまとお店でお茶をしている真っ最中で、手持ち無沙汰になった娘に、本を買ってきてもいいとお小遣いを持たせたとのことでした。

母親に放っておかれる「可哀そう」な女の子。

女の子は、赤頭巾ちゃんの本が欲しいとのこと。
それを知った薫くんは一緒に行って本を選んであげることにします。

赤頭巾ちゃん気をつけて

様々な解釈がなされている赤頭巾ちゃんの物語は、見知らぬ人を信じちゃいけませんとか、道草すると怖い目に遭うなどと罪の意識を刷り込む説教じみた変なものもあるのです。

そうではなく、狼さんを見てもニコニコしているような、楽しく道草したり、食べられてもニコニコとお腹の中から出てくるような赤頭巾ちゃんを選んであげたいと、薫くんはとっておきの一冊をさがしてあげます。

得体の知れない狼に飲み込まれた薫くんの、お腹の中から笑って出てくる女の子になってほしいという、切なる願いが伝わってくるところです。

サンパとかミンセーとか、東京とか一橋とか京都とか、ケーコートーとかゴセーケツとかキドッテルとかラリパッパとか、女性自身とか女性セブンとか平凡パンチとかとか、、、

そういった記号や現実を狼になぞらえ、そこに飲み込まれても笑って出てくるような可愛い素直な女の子になってほしい、そんな願いが込められているのではないでしょうか?


世間という狼のお腹の中から助けてもらった薫くん

女の子との別れ際に「あなたも気をつけて」といわれたような気がした薫くん。

その優しさに触れ、また、女の子に薫くんの真心が伝わったと感じ、なにか熱いものが胸の中に溢れてきます。

人の幸福を考えられる女の子とのハートフルな一期一会の出会いは、薫くんを救いました。

そして、恨めしく思っていた薫くんを取り巻く全ての現実が、
「なにかとても言葉にならないような何かを教え知らせ贈物にしようとでもしているように思えた。(新潮文庫P177)」

と、薫くんの世界への認識が変容します。

さらに薫くんの思考の変容は止まりません。


「ぼくは海のような男になろう、あの大きな大きな優しい海のような男に(新潮文庫P178)」
「ぼくは森のような男になろう、たくましくて静かな大きな木のいっぱいはえた森みたいな男に。(新潮文庫P178)」


ここは、薫くんが真のエリートとして目覚め立ち上がった瞬間と捉えられるのではないでしょうか。


足の爪が無く自力で歩んでいく力を奪われ、逆にそれが功を奏して”踏み外さなかった”のかもしれませんが、私にも薫くんみたいに世界を捉え直せる知恵と器と運が備わっていれば、人生踏み外さなかったかな?笑

いずれにせよ、赤頭巾ちゃんという我々後輩たちへの力強いメッセージとして受け止められるのではないでしょうか?

皆さんは、何か得体の知れない大きな狼に飲み込まれたことはありますか?

そしてそこから笑顔で戻ってこられましたか?

(2022年10月23日日曜日開催)

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【第33回課題本】

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