モヤモヤを形にするヒントは、石を投げてくる人|サンプル・ワークショップ2021『ほり出す。』〈戯曲〉〈演出〉開催レポート
あなたは自分のことを、もう十分よく分かっていると思いますか?
2021年7月18日、自分を「ほり出す」ことを起点として日常を見つめ直すワークショップ『もしも自分が…』『ピントを合わせる、脱線する』を開催しました。松井周の標本室メンバーがレポートを作成してくれました!
〈書き手:佐藤鈴奈 編集:松井周の標本室運営〉
〈ワークショップタイトル〉
戯曲『もしも自分が…』
演出『ピントを合わせる、脱線する』
〈講師〉
松井周 劇作家・演出家・俳優/サンプル主宰
はじめに
私は小学生のころに書いた『がむしゃら星』という、がむしゃら星人が、がむしゃらにサッカーを練習するお話以来、戯曲を書いたことがありません。
戯曲を書くというのは、なんとも難しいように感じます。
しかし、今回参加した松井さんのワークショップでは、戯曲を書いたことがない、ましてや演劇なんてやったことない人とも一緒に、自分を『ほり出す。』をテーマに、短い戯曲・演劇を作りました。
どのチームも、まさかそんな物語が現れるとは!と驚きがあり、周りの力を借りながら自分をほっていくことで、誰にでも戯曲・演劇は作れるのかもと感じる時間でした。
ワークショップの様子も併せてお届けしますので、自分だったらどんなお話をつくるかなと、想像しながら読み進めていただけると嬉しいです。
演劇のおもしろいところ
松井さんは、演劇の面白いところは2つあると語りかけます。
1. 演劇の二重性
「演劇は基本的にライブで行われ、空間も、俳優や観客の身体も、そこに流れている時間もホントのものです。その一方で、ウソも合わせ持ちます。例えば、お話の中でつくり出される王宮という空間、王様の身体、500年前の時間、これはウソになります。
共有している部分と想像力に委ねる部分が同居している。この二重性をどう使っていくのか。これが演劇のおもしろいところです。」
2. 五感をゆさぶる
「フィクションなのになぜか五感で感じてしまう。ライブならではだと思うのですが、このゆさぶりができるのは演劇の強みだと思っています。」
ほり出す
この演劇の二重性と五感を意識しながら、4つのポイントで物事をほり出し、短い演劇をつくって行きました。
1. 自分をほる(テーマを考える)
2. TPOをほる(環境を考える)
3. もしも自分が(納得できるか)
4. 序破急(問題をおこす)
1. 自分をほる〜快・不快にフォーカス〜
ほり出していくウォーミングアップとして、まずは日常で感じる快・不快に焦点を当てます。
問い:五感的(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)に快・不快だと感じるものは何ですか?
皆さんの回答の一部:
・生ごみとペットボトルのごみが一緒に入っているゴミ箱
・グラスが並んでいる食器売り場を歩くとき
・タッパーの油汚れのぬめり
次に会場内を歩き回って、快・不快を感じた場所を探しました。
いきなり「今から会場内で好きなところ、または嫌いなところを探してみましょう」と言われましたが、皆すぐに見つかります。普段はあまり意識していない五感をあえて使うことで、自分が快・不快を何気なく感じているのだと気づきました。
(ここだ!という場所を探す皆さん)
(このちょっと出ているところがグッときます、とのこと)
(いざという時にこの排気孔から逃げられそうなので好き、とのこと)
次に、五感の快・不快を元にして、自分がずっと気になっていることや逃れられないと感じているものから戯曲のテーマを考えていきました。松井さんはこの自分をほっていくことに関して、このように仰っていました。
「テーマは自分からしかでてきません。例えば社会問題がテーマでも、自分と社会を結び付けて、この問題を自分がどう捉えるのかが大切です。
五感で感じたり自分の中で何度もめぐってくることをテーマにすることで、戯曲を書き続けることができると考えています。」
テーマをより強固にしていくためには、〈はい〉〈いいえ〉〈どちらでもない〉の3つの立場をめぐらせて、その連鎖を使った模索が大切だそう。
「そのテーマに関して、もう自分は十分考えた、こんなに考えたのだから理解できていると思い込んでしまう場合があります。外部からの意見を受け付けなくなってしまうと、自分の言いたいメッセージを戯曲の最後に全て言って終わってしまう。それは戯曲ではなくてもいいのではと私は思っています。テーマを分析する際には、そのテーマについて否定する人や興味を持っていない人の視点を取り入れると、より視野の広い鍛えられた意見になります。」
この、〈どちらでもない〉立場がとても新鮮でした。これまでは、ある事象に対して賛成の人と反対の人、2つの意見があれば話はつくれると思っていました。なぜ賛成・反対なのかと互いの意見を主張することで、話が進んでいくと考えていたのです。
しかし、実際には〈どちらでもない〉も影響を及ぼすし、私たちの周りには圧倒的に多い。むしろそういう人の行動こそがおもしろかったりするのだと気付きました。強く賛成・反対の意見はないけれど、周りの人がこうしているからと何となく流れに乗ったり、そもそも興味がなく別のことを考えていたりと、まるで「世間」だと感じました。
自分の意見を伝えることも、もちろん大切ですが、松井さんが仰っていたように、それだけでは作者だけの世界で終わってしまいます。作者の意見に対して、反対の人・興味がない人の登場によって、作者がなぜそのように考えたのか、その背景にある社会までが浮かび上がってくると感じました。
ここまでを踏まえて、参加者それぞれが自分のテーマをほり出しました。
(全員、沈思黙考…!)
2. TPOをほる〜TPOとはプレイだ〜
TPOとは時間(time)・場所(place)・関係性(occasion)。その場にふさわしいふるまいを指します。
TPOをほることで、その環境で思わずやってしまうふるまいがある状況、つまり自分の言いたいことが戯曲の中で直接的に現れず、無意識に出てくる場をつくります。
TPOは「○○プレイ」と考えると分かりやすいそうです。
居酒屋プレイ……初めて行ったお店でも、後輩の前ではお店のことを知ってる感を出す。
ラーメン二郎プレイ……ルールをわかってますよ感を出す。
夜道プレイ……夜道で前に女性が歩いているときに、怪しまれないように反対車線に行く。
みなさんは日常でどんなプレイをしていますか?いくつか思い浮かんだのではないでしょうか。このように、どのような環境だと1.で考えた自分のテーマが無意識に露出するかを考えました。
その後は、自分のテーマを携えてチームを組みました。チームでテーマを1つに絞り、5分ほどの演劇をつくっていきます。
(なおチームは〈好きな場所が近かった同士〉で結成)
私のチーム内で発表されたお互いのテーマはこのようなものでした。
・人の生と死
・本音を言うか言わないか
・つながり
・速度
・親戚関係
・嘘
自分でほったテーマを他者と共有することで、自分にとっては何気ないことでも、おもしろがってくれたり、自分だけだと思っていた違和感を他の人も感じていたりと、様々な角度から見つめ直すことができました。
3. もしも自分が〜全てのキャラクターは自分から〜
次に登場人物を決めていきます。
「登場人物を決める際には、もし自分がその場にいたら、どういうふるまいをするかを考えましょう。自分のイメージを超えた知らない世界をつくってしまうと、人物同士の関係もよくわからないまま演劇が終わってしまうので、〈もしも自分が〉という観点から考えていきます。」
さらに〈はい〉〈いいえ〉〈どちらでもない〉の3つの立場の登場人物を設定することで、より説得力のあるシーンが構成しやすくなるそうです。
(だんだん身振りが大きくなってくる皆さん)
4. 序破急〜物語は問題が起こる前から始まる〜
最後に、物語をつくります。どう展開させていくか、チームのメンバーと序破急を考えました。
序:誰、どこ、いつ(問題が起きる前)
破:問題がどのように起きる?(問題が起きた後~経過)
急:終わり
テーマが露出するときは何かしらの問題が起こるときとのこと。従ってどう問題を起こすかを話し合いました。
しかし、この問題を起こすことがどうにも難しく、どうしても不自然になってしまいました。
「私たちは問題を起こさないように行動しているので、そうそう問題は起きません。ならばどう問題を起こすか。問題を起こす人は外にいる方が展開しやすいです。別に登場人物がその問題に直面しなくても、問題を起こした人から石を投げられればいいです。
例えばここに親戚の借金500万円の請求書が届いたとします。だれが払うのか、払わないのか、無関心なのか。問題の当事者がいなくても、周りの人が困り、当事者になっていきます。」
私たちのチームは、登場人物の誰がどう問題を起こすかばかりを話し合っていたのですが、問題はその場にいない人やモノが起こしてもいいという松井さんからのアドバイスに、思わずひざを打ちました。
(松井さんのアドバイスにな、なるほどっ!とひざを打つ皆さん)
(実際に動きながらシーンを作っていきます)
ついに発表!
私たちのチームは「嘘」をテーマにした作品を発表しました。
小学生向けに遺跡案内をしているNPO団体が、明日のツアーに向けて新人ガイドに教えている最中に、実はその場所は遺跡ではなかったという嘘が明らかになる話です。
嘘を許す人、許さない人、許す・許さないはどちらでもいいが、明日のツアーのことを心配する人。それぞれの立場から嘘をつくことについて思いを巡らせながらつくりました。偽遺跡の設定は会場である北千住BUoYの雰囲気をどう活かすか考える中でたどり着いたものです。
半日と短い時間だったにもかかわらず、1~4のポイントと問題の起こし方がチームごとに多種多様で、松井さんからのフィードバックも含めてとてもおもしろかったです。
「犬」
戯曲ワークショップで初めましての5人。チームで戯曲を作るため「犬かわいい」をテーマに決定したが周りのチームはもっと深淵なテーマのようだ。このまま「犬」で突き進むべきか…?
「いい家」
事実婚の夫婦が念願のマイホームを購入する。やっといい物件が見つかったのに、オーナーが入籍した夫婦にしか売りたくないと言い出して…!?
「ゆくゆくランド」
遺跡案内のガイドの研修中。新人がぽつりと「え、ここって遺跡じゃなくてゆくゆくランドですよね?」
「待ち時間」
なかなか開かないトイレ。長引く列。迫る尿意。待つか、待たないか…!?
「MON」
とある忙しい病院。患者がやってきたがルール上もう受け入れられない。でも、目の前で苦しんでいる人を放ってもおけない。
「銭湯にて」
かつて両親が経営していた銭湯。家族の大切な思い出の場所なのに、長男が勝手に売却の手続きを進めていることが発覚し…!?
最後に
自分をほっていくことを通して、普段の生活の中で感じた違和感や、気にかかった出来事に対して、じっくりと向き合うことができました。自分の中に溜まっていた霧のようなものが、少し形になって見えたような気がします。
最初は戯曲を書くことに対して少し抵抗があったのですが、自分を深くほることができる表現なのだと思えるようになりました。
また、このワークショップには演劇だけでなく、様々な分野で活動されている方が参加していたため、一緒につくる活動を通して色んな視点からテーマについて考えることができました。とても、刺激的な空間でした。
おまけ
後日、松井さんの戯曲を読みました。
松井さんが変態だと言われている理由がなんとなくわかったような気がしました。
(編注:気になった方は、こちら↓からご購入ください!!)
〈講師プロフィール〉
松井周(まついしゅう) 劇作家・演出家・俳優/サンプル主宰
1972 年、東京都生まれ。1996 年に平田オリザ率いる劇団「青年団」 に俳優として入団。2011 年『自 慢の息子』で第 55 回岸田國士戯曲賞を受賞。2011 年さいたまゴー ルド・シアター『聖地』(演出:蜷川幸雄)、2014 年新国立劇場『十 九歳のジェイコブ』(演出:松本雄吉)、2016 年 KAAT 神奈川芸術 劇場「ルーツ」(演出:杉原邦生)など脚本提供も多数。
松井周が描く猥雑かつ神秘的な世界の断片を、俳優とスタッフが継 ぎ目なく奇妙にドライブさせていく作風は、世代を超えて広く支持 を得ている。 独特な世界観は New York Times で「最も注目すべき演出家」と紹介 され、戯曲は英語・フランス語・イタリア語・韓国語で翻訳されて いる。2016 年には「離陸」で台湾に初上陸、2018 年に「自慢の息子」 でフェスティバル・ドートンヌ・パリに参加。
松井周の標本室とは
松井周が主催する、スタディ・グループです。
芸術やカルチャーに興味のある、10代~80代で構成されており、第2期(2021年度)の活動期間は2021年4月~2022年3月の1年間です。
標本室メンバー自身も「標本」であり、また、標本室の活動を通しあらたな「標本」を発見していきます。
「標本」を意識することで世の中を少し違った目線で見たり、好きなことを興味関心の赴くままに自由に話しあえる場を作りたい。
そんな思いのもと、テーマに応じたトークイベントやワークショップを開催し、ゆくゆくは演劇作品のクリエイションを行っていく予定です。
お問い合わせ:hyohonshitsu@gmail.com
サポートは僕自身の活動や、「松井 周の標本室」の運営にあてられます。ありがとうございます。