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夢で逢いましょう 7 『猫』

夢の中にネコが出てきました。
夜の線路を歩いていたのです。

「お?なんだ。ネコか?犬か?」
「ニャオーン」
「やっぱニャンか。どうした?こんな夜更けに。もう夜が明けるぞ」
「ㇴアーゴヌァーン、ニャン <よるのせんろはつめたくてきもちがいい>」
「て、オレもさ。さっきまで友達と飲んでたんだ。8人くらい。歌って踊って騒いで。楽しかったよ。でもさ。オレってそんなときに急に一人になりたくなっちまう。ふらっとね。いなくなりたくなるのさ。で、終電も終わったし、こうして線路を歩いて家路につこうとしているわけ。おまえも家に帰る途中かい?」
「二ャアーン、ㇴアーゴ、ニャ? <にんげんはなんではしる箱にのる?>」
「何言ってるかわかんねーよ。あ、そうだ。ハラ減ってないか?ソーセージあるぞ。マスターがくれたんだ。ドイツのだぞ。イッヒフンバルトデルウンチ。ハハ。何言ってるんだろオレ」
「ヌァーン、ニャァゴ <ソーセージすき>」

「どうだ?ンマイか?
ああ、そういえば高校生の時、毎朝、雨戸をあけると、石の上におまえみたいな野良ネコがいてさ。バチネコっての?茶色の尻尾の短いやつ。ブチって呼んで仲良くなった。ブチもソーセージとか大好きだったなあ。魚肉のやつな。最初は警戒されたけど、毎朝、顔を合わせているうちに慣れてきてさ。なでるとゴロゴロってノド鳴らして。
おっと、おまえにはしないよ。わかってるんだ。ブチはさ。オレに愛撫されると気持ちよさそうにするけど、そのあと、近くの木に爪を立ててひっかくのさ。で、オレはある日ハッと気がついたんだ。ブチは野生の本能とイエネコとしての甘えとの間で、葛藤しているんじゃないかってね。
このままオレに甘えてたら、野生では生きていけない、て。そんなブチの気持ちがビビって伝わってきたんだ」
「ヌアーン、ニャニャ <ソーセージ、んまいんまい>」

「だからオレはその日から、エサを直接あげないで、少し離れたところから、投げてあげるようにしたんだ。そうしたらさー。ブチは木に爪を立てたりしなくなってさ。もー、なんていうかな。オレたちの間には絶対の信頼関係ができたんだ。絶妙な距離っていうのかな。今でいうソーシャルディスタンスってのとはちがう。
そう。ラブ・ディスタンスだ。ブチがオレに愛撫されたいとき、それから放っておいてほしいとき、いろんなブチの気持ちがなんとなくわかるようになったんだ。
そう。大切なのは…なんていうか…」

「寄り添うことニャ」
「そう!寄り添うことだ。おたがいがおたがいの気持ちを尊重しながら距離を、え?ちょとまて。今、おまえしゃべった?しゃべったろう?」
「ニャオーンゴ」
「…だよなあ。んなわけない。まだ酔いがさめてねえのかな、オレ。ハハ。ま、そんな感じで、ブチはオレといると安心しているみたいで。ある日、いつものように、雨戸をあけると、ブチのそばに3匹の子猫がいてさ。そりゃ、びっくりよ。ブチはオレに子供を見せに来たのさ。もー、かわいくてさー。もちろん、子猫たちはシャーシャー言って警戒してたけどな。うんうん、それでいいぞ、って。ブチと顔見合わせて笑ったよ。そのうちの一匹は足の先が白くって、チョーかわいかったっけ。名前、つけたんだけどな。なんて言ったかな」
「そらニャン」
「あ、そう。ソラだソラ。え?」
「ンニャウーン」

「…ま、いいか。でしばらくしたら、子猫たちもすっかりオレになついてさ。でもオレは甘やかさなかった。野良猫には野良猫の生き方ってのがあるからな。うちでは飼えないし。そりゃめいっぱい撫でてやりたかったけどさ。ぐっと我慢した。で、オレよく部屋でギター鳴らしてでかい声で井上陽水とか拓郎とかの歌を歌ってたのさ。そうしたら隣の家から苦情が来ちゃってさ。ハハ。そりゃそうだよな。受験生がいたし、毎日、人生が二度あれば、なんてのを聞かされちゃたまんないわな。ハハ。んで雨戸は隣の子の受験が終わるまで、閉めっぱなしになったんだ。だから半年くらいブチたちとは逢わなくなった。時々、ソラが走っているのを見たことがあってうれしかったけど、ブチの姿はそれっきり見なかったなあ」
「ㇴアーン。アーン <きみがすきだよ>」

「お、なんだ、撫ぜてほしいのか?ん…とにかく、オレはブチに教わったよ。
そう。愛、ていうのは、まず相手を受け入れること。寄り添うことだっていうこと。そうして相手を感じることが大切だって。ひとの気持ちもそうだろ。わかるわけないし、わかる、なんてのは自己満足のうぬぼれだよな。最初はブチを撫ぜたい、愛撫したい、って思ったけど、ブチの心を感じたとき、自分のそうした欲望や気持ちより、なにが大切なのかってことがわかったんだ。時には離れたり、知らんぷりしたりもする。それも、愛だ。理屈じゃうまく説明できんけど、離れていてもひとつになって、在る、ていうことかな。ホント、いろんなことを教えてくれた。オレにとっちゃ、ブチはにゃんこ大先生だったよ。
ブチ、どうしているかなあ。あれから、そっか、10年はたってるな。たぶん、もう…」
「ニャウーン、ニャニャ <ソーセージおいしかったよ>」

「…東の空が明るくなってきたな。ふう。…あ、おまえ、どこ行くんだよ。おい。ニャンコ、待てよっ」
「ンナァァーーーゴ、ニャーン <またねーっ、げんきで>」
「…あ、おまえ、足が。…白い。おまえ、もしかして…」

ソラともわからぬネコは真っ赤に染まった朝焼けのなかに
消えていきました、とさ。

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