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人は、自分の深まりとともに愛し方を変えていく。

僕は今、帰りの飛行機に乗っている。機体の不具合でちょっと遅延してるっこともあり、せっかく時間もあるので、今回の旅で感じたことをまとめていこうと思う。

今回の福岡旅行を通して心の底から思ったことがある。それは、「人が素敵だ。」ってことだ。ベトナム行った時も思ったけど、世界中どこでもどんな人にも自分なりの物語があって、僕の人生と同じくらい大事な人生がある。これを再確認できたことは今回の旅の1番の収穫ではと思っている。生まれ育った場所は違えど、全ての人があなたが大事そうに抱えてるものと同じくらい大切なもの、そして大切な人を持っている。なかなか東京にいると、自分と他人の境目って大きくて、肝心なことを忘れがちになってしまう。だからこそ、今回福岡で出会った人たちは本当に温かくて、新鮮だった。そして、その出会いを通して、"人"との関わり方を再度見直すことができた。今回は、旅での自分の経験の一部始終とその時感じた感情をつらつらと書こうと思う。

焼きラーメンの元祖、創業54年「小金ちゃん」
いかにもって感じの屋台に、行列が並んでいるので、地図を見ていけば多分わかる。福岡生まれ福岡育ちで20年近く同じ屋台に通っていて、地元を愛してやまない陽気なおっちゃん。僕が「福岡は本当にご飯が美味しいですね。本当に来て良かった。」というと、おっちゃんは心の底から嬉しそうな笑顔をしていた。そのまま、うどんなら牧のうどんだ、糸島なら牡蠣だ。など次から次へとおすすめのご飯と名所を教えてくれる。すると、そのおっちゃんの周りの雰囲気まで陽気になって、東京、兵庫、和歌山、大阪、栃木、日本中から来た人達が、「他人」という壁をヒョイっと超えて、笑い合っていた。きっとこの瞬間、この景色、この雰囲気は二度とないし、心の奥に焼き付けようと強く思った。それと同時に、こうした(エモい?言語化できない)瞬間をどれだけ積み上げられるか、それが自分の幸せというものに近づくための必須条件のようにも感じた。もっと旅がしたいなあ。日本中全員友達にしたい。そして、その次は世界。英語ももっと勉強して日本語みたいに扱えるようになりたいし、スペイン語、フランス語、韓国語、中国語だって覚えたい。少しでも自分の輪を世界に広げて、仲間を増やしたい。素敵の輪を広げていきたい。

僕が旅する中で会ってきた人達は、1人残らずいい人ばかりだった。もちろん足りないところはあるのかも知れないけど、それもひっくるめて素敵なんだと思った。(僕も足りないとこばっか。) そんなことを考えていると、この前家族と飲んだ時に親父が僕に言った言葉が頭をよぎった。「俺も一応、お前の二倍以上生きてるから言わせてくれや。お前が出会ってきた人達はいい人ばっかりだったかもしれない。でも、それだけじゃなくて、世の中にらいろんな大変なことや理不尽なこと、嫉妬や裏切りやらがいっぱいある。でも、やっぱそれでも俺は自分の子供にはさ、性善説で生きてほしいんだよなぁ。」と言っていた。親が親なら子も子だなと。こんなことを言える両親の下に生まれた事は、本当に奇跡だと思うし、心から幸せだと思える。だからこそ、僕は人の可能性を信じたいって、心の底からそう思いたいんだなと。

でも、世界には、性悪説の側に立つ人が多いと言う。実際、そうなんだと思うし、誰だって自分が一番可愛い。だから、戦争や差別が生まれてし、絶えないのではと。多分、これは日本のぬるま湯で育った僕には、まだ目の前にしたことがないおぞましい景色なんだと思う。

人間の前頭葉は面白い。前頭葉には、自分がいる立場、状況の解釈を変え、正当化し、ポジティブに変換させる機能がある。これは、人が挫折から立ち直るための機能らしく、これがあるからみんな一回の失敗では死なない。(逆に、日本でこれだけ自殺者が多いのは、こうした本来備わってる機能を超えた衝動や状況を生み出していると言うことなのかな。)
つまりは、人間は幸せになるために、みんな自分の思想や価値観、自分の当たり前を正当化したいんだと思う。自分が生きてきた人生を肯定したいんだ。僕にもそうした経験がある。受験で早稲田に落ちて、滑り止めの明学にだけ受かった時、最初はめちゃくちゃショックでそれこそ2週間くらい朝から晩まで映画を見て引きこもってた。高校がちょっと進学校だったから、友人の多くが早慶上智、有名国公立に合格してたこともあり、相当なショックだったと思う。でも、4月くらいになると、僕は多分そこらの人よりかなり自己肯定感高いから、これは試練だなってすぐ立ち直った。(色んな人との出会いを通した価値観の変化があったけど。)それで、ちょっと「大学なんてクソだ」的な思想に傾倒した。笑(今はそんな事ないです笑) じゃあ、やっぱ争いが起きるのは避けられないのかというとそんな事はないと思う。客観的に事実ベースで出せる結論以外、つまり思想的・価値観的な部分においては正解がない。だから、助言はできても断定はできないし、否定するなんて馬鹿らしい。僕の言葉を受け入れて、自分の変化に繋げるかは相手が決める事だから僕の管轄外。これに関連して、最近、自分が助言すべきこととすべきでないことを判断することが大事だなと思ってる。この見極めは難しいけど、恋愛相談とかは分かりやすいのではと思っている。この前、彼氏と別れるか悩んでいる的な相談を受けたが、その時は、自身の経験から言える事は伝えたけど、最終的な結論は言わなかった。あくまで中立。その立場を保ちながら自分が助言できると思った時はする。ただこれは両者に同調すればいいと言うものではなく、違うと思うったら根拠とともにそれは違うのではと伝える。それを受け入れるかは本人次第。こんなかんじの容量なのかなと。このコミュニケーションがあっているのは分からないけど、最近はそんなことを意識しながら話している。やばい、何を話したかよく分からなくなった笑笑

結論としては、人間って素晴らしいし、素敵だし、何にでもなれる。時に、自身の考えを突っ張りたくなって、人を傷つけたりすることもあるけど、それもひっくるめて"人"なんだと思う。僕自身この考えを体現したいし、何か力になれる存在になりたいと確信できたことが今回の福岡旅行の学びだ。

「人は、自分の深まりとともに愛し方を変えていく。 」

若いときに心ひかれたり愛そうとするものは、
新奇なもの、おもしろいもの、風変わりなものが多い。
そしてそれが本物か偽物かなど気にしないのがふつうだ。

人がもう少し成熟してくると、
本物や真理の興味深い点を愛するようになる。

人がさらに円熟してくると、
若い人が単純だとか退屈だとか思って
見向きもしないような真理の深みを 好んで愛するようになる。

というのも、
真理が最高の深遠さを
単純なそっけなさで語っていることに気付くようになるからだ。

人はこのように、
自分の深まりとともに人は愛し方を変えていくのだ。

「超訳 ニーチェの言葉」より

ここまで読んでくれた人ありがとうございました!
何かしらこの記事がみんなの"気づき"に繋がったら幸いです。

P.S. やっぱ文字だけだとそっけないから、カメラほしいな。次行く旅は、出会った人すべてと写真を撮りたい。忘れないように記録したい。あと、スタートアップに関わる人達を被写体にするメディアとかありだなって思った。

2020/11/25~12/1 辻 周悟

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