超短編小説 『紫陽花を数えて』


 こんな噂が学校で流行っている。「紫陽花で花占いをすると、それがたとえ嫌いで終わったとしても恋が叶う」

 馬鹿じゃないの。紫陽花はいくつ花びらがあると思っているの。それに紫陽花の、あの花っぽいところは花びらじゃありません。萼です。習ったでしょ。

 

 中学校二年生になってこういう話題が増えた。あの子は誰が好き、だとか、あの先輩が格好良いだとか。少数派ではあるが、何人かはつき合っている人がいるみたいだった。

 十四歳にもなると明らかに「女の人」としての体になって、振る舞いもそういうものを求められるし、集まるのも女の子ばかりになって、男の子とはひとつ、ふたつ、そこそこ厚い壁ができた。私は疑問に思っていた。体の形が少し変わっただけで、こんなにも生活が変わってしまうことに。

 小学生のとき、仲の良かった男の子たちとは疎遠になった。一緒に公園で遊んで、陽が隠れるぎりぎりまではしゃいだ。お互いの家に行ったこともある。あの集団に混ざっていた頃が懐かしい。

 私の胸が少しばかりクラスメイトより大きいのが問題なのかもしれない。体への違和感、女の人としての生活、それに人からの視線が怖くもあったので、胸が小さく見えるような服を着るようになった。

 学年の流行りである恋愛は分からなかった。特に人を好きになったことはないと思う。もちろん、誰か男の人のことを格好良いな、と感じることはあるけれど、それが恋と呼ばれるものなのか、自信がなかった。だったら女の子ならあるのか、と言われると、それもない。私は私のことが分からなかった。


 二月下旬、夕方になるのが少しだけ速くなったことを実感する。教室の窓から差す光が眩しい。すべての授業が終わって、担任の先生が三月の頭から始まる春休みについて話している。

 そうだ春休み、どうしようかな。花が綺麗に咲く誰もいない場所に行きたいな。やっぱり桜だよね。——そうだ。紫陽花は梅雨の花だ。なんで二月にそんな噂を耳にしたんだろう。

 花占いをするには多すぎる、そして季節と不釣り合いな噂の違和感に気づいたとき、なんだか私はおかしくなってしまった。みんなちぐはぐなんだ。自分の心に振り回されて、不安で、自分自身が分からなくなって、それで突拍子もない呪いを信じたくなるんだ。

 窓に映る私の顔が優しかったことに驚いた。久しぶり、私。いびつな私。

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