【私が考える】理想の夫婦
結婚して4年が経過しました。2人の子どもに恵まれ、妻と共に育児に励む幸せな毎日を送っています。
…というのは、俯瞰的に見てというかなんというか、何十年後の年老いた自分が人生を振り返ったときに感じるであろうことであり、当事者であるまだ若き自分はそんな悠長な様子ではありません。妻の方はというと、日中はワンオペで2人の子ども(2歳と8ヶ月、共に男児)と真摯に向き合ってくれており、毎日がギリギリの精神状態。
仕事から帰ると妻は、「やっと終わった〜」と言わんばかりの笑顔で迎えてくれます。(たまに長男と喧嘩?してた勢いで、目も合わせてくれないくらい機嫌悪いときもありますが)
毎日その日あったことを話し、「こんなことができるようになったすごいね」と共感しあえるだけで、平日の日中子どもと関われない自分にとってはこれはかけがえのない時間だと、ちょっと大げさに言うとそう思っています。
私と、そして私といっしょに暮らしているこの女性との関係を、「父と母」だけではなく「夫と妻」としても今後続けていくために、私自身が結婚当初から心がけていることを書いてみようと思います。
このことは、夫婦で何か大事な話合いをするときに自分たちはどうあるべきかとその都度何となく話しているのですが、自分が一体何を考えているのか、改めて頭の中を整理し文書として残したいと思った次第です。
夫として自分がこう思っている、こうしたいと心がけているものになります。
相手の話は聞く、溜め込まずに言う
生まれも育ちも友人関係も趣味も違う2人で、考え方が違うのは当たり前だと思います。自分の考えが常に正しいとは限りません。新しい発見により自身が成長すると考えれば、自分が正しいと思っていても相手の話は最後まで聞けるようになります。
逆に自分が我慢して相手に合わせてばかりでは、その場は良くても後々「自分はずっと我慢してきた」という主張になり、返す言葉で「そんなことは知らないその時言え」となり、建設的な話合いができなくなってしまいます。
自分がふとした時に感じる違和感はそのままにしておくほうが楽なことが多いですが、放っておくとどんどん大きくなり、いずれ大噴火を引き起こす…かもしれません。
この、「聞く」「言う」を怠らなければ夫婦の関係は自然とより良いものになると信じています。
夫婦は対等
二人は主従関係ではないので、日々のコミュニケーションの中に命令・指示があってはなりません。基本的には提案・要求であるべきだと思います。相手を自分の思い通りに動かそうとしたところでその通りになるはずはなく、期待すればするほどすれ違いは深くなっていくものです。「動いてくれたらラッキー。動かなかったらそれはしゃあない」
野球界の松井秀喜さんが仰ったように「自分でコントロールできない部分に時間を費やすのではなく、自分ができることだけに目を向ける」ことが大事なポイントだと思います。
また、「対等」な関係が成り立つには「双方の自立」が必要です。基本的には自分のことは自分でやる。妻が私のために夕ご飯を作ってくれるのは思いやりであり、当たり前のことではありません。思いやりには思いやりで応えたいものです。
共依存しない
一昔前は 「夫は仕事、妻は家事」というように完全分業制で家庭が運営されることが多かったようです。夫は家事を妻に依存し、妻は経済力を夫に依存する(踏み込んで言えば、夫は妻に経済力を依存させ、妻は夫に家事を依存させる)、これはどちらかが倒れれば家庭が崩壊することを意味します。
人一人の「やりたいこと」が多様化していくこの時代、一人一役というのももったいない。昔は妻の仕事だったものを夫がやるというだけで家庭全体を効率化できると同時に、その人の見識は広がり、後々の人生を豊かにしてくれるように思います。逆もまた然り。
掃除、炊事、洗濯、育児、近隣交際など男だからできないことはありません。
最低限自分のことは自分でする。相手のことをするのは思いやり。子供のことは2人の責任。片方がいなくても家庭を運営する覚悟を持つ。夫ができないのは授乳のみ!
自分も大事にする
共同生活をしていると、妻(夫)のため、子どものため、と自分のやりたいことを我慢してしまいがちです。相手のために我慢することは将来相手に見返りを求めることと同義であり、それは夫婦にとっての足枷になるでしょう。
一度きりの人生、今しかできないことはたくさんあります。他人のために(他人のせいにして)やらないのではなく、やりたいことはやれるように努力する!そのための投資は惜しまないと決めております。
我々がやりたいことをやるためにどんな手を使っているのか、色々やってはいるつもりですが、それはまた別の機会にまとめようと思います。
以上が、私が妻と生きていくうえで軸にしている考え方です。もちろん、全てにおいてこのようにあるべきとは思っていませんし、まだまだ未熟なもので至らない所は多々あります。
ただ、自分の考えを整理しておくことで、「正しい」選択はできなくとも「納得できる」選択はできるんじゃないかと思っています。もし過ちがあれば、それを認めその理由をしっかり分析し次に生かせば良い。それが大人の特権であると、どこかで聞いたことがあります。
将来子どもたちが巣立ったあと、二人でどのように過ごしているのか、というのは自分達のそれまでの努力の結晶であり、「夫婦」という名の作品とも言えるでしょう。そう考えるとこの年でも将来が楽しみに思えてきますね。
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