タピ子 Queen of the Sweets
「グワッグワッ」
静寂の中、鳴り響くのは川鵜の鳴き声のみ。
幽玄な水墨画めいた光景。
まるで中国・桂林地方を思わせるその風景。ここはスイーティアと呼ばれる世界、その片隅にある辺境地帯であった。
スイーティア──。
それは可愛らしいスイーツ妖精たちが暮らす不思議な世界。スイーツを愛する人間たちの想いが生み出した彼方の世界。平和で、甘く、ふわっふわでとろっとろな、明るく楽しい世界
……のはずであった。
「死ねやぁ! タピ子ぉ!」
叫びが静寂を切り裂く。
バタバタバタ……
驚いた川鵜が空へと飛び立った。その空の下、対峙する少女が二人!
「くっ……」
タピ子と呼ばれた少女、その体を覆う拳法着はところどころが凍りついている。
「ふっふっ。さすがだねぇ、タピ子。私──”ザ・アイスモンスター”、かき氷のかき子の奇襲を躱すとは。やはりタピオカの流行力(ブームちから)は伊達じゃあねぇなぁ!」
かき子はその丸太のような腕(かいな)を突き出して言った。
「だがなぁ! 私の流行力だってまだまだ捨てたもんじゃあねぇんだぜ!」
「……それで?」
「ぬぅ?」
「御託はいい。さっさとかかってこい」
タピ子はその手をゆらりと前に突き出すと、不敵にかき子を手招いた。その瞳は鋭く相手を射抜いている。
「ふっふっ、言ってくれる!」
かき子の腕の周囲にきらきらと煌めく冷気が集まっていく。そして漂う濃厚な果実の香り。これは……!
「くらえ、奥義! 新鮮芒果綿花甜打!」
迸るマンゴーフレーバー! 凄まじい拳圧がタピ子へと迫る! ──だが。その刹那、タピ子の眼光がぎらりと輝いた。
その動きはさながら麗しい茶葉のように洗練され──
「なにぃっ!?」
かき子の拳が貫いたもの、それは虚空であった。
その構えはさながらミルクのように甘く濃厚で──
その背後。タピ子は腰を落とし、その拳を弓のように引き絞っていた。
その一撃はもちもちとしたタピオカのごとく鮮烈である!!
「哈っ!」
まっすぐに放たれたタピ子の拳。それは超弩級の威力を伴い、かき子の体を直撃した。
「ぐぅはぁっ!!」
かき子は吹き飛んだ。そして自分に何が起きたのかを理解できないまま、カルスト台地の岩壁に激突し、磔めいてめり込んだ。
「ふっふっ……ぐはぁっ!」吐血!
「これが……噂のタピオカ・ミルクティー爆裂拳……」
すぅっ。タピ子はかき子を指差した。
「あんた。もう死んだよ」
「ふっ……ぐっぐうっう……」
かき子の体がめきめきと音をたてる! タピ子が撃ち込んだ流行力、それが体内で暴れ狂っているのだ。もはや爆発寸前である!
「さすがだ……さすがの流行力だ……だがなぁ!」
かき子の眼がかっと見開かれた。
「人間どもは……人間は……お前のことなどすぐに忘れ去る……今は無敵を誇ろうとも……いずれ……お前もまた!」
ブァンッ!
かき子は爆発して散った。
「いずれ忘れ去られる、だと……?」 タピ子は拳を握りしめた。
「それがどうした……」 その瞳に冷たい炎が宿る。
「私は何度も忘れ去られた。そして……」
その拳を眼前に掲げた。
「その度に、私は蘇ってきたのだ……!」
1992年 第一次タピオカブーム
2008年 第二次タピオカブーム
2018年 第三次タピオカブーム ※ 今ここ
長く平和な時代が続いたスイーティア。しかしその平穏は突如として終わりを告げた。スイーツ大帝ショコラダ・マイが崩御したのだ。今や空位となったその座を巡り、スイーツの妖精たちが血で血を洗い闘い合う。
まさに、覇道の時代が到来していた──。
「やっぱ凄いなぁ。タピ子ちゃんは」
竹林の中。そこからタピ子の様子を静かに窺う少年がいた。その場に相応しくないヨーロッパ貴族風の装束。高貴な雰囲気を漂わせた美少年であった。
「そうだよね……たとえ忘れ去られようと、何度だって。ふふふ」
少年の袖口から鋭い刺突武器がすっと現れ、直後、再び袖口の中へと消えた。彼こそは甘さの中に苦味を忍ばせた、恐るべきティラミス暗器術の使い手! ティラミスのティラ夫であった!
【続く】
きっと励みになります。