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【『パンと牢獄』連載③】よく使われるチベットの言葉「ニンジェ~」の意味。

 『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』の著者、小川真利枝さんが、いつかコロナ禍がおさまり、ドゥンドゥップと娘たちの来日が叶うその日まで(⁉)、自身が体験したチベットにまつわるあれこれを語ります。今回のテーマは、チベット語の学習について。

『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』

「読み書きができなければ、人生を半分しか生きていないようなもの」

チベットでは、こんな諺(ことわざ)があるように、言葉や文字を大切にしています(第2回では、わたしがなぜチベット語に興味を持ったのか書きました)。わたしもその姿勢を見習って、チベット語の勉強を始めました。

 頭でっかちなわたしは、言語を学ぶとき、単語を丸暗記するのではなく、最初に文字や文法を先に理解してから先に進みたいというめんどうな性格です。そのため、まずは日本でチベット語の文字と文法を学びました。日本には、チベット語を学べる教室がいくつかあります。わたしはインターネットでみつけた「カワチェン」という東京のチベット語教室に通いました。先生のケルサン・タウワさんは、チベット難民2世として北インドで生まれ、1981年に来日(わたしが生まれるよりも前!)。以来、日本でチベット語講師や仏教文化の研究などさまざまな分野で活躍されています。先生の授業は淡々としているのですが、時折つぶやく自虐的なギャグやちょっとした皮肉が面白く、またモモ(チベット風餃子)をつくるのがとても上手で、チベット語を学ぶ以上に、多くのことを教えてもらいました。

写真④

※勉強を始めた当初の三種の神器

チベット語のアルファベットは、30字あります。たとえば、ཀ་(KA)ཁ་(KHA)ག་(GA)ང(NGA)のような文字です。そこに母音記号(I・U・E・O)がつき、発音が変わります。ཀི་(KI)ཀུ་(KU)ཀེ་(KE)ཀོ་(KO)です。それにまた文字と文字がくっついて発音が変わったり変わらなかったり、読まない文字がついたり複雑に構成されています。ただ、文法を含め日本語と近いところがあり、主観ですが西欧の言語と比べ勉強がしやすいように思います。文字の読みかたを覚えるのはひと苦労ですが、法則さえマスターしてしまえば、意味がわからなくてもすらすら読めるようになります。そうなると、チベット仏教のお経が読めるようになるので、ちょっと誇らしい気持ちになります。

 日本でチベット語の読み書きをそれなりに学んだわたしは、満を持してインドのダラムサラで実践編に挑みました。贅沢にも「会話」と「読み書き」の先生をそれぞれ持ち、午前は会話のレッスン、午後は読み書きのレッスン(どちらも個人レッスン!)に明け暮れました。勉強を始めた当初は、なるべく日本人の旅行者とも会わないようにして、チベット語漬けの日々を過ごしました。下宿先では、録音した授業の音声を聞いて復習し、どっさりと出された宿題を片付けるとすでに夕暮れ。急いで夕飯を食べて寝る、という浪人時代さながらの禁欲な生活をくりかえしました。3ヶ月ほど経った頃でしょうか。気がつくと、ふいに口をついて出る言葉がチベット語になっていました。

「ニンジェ」

 チベットのひとも、口癖のように使うこの言葉。たとえば、「こんなひどいことがあったんだよ!」と話すと「ニンジェ〜」。「おばあちゃんが苦労してつくった料理だよ」といえば「ニンジェ〜」。わたしが日本からのお土産を渡すと「ニンジェ〜」と。「かわいそうねぇ」とか「よく頑張ったねぇ」とか「苦労したねぇ」とかさまざまな意味合いで使うのですが、気づけば、わたしもふとした瞬間に独りごちていました。

 「ニンジェ」とは、チベット語で「慈悲」を意味します。チベットのひとは慈悲の心を大切にしています。それは、「慈悲」の象徴である観音菩薩の化身が、ダライ・ラマ法王といわれていることにも由来します。それでも、「ニンジェ〜(慈悲ィ〜)」ってちょっと意味不明です。なんとなく研究していくと、どうやら“共感した”という意味合いで使われているような、そんな印象を受けました。相手の気持ちを思いやる、優しい言葉のようです。

 チベット語の発音は、日本語と近いこともありそれほど難しくありません。ただ、どうしても苦手だった発音が「ラ(巻き舌風)」でした。巻き舌風ではない「ラ」もあるので、その区別をつけて発音することがどうしてもできませんでした。あるとき、会話の先生と「好きな男性のタイプ」について話していたときのこと(会話の先生とは年齢も近く、女子トークでよく盛り上がっていました)。わたしが「リクパ・ヤポ(頭がいい)」と答えました。その途端、先生が顔を真っ赤にして笑い出したのです。じつは、「リクパ(頭)」の「リ」は、巻き舌風の「リ」。巻き舌風ではない「リ」で「リクパ」というと、男性の「股間」という意味でした。そうです。わたしは好きな男性のタイプを「リクパ・ヤポ(股間がいい)」と答えていたのです。堂々と真顔で。先生が笑うのも無理はありません。先生から説明を受け、ふたりで大爆笑したのち、落ち着いたところで先生がひと言。

「ニンジェ〜」

 ん? この「ニンジェ」は共感? 思いやり? 優しさ? それとも、かわいそう? いまでもわかりません。ただ、このとき以来、「リクパ(頭でも股間でも)」という言葉は封印しました。

 次回は、この時期ならではの行事をご紹介します。

ダラムサラ②

※ダラムサラの風景

●著者プロフィール
小川真利枝(おがわ・まりえ) 
ドキュメンタリー作家。1983年フィリピン生まれ。千葉県で育つ。早稲田大学教育学部卒業。2007年テレビ番組制作会社に入社、2009年同退社、フリーのディレクターに。ラジオドキュメンタリー『原爆の惨禍を生き抜いて』(2017)(文化庁芸術祭出品、放送文化基金賞奨励賞)、ドキュメンタリー映画『ラモツォの亡命ノート』(2017)などを制作。 『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』が初めての著作。

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『パンと牢獄 チベット政治犯ドゥンドゥップと妻の亡命ノート』

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