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小説集

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#思い出

小説 ムジカ~合唱③

小説 ムジカ~合唱③

 散々、迷った挙句、私はCDプレーヤーを探すことにした。音楽を聴くこともなくなっていたので、まだあるのかどうかも定かではなかったが、とにかく家中のありそうだと目星をつけたところを徹底的に探した。探している間は、息をするのも忘れるくらい集中していた。
「ここにもない。どこにあるんだ……」
そう独り言を吐くと、家中をひっくり返すように探し回る。それの繰り返しだ。結局、日が暮れるまで、CDプレーヤーを探

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小説 ムジカ~クリニック

小説 ムジカ~クリニック

CDを手に取り、私は逡巡する。聞けば過去に戻り、思い出に浸ることができる。だが、それは過去への依存を強めることになりはしないか。いや少しだけ、いや駄目だ。自分の中の押し問答はどのくらい続いただろうか。そんなことさえも覚えられないときに、私は真壁医師の言葉を思い出した。

「仕事以外に人生の軸を見つけてください」


 合唱コンクール練習帰りの電車の中で携帯を操作し、家や職場の近くにある心療内科ク

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小説 ムジカ~合唱②

小説 ムジカ~合唱②

「声出し終わったら、次はパート練習」
と武藤が言うと、後輩たちがコピーした楽譜を八枚に渡って床に置いた。床から楽譜を取っていき、テノール、バリトン、バスといった三つのパートごとに散らばっていく。
「はて、自分のパートは何だったかな?」
と考えているうちに、バリトンのパートから手招きされ、そのままバリトンで歌うことになった。後で思い出した、私はバリトンだったのである。

 曲は昔、男声合唱をやった時

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小説 ムジカ~合唱①

小説 ムジカ~合唱①

家の掃除は大掛かりなものになった。単に掃除機をかけ、埃を取るだけのはずが、不要になった品物が出てきたが為に、家中をひっくり返すことになってしまったのだ。ある物はゴミとして捨てることにし、またある物はフリマアプリで売ることにした。収入源が途絶えた中で、不要な物が売れれば、お金を得ることができる。
「さらに何かないか」
と、寝室のクローゼットの奥を漁っていたら、段ボール箱が出てきた。不要な物かと期待を

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小説 ムジカ~不安定な生活②

 しばらく、打ちひしがれていると、遠くで携帯の着信音が聞こえた。携帯は二階に置いてあるので、慌てて取りに行った。段々と大きくなっていく着信音、しかし程なくして音は止んでしまった。着信履歴を見ると、「武藤泰輔」と表記されている。学生時代の友人だ。昨年の秋に黒瀬という共通の友人の結婚式で顔を合わせて以来だから、三か月くらいぶりに連絡を取ってきたことになる。割と連絡を取ってくれる友人だが、最近は一人で遊

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