マガジンのカバー画像

小説集

33
運営しているクリエイター

#スキしてみて

小説 ケア・ドリフト⑫

小説 ケア・ドリフト⑫

 それから数日経って、彼は転職のことなど、目の前の仕事に追われてすっかり忘れてしまっていた。数日前の熱狂が嘘のように、冷めきった様子で淡々と仕事にあたっていた。入居者の食事、入浴、排泄の世話をし、そこにやりがいを感じる日々。いやそこに「やりがいのある仕事」というキラキラしたシールを張り付けておかないと、緊張の糸が切れてしまいそうなのである。
 結衣とも会えない日々が続いていた。ラインを送りあうこと

もっとみる
小説 ケア・ドリフト⑪

小説 ケア・ドリフト⑪

 丹野は施設長に呼び出され、面談を受けていた。青嶋と飲みに行った日から、数日経っていた。
「丹野君は、いつもよく働いてくれている。頭が上がらないよ」
 施設長はいつも職員を持ち上げることから会話を始める。丹野もそのようなことは百も承知なので、
「そうですか、ありがとうございます」
 と軽く受け流す。面談に使われている部屋は、小会議室という八畳程のスペースにテーブルが一つ、椅子が四脚置かれているスペ

もっとみる
小説 ケア・ドリフト⑩

小説 ケア・ドリフト⑩

 その晩、丹野は頭痛のひどさに何も食べられず、缶ビールを一本だけ飲んで、ベッドに横になっていた。横になっていると、頭痛が多少軽減される気がするようである。彼はいろんなことを考えては独り言として呟いた。
「貯金は今、一五〇万くらいあったかな。これから節約して貯金して、結衣との結婚資金に充てるんだ。その為には、今からでも禁煙して、タバコ代をケチらなきゃな」
 そんなことをしながら、独り言は自然と転職の

もっとみる