「家にいるのに帰りたい」人へ

ホームがブラック化する悪夢

オルデンバーグのサードプレイス議論によると、第一の場所がホーム（家庭）、第二の場所がワークプレイス（職場）、そして第三の場所として挙げられるのが、教会、カフェ、クラブ、図書館、本屋、公園など、とされている。

Third place - Wikipedia

しかし今、何が起こっているかというと、第一の場所であるホームに、第二の場所であるワークプレイスが、雪崩れ込んでくるという事態だ。

「家にいるのに帰りたい」

働きすぎると「家にいるのに帰りたい」ってなる…「その症状オレだけじゃなかった」「帰りたいのは『あの頃』なんだろうな」など

方丈庵でのMTGで、いくつか話を聞いた。都心のオフィスで働く友人は「在宅にテレワークになったんですけど、すごく苦痛。いつオンラインMTGが入ってくるかわからないので、ずっと緊張しながら家にこもって仕事してなくちゃいけない。ずっと監視されている気持ち」というし、元から自宅での作業がメインだったフリーランサーの友人は「今まではクライアントの稼働に合わせて仕事していたので、朝晩や土日は仕事の時間を減らして自分なりにメリハリをつけていたけど、今はみんながテレワークになったので休みがなくなった」と言っていた。

コロナ以降、もはやオルデンバーグの議論の前提は完全に崩れてしまった。ホームのワークプレイス化。ブラック企業で働く人には、ホームがブラック化する悪夢だ。

宗教者のレジリエンス

ところで、生まれた時からホームにワークプレイスが雪崩れ込んだ状態で当たり前に生活してきた人たちがいる。住職だ。文字通りお寺に「住む職」である彼らは、ホームとワークプレイスが渾然一体となっているにとどまらず、地域コミュニティと信仰の聖地性までもごちゃ混ぜになっており、さらにその場所が社会に対するサードプレイスとして機能することを要求されるという、オルデンバーグの想像を遥かに超える過酷な環境で生きてきた。

コロナショック下での生活補償の心許なさには日本人の誰もが不安を高めているところだと思うが、パチンコよりも文化施設の方が先にシャットダウンされる国において、宗教への補償などは望むべくもない。薄々気づいていたことではあるが、ここでの宗教というものの位置付けに改めて愕然としつつも、しかし、いわば万年ロックダウン状態で今日までやってきたお寺の人々のたくましさを思えば、きっと今回の危機も乗り越えられるものと信じている。

今回の危機に対するレジリエンス（ストレス耐性）の比較的高いカテゴリというのがあると思うが、宗教者一般もその経験値という意味ではロックダウン耐性が高いかもしれない。とはいえ、お寺の人々の中でも特に坊守（住職の配偶者。ほとんどの場合、女性）は、日常からのストレス値が高すぎてすでに限界に達している人も少なくなく、今回のさらなるストレスによって心身を壊してしまわないか、心配。自他の抜苦与楽、自利利他円満。利他も自利あってこそ。どうか、セルフケアを大事にしてください。

住職の知恵を「家にいるのに帰りたい」人へ

このようにホームのワークプレイス化が進む現在、住職の知恵をもっと人々に届けることはできないだろうか。住職はいわば、メリハリのない生活、のプロだ。家庭も職場も地域コミュニティも信仰もすべてがそこにある。かなりの確率でそこが実家だったりもするし、死んでから入る墓すらそこにある。そんな中、24時間いつ鳴るかわからない檀家さんからの葬儀の電話に備えて、そこにいる。

ダラけようと思えば、いくらでもダラけられる環境ではある。叱ってくれる人もいない。しかし、ダラけた住職であることは世の中が認めないし、自分だってそうなりたくはない。ではどうするかというと、ダラけずに済む環境を作る。意志の力でなんとかすればいいかと思うかもしれないが、仏道とは自分を知ることであり、自分をよく知れば知るほど、自分の意志など当てにならないこともよくわかる。だから、ダラけずに済む環境を作るのだ。自分の意志に頼るよりも、よっぽどその方が長続きする。人から褒められたくて始めた善行は偽善と呼ばれるかも知れないが、もし生涯続けばそれは立派な善だと思う。

僕にとっては、そればテンプルモーニングだったりする。朝、時間を決めて、お経を読み、掃除をし、お茶を飲む。メニューは違えど、ほとんどの住職は、朝のルーティンを持っているのではないだろうか。「戒とは習慣である」「戒を守るのではない、戒に守られるのである」とは、尊敬する先輩僧方から教わったことだ。それ以来、僕は「お寺とは良き習慣の道場」定義している。今、僕たちが置かれている状況を修行と受け止めて、戒＝習慣を整えることを心がけてはどうだろう。

習慣は、続けて初めて習慣と呼べる。続ける秘訣は何かと言えば、良き仲間を持つことは大きい。この状況下では、みんなで集まることができないのが厳しいところだが、オンラインで励まし合うのも良いだろう。そしてもう一つ、神仏に頼るのもいい。たとえ誰も見ていなくても、仏さまが見ている。ご先祖さまが見ている。そういう感覚が、宗教者の生活のリズムを支えているのだと思う。どんなときも、あなたは一人じゃない。多くの宗教に共通するメッセージだ。神さまでも、仏さまでも、何でもいい。自分を見守ってくれると思える存在をホームに招き入れることは、ウェルビーイングを保つ秘訣かもしれない。

また、同じ建物の中で、パブリックとプライベートの空間や時間をはっきり分けるというのも、多くのお寺で実践されている知恵かもしれない。来客にも義理の両親にもパートナーにも邪魔されない自分だけの空間や時間を持つことは、自分の実家ではないお寺に入った住職や坊守の場合、特に大事にされている気がする。ホームのワークプレイス化が慢性化することに慣れていない人にとっては、少し強制的にでもそういう区別をしてみることをオススメしたい。

世界中に広がる緊急事態宣言やロックダウンによって、家にいながらホームを失う危機にさらされる人が増える。メンタルのバランスを失うことが心配だ。サードプレイス論の前提が崩壊し、また、宗教施設の物理的な空間が使えない今、宗教者ができることの一つは、縮みきった心をほぐす具体的な方法を、安全な手段で人々に届けることだと思う。

コロナ関連のニュースで宗教といえばクラスター感染拡散くらいしか見かけない昨今、少しずつ友人の宗教者が動き出していて嬉しい。僕もやってみます。