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「単騎、千里を走る。」

率直に言おう、素晴らしい体験だった。他に表現が浮かばない。自分の語彙力や表現力のなさを痛感させられるが、それ位素晴らしい作品であり、何か喪失感も伴う体験だった…。政治状況を考えるとコロナ開けでも警戒しちゃうけど、この映画を見た後だと益々中国の奥地に行ってみたくなるよね…。

何かスケールの非常に大きい物語が展開されるわけではないし、基本的には「すれ違いを取り繕おうとする親子の絆」が引き算の美学で、美しく儚く描かれているのだけれど…いやぁ、この作品は本当に奥が深い。何か1つのすぐれた文学作品を読了したかのような感覚が本当に残るような…って、そんなに文学作品に触れちゃいないけど(笑)ただ、それ位何か見終わった後の余韻や喪失感に似た感覚が凄かった…。

「単騎、千里を走る。」主演は日本を代表する名俳優・高倉健。中国を主に舞台にした映画ではあるけど、テーマは親子愛とすれ違い…と同時に、フィクションなのにある種ドキュメンタリーを眺めているような、不思議な作品だった。というのも、中国側の出演者がほぼ全員…現地住民ということで、専業俳優はほとんど出演していないという…異色の作品。しかし、画面越しにいるのは間違いなく「俳優」であり「映画の登場人物」…彼らは本人役で出演しながら、本人とは違う何かを演じているような…もう、ホントに不思議な感覚なんだよね。

健さんはこの作品の撮影終了後に、中国での貴重な映画撮影の体験と、現地の人々とのかけがえのない交流と儚くも心に残り続ける友情故の「深い喪失感」のため…次回作までの間、実に6年もの休養期間を過ごしたとのこと。最も、体力面でもご高齢であるから、そういう事情を考慮しても十二分にあり得る話ではあるのだろうけど…とにかく、この作品に向き合った故の達成感や満足感はすさまじいものがあったのだろうと思う。

何より、健さん…ホントに深いというか、なんだろう…あの方の俳優としてのお仕事の姿勢や演技も含めて、もうホントにこの場で文章にして表現することすら烏滸がましいような気さえする。どんなに優れた文芸家や文学者でも、健さんの演技を言語化することは本当に難しいだろうなと感じる…。

電話越しに苦悩する父親の姿、父親と離れて過ごすが故に複雑な環境を持つ子供に対し、自身の息子との断絶を思い出し向き合う姿…もう、自分レベルの陳腐な表現者では、ただただ「深い」というフレーズしか出てこないのが本当に情けないし、申し訳なくもなる…。

ちなみに、健さんは気配りの方としても有名なのは言うまでもないのだけれど、個人的にビートたけちゃんが「健さんはどこの現場でも皆に気を配って、席に座らない気配りの方」という人柄を流布してしまった故に、

「たけちゃんが余計なこと言うから、現場で座れなくなったじゃないか!どうしてくれるんだ!(笑)」

って、たけちゃんに冗談交じりに怒ったというエピソードがすげー好きなんだよね(笑)

寡黙な方という印象は強いのだろうけど、実際は冗談や共演者とのじゃれ合いも多く、本来の明るく冗談好きな人柄をたくさん感じられるエピソードも多い方なんだろうなと。あと、役者としての活動は「コメディアン」への強い思い入れ故に断っていたという志村けんさんを、「鉄道員」に直接オファーしたって話も印象的で…その役は彼の芸風からは想像もつかないような非常にシリアスなものだったけど、微妙に哀愁というか、寂しさみたいな部分の親和性が高くって…あれ、志村けんという存在の深いところを健さんなりに見抜いていたんじゃないかなと、今振り返るとね…。それに、案外喜劇なんかを一緒にやる姿も想像しちゃって…もう見られなくなったのが寂しいけど、見て見たかったなーと。


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