雑記5

僕は草木のことなど一切興味がないのだけれど、ひとつだけ好きな木があって、それは金木犀だ。

高校1年生の秋、自転車で通学している最中、鼻腔にものすごい香りが飛び込んできた。無性に少年時代を思い出す、どこかノスタルジックな、それでいてくすぐったいエッチな香りに鼻がびっくりしてくしゃみをしたのを覚えている。

その日僕は忘れ物以外で初めて登校中に自転車を翻し、ただその匂いだけを嗅ぎに戻った。そして、世の中にこんなエッチな匂いがあっていいのかと思った。初めて金木犀の匂いを感じたわけでは絶対にないのに、なぜか初めて嗅いだ匂いのような気がした。

その金木犀は通学路の道中にある一軒家で、それ以降僕は金木犀が香る季節になると決まってその家の前だけはゆっくり自転車を漕ぐようになった。そしてそれ以降も金木犀の香りが漂うと歩くのがゆっくりになってしまう。今日もゆっくり歩いてしまった。

毎年毎年、もう終わってしまったのかと思うくらい金木犀の香りが消えるのは早い。

一昨年の同じ季節、あまりにも気になって調べてみると、金木犀の香りがするのは花が咲いている1週間程度なんだと知った。それ以降僕は金木犀の香りがし始めると、自然と日数を数えるようになっていて、今年は今日で5日目だ。

ああ、悲しい。あと二日でこの香りが消えてしまうのかなんて考えていると、高校生の時の金木犀との邂逅を思い出した。

ー 確かあの日は、古文の小テストがあった。
前日はその勉強を全くせずにただひたすら2ちゃんねるのまとめや同級生の作った掲示板でチャットをしていた。
運悪くキリ番を踏んで、コメントに「明日の古文なんも準備できてない。やばい。」とコメントすると、好きだった人から「勉強しなよ笑」とメールが来て、狂喜乱舞したのだ。その後メールは続いて「朝早く行ってやるわ!」という見栄っ張りの僕らしいメールでその日は終わった。

そしてその翌日、まだ眠たい体を無理やりシャワーとコーヒーで起こして、ただその子に言ったことを守るためだけに、朝早くから自転車に乗って登校したのだ。あの金木犀の匂いを嗅いだのはそんな日だった。ー

ちょうど12年前のこととは思えないほど鮮明に思い出せた。

匂いって不思議だ。それだけで場所や時間を大幅に飛躍できてしまう。そして、やっぱり金木犀ってノスタルジックだし、めちゃめちゃエッチだ。

ただ今となっては、あの香りをノスタルジックやエッチと称したのは、その当時の僕なのか、それ以降のあの経験をした僕なのか、それとも今文章を書いている僕なのかわからない。なんだかなあと、少しやるせない気持ちになってしまうが、年に7日くらいそれらしく浸ることもいいんじゃないのと思いながら、今年はあと二日だけ堪能しようと思います。

おわり。