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VRIOと機械学習? 競争戦略とデータサイエンスに共通する特徴とは

競争戦略の代表はポジショニングとケイパビリティ

世の中に競争戦略は数多く知られていますが、伝統的な戦略は大別すると2つとされています。ポジショニングとケイパビリティです。ポジショニングとは、自社の競争力は他社との関係性が重要という考え方のことで、学術的な代表はポーター、フレームワークの代表はファイブフォース分析。ケイパビリティとは、競争力は自社の備える特徴が重要という考え方で、学術的な代表はバーニー、フレームワークとしてはVRIOが有名です。実際にはこの両方とも重要なのですが、今日はケイパビリティ派のVRIOとデータサイエンスの関係性を論じてみたいと思います。

VRIOとは経済価値 (Value)、希少性 (Rarity)、模倣困難性 (Inimitability)、組織(Organization)の略で、他社との競争が優位になる要素を表しています。VRIOは他のフレームワークと異なり経済価値→希少性→模倣困難性→組織というように順番に分析していき、途中でNOが出るほど競争優位性が乏しいという結論になります。

さてそのVRIOで面白いのは、2番目の希少性と3番目の模倣困難性でしょう。希少性とは、競争を優位に進めるために貴重な資源を独占 (あるいは寡占) しているかという項目です。石油業界における採掘権が分かりやすいですし、特許もここに入れることが多いと思います。
模倣困難性は、更に3つにパターン化されます。そこに至るまでの歴史が長く、他社が真似しようと思っても膨大な時間が掛かること。因果関係が不明瞭で、当人たちも成功理由を説明できないこと。そして現行のビジネスが複雑すぎて実現の方法が再現できないことです。


VRIOとデータサイエンスにはきれいな対応関係がある?

VRIOとデータサイエンスの対応関係

データサイエンスにおいて、最も重要なのはデータです。入手可能な限りデータを集めねばなりません。しかし公開データをいくら集めても、データサイエンスの重要性が十分に認知されている昨今では、他社と横並びになりこそすれ、競争優位を獲得することはできません。したがって、他社が保有しないデータを持つことが重要になってきます。この、あるデータを占有しているという状態が、VRIOの希少性を想起させます。ある特定分野のデータをその会社しか持たなければ、あるいはそのデータの取得方法自体を占有していれば、その分野でAIを開発できるのはその会社のみになります。これが1つ目の類似点です。

次に模倣困難性のうち「歴史」に関して考えてみましょう。
データには、取得に多大な時間が掛かるものがあります。例えば40歳のときのデータを使って70歳時点での健康状態を予測しようと思えば、30年間のフォローアップが必要になります。つまり新規参入者の類似サービス開始は30年後になる訳です。これは非常に大きな参入障壁になります。本家のVRIOに挙げられる「歴史」よりはるかに分かりやすいと感じられるでしょう。

また「因果不明性」に関して、昨今のデータサイエンスの主力は機械学習ということを思い出してください。機械学習とは入出力のデータを抽象化したパターンを見出す技術であって、因果関係の理解は必要ありません。ブラックボックスをブラックボックスのまま丸ごとコンピュータに学習させ、状況に応じた再現を可能にするというのは、まさに「因果不明性」を保持したまま実用に至るという点で、競争優位に貢献するひとつの手段になります。

「複雑性」に関してデータサイエンスとの関係を考えると、上の因果不明性と議論は近くなります。人間は現象をある程度単純化しないと理解したり実践したりできませんが、機械学習は人間よりはるかに複雑なシステム、はるかの多くのパラメータを持つ現象から学習することができます。したがって、複雑なシステムから恩恵を被っているビジネスほど、その維持・改善は機械学習と相性がよいという構図になります。

そもそもVRIOは美しい理論とフレームワークにも関わらず、抽象度が高く実践が難しいとされていました。しかし上述のようにVRIOをデータサイエンスの角度から再考することで、もしかすると経営学的見地からも、競争優位性に関する新たな知見が得られるかもしれません。


VRIOとデータサイエンスは欠点も似ている

ただし本方法の限界も指摘しておきましょう。というのも、VRIOはある程度安定した競争環境における優位性を語っているからです。

  • 希少性:新たな資源が発見されたらどうするのか

  • 歴史:長年積み重ねた知見がオープンになったらどうするのか

  • 因果不明性:製品やサービスが変わったら対応できなくなるのでは

  • 複雑性:いくつかの要素が変化したら全体が瓦解するのでは

これらはデータサイエンスにもそのまま当てはまります。新たなデータ取得法により、これまで蓄積してきたデータが凡庸になったら。オープンデータで競争優位性がなくなるのでは。システムの要素に変更が掛かることで学習済みモデルの精度が壊滅的に低下するのでは。こういったリスクを想定したうえで使う分には、自社のケイパビリティを高めるのにデータサイエンスは有効でしょう。


DXとはデジタル経営戦略である

DXとは単なるITのビジネス適用ではなく、企業の戦略に深く関与するものです。したがって経営学を絶えず意識する必要があります。
筆者の関心事のひとつは、データサイエンスなどデジタルがいかにして経営上の競争優位に資するか、そのメカニズムです。今回はデータサイエンスとケイパビリティに基づく戦略論について考えてみましたが、引き続きこの種の考察を試みたいと思っています。


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