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【おしえて!キャプテン】#27 恋するヒーローはここから生まれた。「ロマンスコミックス」の歴史

キャプテンYことアメコミ翻訳者・ライターの吉川悠さんによる連載コラム。今回は一世を風靡したジャンル「ロマンスコミックス」がアメコミに与えた影響について解説します。

ロマンスコミックの誕生

今回は、バレンタインデーとホワイトデーの中間ということで、恋愛を取り扱うロマンスコミックスについての記事でお送りしようと思います。かつて一世を風靡したジャンルでありながら滅んでいったとされるこの分野、調べると面白い話が色々と出てきました。

第二次世界大戦終了前後から、スーパーヒーロージャンルの人気は凋落していました。その代わりに人気を博していた様々なタイトルの一つが、ラブコメが主軸の『アーチー』でした。田舎町リバーデイルに住む高校生たちを描く、アメリカの国民的コミックです。2017年にはかなりのアレンジを加えられて『リバーデイル』としてドラマ化されました(日本ではNetflixで配信中)。1940年代当時にはその成功にあやかろうと、模倣タイトルを刊行していた出版社がいくつかあったそうです。

キャプテン・アメリカを作った2人のクリエイター、ジョー・サイモンとジャック・カービーも、そうした模倣タイトルの一つを手がけていました。その時、「もしこうしたラブコメからギャグ要素を抜いて、真面目に恋愛を取り扱い、もっと年長の読者にアピールしたらどうだろう?」と思いついたのです。彼らは実録恋愛雑誌を参考にしてサンプルを作って出版社に持ち込みました。そして1947年にクレストウッド社から創刊されたのが、『ヤング・ロマンス』誌でした。このタイトルの大ヒットをきっかけに、市場にはロマンスコミックが溢れていったそうです。

現在の目で見ると当時の内容は、当たり前ながら古臭い価値観の展開が圧倒的に多かったようです。「誠実な男性」と「危険なワル」の二択で悩むヒロインのパターンが続いていたり、最終的には結婚を奨励するような、家父長制的価値観を色濃く反映したジャンルだったと言われています。作っている側の大半が男性だったせいもありそうですが……。

…そしてその絶滅

隆盛を誇ったロマンスコミックですが、1970年代が終わる頃にはほぼ廃れていったと言われています。その原因は様々な要素が複合しており、一口で言えるものではないようです。ですが、そのヒントになるかもしれない記事を見つけることができました。

この記事は1971年にマーベルが発行したコミック『マイ・ラブ』#10を分析したもので、非常に興味深い内容です。

コミックのストーリーは、高圧的で傲慢な恋人にうんざりした主人公の女性が、ウーマンリブ(女性解放)運動に参加する。そして敬意をもって接してくれる男性にも出会う。しかし、なぜか物足りなさを感じる。やがて運動は恋愛に関するものではなく、職業や経済的待遇の平等を求めるものだと気づいた彼女は、傲慢な彼氏のもとに戻っていく……というもの。今の目で見ると「いや、なんでそこで戻る!?」となるかもしれませんね。

しかし記事の主眼としては、当時は価値観が大きく揺れ動き、混乱していた時代だったということを考慮すべきということでした。また、保守的だったロマンスコミックスも、1970年代には社会的な動きを意識するようになっていた証拠でもあります。

さらにコメント欄で、1960~1970年代当時、実際にロマンスコミックスに関わっていた恋愛小説家が貴重な証言をしていました。

「このコミックは当時、フェミニズムに抵抗感があり旧来のあり方に満足していた女性たちが、安心できる内容ではあったかもしれない。だが、その頃の自分としては納得できる結末ではなかった。当事者たちは真剣に作っていたが、結局ロマンスコミックスは時代の価値観の変化についていけなかったのだろう。映画や小説は性描写も取り入れるようになっていたが、コミックにはそれもできなかった」

……という意見を述べています。当時の関係者による貴重な洞察と言えるでしょう。

恋するスーパーヒーローたち

ですが、ロマンスコミックスの要素や手法はスーパーヒーロージャンルへと取り入れられていき、ロマンスによってヒーローたちの物語はより重層的になっていきます。 

例えばX-MENのサイクロップス、ウルヴァリン、ジーン・グレイの三角関係は、「誠実な男性」と「危険なワル」、「その間で揺れるヒロイン」という従来のパターンを踏襲してさらに発展させてきました。

別の例ですが、スパイダーマンの変遷があげられます。誕生当初のスパイダーマンは社会に対して思い詰めたところのある作風でした。何しろ、クリエイターの片方がスティーブ・ディッコでしたので……(スティーブ・ディッコについてはリンク先の前回の記事をお読みください)。

ピーター・パーカーとベティ・ブラントとのロマンス要素もあったのですが、ピーターの孤高さが強調されていました。
しかし2代目アーティストのジョン・ロミータSr.の時代になってから、青春と恋愛をより中心に扱うようになり、さらに人気を博します。これはロミータがロマンス物で培ってきたノウハウが反映されたものと言われています(もっとシンプルな理由として、ロミータの描く女性たちが圧倒的に可愛かっただけかもしれませんが……)。ロミータSr.時代のスパイダーマンへのラブレターとして作られた『スパイダーマン:ブルー』(小社刊)でその空気が伺うことができます。

また余談ですが、1994年に東京都立美術館が600万ドルで購入して賛否両論を起こしたロイ・リキテンスタインの『ヘア・リボンの少女』の元ネタは、ジョン・ロミータSr.が描いたロマンスコミックスの一コマだったりします。

そもそも、スーパーヒーローの元祖であるスーパーマンの頃から、三角関係のロマンスが重要なプロットとなっていました。ロイス・レーンがスーパーマンの正体を知らなかったため、彼女は「真面目で朴訥な同僚クラーク・ケント」「夢を叶えてくれる理想の男スーパーマン」の二人のあいだで揺れていたのです。

1944年の『スーパーマン』#30。

1978年の映画では、ファンタジーとロマンスの部分を特にフォーカスした作りになっています。最近のコミックでは二人は夫婦となっているのが主流ですが、それでも新たなバリエーションの作品が生まれるたびに、三角関係のテーマに戻っています。スーパーヒーローとロマンスはどちらも願望充足が強く現れるジャンルですから、元々相性が良かったのかもしれませんね。

現代のロマンスコミックス

昔の形とは変わりましたが、ロマンスを主軸とするコミックは常に生き残り続けて来ました。そもそもの発端であった『アーチー』は近年に至るまでスーパーのレジ横で売られていたと言いますし、インディーレーベルのコミック、ウェブコミックなどではロマンスはずっと主題となってきました。現代ではwebtoonの隆盛や日本の少女漫画・BL漫画の影響、さらにはLGBTQ+表象も取り込んで更なる発展を続けています。スーパーヒーロージャンルに限っても、マーベルでは縦読み漫画の『ラブ・アンリミテッド』でマーベル・ユニバースの様々な愛の物語を描き、DCでは毎年のようにバレンタインデー特集のアンソロジー誌を刊行しています。

▲『ラブ・アンリミテッド』のハルクリング/ウィッカン編。担当アーティストは日本出身のTokitokoro(@tokitokororo)。

▲2023年最新のDCコミックスのバレンタイン特別号。

 そんな中、往年のロマンスコミックを正面から取り上げた作品の刊行が昨年から始まっています。 「バットマン」シリーズや『ロールシャッハ』などで常にコミックファンを不穏のどん底に落としてきたトム・キングが、フランスの天才アーティスト、エルサ・シャルティエと組んで送るオリジナルシリーズ、『ラブ・エバーラスティング』です。

主人公のジョアンはある時、自分がロマンスコミックの主人公であることに気づいてしまいます。「理想の恋人」と婚約にこぎつけ、物語が終わるたびに新しい世界に放り込まれ、また恋愛が始まる……。このループから抜け出そうと彼女は足掻くのですが、決められた展開に逆らおうとする度に殺され、また別の世界に転生してしまうという内容です。非常に面白く、かつ不穏極まりないコミックなのですが、かつてのロマンスコミックのフォーマットや価値観、そして言葉遣いを研究して再現しているので、当時の雰囲気を伺うこともできます(もちろん、あくまでパロディであることはご注意ください)。

ロマンスという観点から見てみると、アクション中心のイメージがあるヒーローコミックスにも別の楽しみ方が出てきます。往年のロマンスコミックスは滅んだかもしれませんが、他のジャンルにしっかりと足跡を残し、また形を変えて生き続けていくことでしょう。

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◆筆者プロフィール
吉川 悠
翻訳家、ライター。アメコミ関連の記事執筆を行いながらコミック及びアナログゲーム翻訳を手がける。訳書近刊に『コズミック・ゴーストライダー:ベビーサノス・マスト・ダイ』『スパイダーマン:スパイダーアイランド』(いずれも小社刊)など。Twitterでは「キャプテンY」の名義で活動中(ID:@Captain_Y1)。

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