記号論の三分野 ――コミュニケーションの多元的分析の方法

 記号論を三つの分野に分けるのは常識である。
 何しろ『広辞苑』の「記号論」の項目に次の記述がある程である。
 
  語用論・意味論・統語論の3分野に分れる。
 
 しかし、この三分野を理解している人は少ない。残念である。この三分野を理解することはコミュニケーションの分析に役立つのである。
 だから、この文章ではこの三分野を分かり易く説明する。(この文章が一番分かり易い記号論の三分野の説明である。私を信じて欲しい。
 記号論の三分野とは次のものである。(注1)
 
  1 統辞論 …… 記号と記号との関係の分析
  2 意味論 …… 記号と指示対象との関係の分析
  3 語用論 …… 記号と解釈者との関係の分析

 実は、前回までの論述でこの三つの分析がおこなわれていた。
 確認しよう。
 分析対象は次の事例であった。

 面接官 「残業がデートとかちあったらどうしますか?」
 学生「自分の仕事にやりがいがあれば、残業は当然だと思うのですが……」

 この事例に対し、小野田博一氏は次のように分析した。「『デートを取る』あるいは『残業を取る』と答えることはむずかしいことなのだろうか」「質問にきちんと対応ができていない」。つまり、二者択一の問いに対する答えが無いと分析した。(注2)
 私は次のように分析した。「残業とデートのどちらを取るか」は「xとyのどちらを取るか」のような問いである。つまり、xとyに何が入るかによって答えは変わる。例えば、翌日に迫った大きなイベントの準備が終わらないなら、残業を取るだろう。誕生日に明日以降でもよい残業を頼まれたなら、デートを取るだろう。(注3)
 さらに、次のように分析した。面接は、人と人とがするものである。だから、どのような人物の言動かによって、解釈が変わってくる。例えば、ウィトゲンシュタインのように非常に有能な人物なら何を答えても合格になる可能性がある。たとえ「そんなことを何で君に言わなければならないんだ。」と答えても合格になる可能性がある。(注4)
 それぞれの分析が記号理論の三分野に対応している。
 まとめよう。
 
  1 「デート or 残業」という問いに対する答えが無い …… 記号と記号との関係の分析
  2 「デート」「残業」の指示対象によって答えは変わる …… 記号と指示対象との関係の分析
  3 学生がどのような人物であるかによって答えの解釈が変わる …… 記号と解釈者との関係の分析

 
 記号と記号との関係を分析すれば、二者択一の問いに対する答えが無いことに気づく。統辞論である。
 記号と指示対象との関係を分析すれば、「デート」「残業」には様々な場合があることに気づく。意味論である。
 記号と解釈者との関係を分析すれば、学生がどのような人物であるかによって言動の解釈が変わることに気づく。語用論である。
 面接でのやり取りは記号過程である。
 記号過程はこのような三次元で分析することが可能である。
 あなたが統辞論次元の分析をしたならば、次は意味論次元の分析をしようと意識してみればよい。さらに、語用論次元の分析をしようと意識してみればよい。
 そうすれば、三次元にわたって分析することができる。コミュニケーション(記号過程)の多元的分析ができる。
 

 
(注1)

 記号論の三分野はモリスによって定式化された。

  C.W.モリス『記号理論の基礎』勁草書房、12~13ページを参照。

 なお、「syntax」の訳語は「構文論」「統語論」等さまざまある。
 私は「統辞論」という訳を採用している。 
 

(注2)

 次の本からの引用である。

  小野田博一『論理的に話す方法』日本実業出版社、14~15ページ。

 詳しくは次の文章で引用した。


(注3)
 
 次の文章で分析した。
 
  メールマガジン『インターネット哲学』2012.4.30.
 
 なお、この文章は次の文章に転載した。


(注4)

 (注2)の文章で分析した。

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