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『ルックバック』 に必要とされた 普通の人の価値

この記事は、のちに公開される『メインカルチャーなき時代の哲学 《 普通の人のがフツウの人であり続けないといけないことの弊害 》』の一部を引用した記事です。

  今回は、
「普通であることはコンプレックスか?」
について
藤本タツキさんの『ルックバック』
   から 考察します。

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・ 普通の人の定義

  非常にセンシティブな話題です。しかしながら、スマートに分類する方法があります。「多数派でありたいと思うか」「自身が多数派であると思えるか」の2点を満たすことです。また、この2つのポイントは、コップに半分入った水を見て、多いと思うか、少ないと思うかのように、偶然性によって決まると考えています。
  普通であることは、偶然に得たものだからこそ、アイデンティティになり、その人が生きていく上で、大切なものになるのです。


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・ 普通はコンプレックスか?

 「普通であること」は、誇りであると同時に、コンプレックスでもあると言えます。わかりやすく考えるために、普通の人と(普通に対して)少数派の人の憧れる対象を想像してみましょう。

  普通の人の憧れは、天才や才能、少数派の憧れは、社会の輪の中にいる普通の人です。しかし、少数派の人の言う「普通の人になりたい」にどこか切実さが欠けることがあるように、多数派の言う「才能がほしい」にも相反する感情が内在しています。普通になりたいにしても、才能がほしいにしても、紛れもない本心なのですが、それ以上にアイデンティティが揺るがないことが前提とされるからです。
  アイデンティティは、偶然性によって確立されます。しかしながら、偶然性によって得たギフトであり、その確立に幼少期からの時間がかかったからこそ、揺るいではならないのです。「普通の人にはなりたいが、少数派としてのステータスは崩したくない」し、「天才にはなりたいが、多数派としてのヒエラルキーの強さは崩したくない」というアンビバレントな思いがここにあります。


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・ 漫画 『ルックバック』 にみる
  プロたちの才能隠し !

  漫画家の藤本タツキさんの『ルックバック』が発表されたときに、プロの漫画家たちから「藤本タツキさんの才能に心が折れた」というツイート
散見されました。このツイートには、どのような本心が隠れていたのでしょうか?

  前提として、『ルックバック』の構造の上手さがあります。「天才にはなりたいが、多数派としてのヒエラルキーの強さは崩したくない」という、夢物語がそのまま含まれていたからです。子供時代、絵が上手いという才能によって、周囲から認められた主人公 / 読者からは漫画家としての上手さがわかりづらく、才能が劣るように見える主人公 / 次第に孤独になるが、孤独には価値を見出さなかった主人公 / 友人と理解者と周囲の評価を同時に得る主人公 / 大人になって、評価されているはずだが、常に孤独に描かれる主人公 / 物語を考えるという読者に共感されやすい才能と、絵が上手いという才能はあくまで努力で得たという構成 / 再び、孤独になってしまう主人公 (読者は主人公の好きなことをしている点には憧れるが、憐れまれる境遇にすることで、気持ちよく読み終わることができる) 、その全てが多数派のために想定されていることに気が付きます。つまり、『ルックバック』には
、藤本タツキさん自身を含めた漫画家たちが、「 読者が羨むような天才ではない」というムーブ(立ち回り)が含まれていたわけです。

  次に、注目されるのは、「才能に心が折れた」とツイートしていたのが、プロの漫画家たちであることでしょう。プロの漫画家たちです。分析的に漫画を読むことや、他人の漫画から良い点、悪い点を取り入れることが仕事です。実際に、いちいち心が折れていては、仕事にならないですから、このツイートもまたムーブであったことがわかります。より多数派の漫画家たちにとって、話題の売れっ子漫画家に「自分には才能がない」と言われてしまえば、後味の悪いことは想像に難しくありません。つまり、彼らが、読者に寄り添うことで、藤本タツキさんをもう一度、天才に戻そうとしてしたのが、例のツイートだったというわけです。これは、より多くの読者に寄り添うことが、求められやすい漫画というジャンルだからこそ、起きた現象といえるでしょう。

  現在では、普通であることは、才能のある人たちにとって、憧れられるステータスになっているのかもしれません。


  ( ちなみに、「才能が一部の限られた人のものであり、孤独と才能をストレートに肯定した」作品が、真逆のメッセージで理解され、多くの人に受け入れられた『映画大好きポンポさん』のレビューも過去にしています。🛺 )


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