高井戸の夜

noteはもう書かないと宣言してから、約1週間。

既にその誓いを破ってしまっている。

私は「今日はお菓子を食べないっ!」と心に決めてから、0.5秒でポリンキーに手を出すような女である。私の発言をいちいち間に受けてはいけない。 

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話したい事があるのだ。

この時期だからこそ。

私は、大学入学してから2ヶ月間、友達ができなかった。

『そらぁそうだろ根暗デブ!』なんて、思っているだろうか?

まぁ、そうなんだけどさ。

そんな根暗デブでも、中学・高校時代は大変に充実していた。かなりの変わり者だったにも関わらず、周りの優しさに助けられて、楽しく過ごせていたのである。

たび重なる奇行にも、誰も引いていなかった。(雨の日にお弁当用の小さいカバンかぶって下校する、赤い革の生徒手帳ビーフジャーキーと呼んでかじり付く等)。

本当に、女子校で良かった。

だから大学生活も楽しく送れて当然だと思っていたのだ。

すぐに彼氏も出来るだろうし、リムジンパーティーもするだろうし、冬はスノボに行くんだろうなぁと思っていた。



高校を卒業してすぐに、『2012年●●女子大学入学予定者限定パーティー』なるものが開催される事を知った。

コレは当時、大学入学前から友達を作るために、mixi(若者はググってね)を用いて個人間で行われていたものである。皆、友達が出来るかが不安で仕方なかったのだろう。

買ったばかりのニットとスカートを着用し、私はパーティーへと向かった。  


パーティー会場は池袋だった。

パーティーと言っても、少し高級なカラオケの一室で行われるものだったのだが、18歳の我々には充分にマセた場所で、胸が高鳴った。

大人びたシャンデリアが、目にまぶしい。

私は周りの女の子を観察していく事にした。 

《えっと、うちの学科のコ達は…うわぁ派手だなぁ。しかもかわいい。あ、でもすっごく真面目そうなコもいる訳ね。なるほどなるほど!》 

私は、とりあえずかわいい女の子達に近づき、口を開いた。

「あのさぁ、私しょう…」
『ギャハハ!!それ不倫じゃん!マユミの高校ヤバイね』
「出身はねぇ…」
『まじ笑う!つか大学生にもなってブランドのバッグ持ってないやつとかまじダサくない?え、それシャネルだよね?かわいいー!』

全く入る隙がなかった。

おかしい…何かがおかしい。
話してる内容が理解できない。

《え?なんで新品のシャネル持ってんの?!援交か?!援交なんだな?!!!》

私は近所のスーパーで購入したニットを隠すように、彼女たちに背を向けた。


キラキラした女の子がダメなら、真面目そうな女の子達と話したらいい。


そう思った。

真面目ガールズに目を向けると、ちょうど話が盛り上がっている様子だった。
私はおそるおそる、色の白い、黒髪の女の子に声をかけた。

「あのさ…あそこのグループすごいね!キラキラ〜的な感じで!」
『あはは!なんか、すごいよねぇ?』 

《よしよし、いい感じじゃん?》

「さっき盛り上がってるみたいだったけど、何の話してたの?」
『○○ってアニメの話だよ!祥子ちゃん、好きなアニメは?声優は誰推し?!』

おっとっと!!

《ヤバい!!分からない!少年誌が原作のアニメなんて見た事が無い!!声優?!いや、まぁラジオっ子だったから、かろうじて何人かは知ってるけど推した事はないんだよなぁ…。》

私が冷や汗を流して、慌てていると、真面目グループは何かを察して、弱々しく微笑んだ後、二度と私の方を見る事は無かった。

心臓がキュウっと縮むようだった。

《そうか。彼女らは真面目グループではなく、アニメ好きグループだったのか。》


そんな時、ふと顔を上げると、私と同じような服装で、私と同じような目をしている女の子を見つけた。

ユイ(仮名)である。

私が話しかけると、彼女は安堵したようにニコっと笑った。

話してみると私と同じようなステップ(ギャル→アニメ好き)を踏んでいて、自信を無くしていたそうだ。

彼女とは会話が弾んだ。会話の内容はパーティーの悪口についてだった。

人と人を近づけるのに、特別なものなんていらない。ただ、そこに悪口があればいいのである。

私とユイは、集合写真も隣に並んで撮った。

私たちを最前列にした事には、悪意を感じるが、今見返すと『それなりに良い思い出だな』と思える。



その後もカラオケパーティーは続いた。

けたたましく鳴り響く「ヘビーローテション」のPVをバックに、細い手足を振り回して、女達がはしゃいでいた。

私とユイは、途中でパーティーを抜ける事にした。

小銭を持ち合わせていなかった私に、ユイは100円を貸してくれた。

私たちは笑いながら池袋の街を走った。

ネオンがキラキラ輝いていた。

『もう大丈夫だよ。』

“いけふくろう”が、私に微笑みかけたような気がした。



…と、安心したのは束の間。

事件は入学ガイダンスの日に起こる。

私はユイに、一緒に大学に行こうと連絡した。

しかし先に別のコと約束をしているのだと、断られた。

大学の自動販売機がたくさん並んでいる場所で、ユイが複数の女の子達と話しているのを見かけた。

チャンスだと思った私は、チャップリン顔負けのひょうきんな動きでユイに近づいた。

少しでも親しみやすさを出したかったのである。

「ユイ!!あのさ、この前の100円返すよ!ほら、例のパーティーの…」
『うん、ありがとう。じゃあね。』

…じゃあね?

ジャアネ?

JA・A・NE?!!!!


いけふくろうがホーホーと高笑いをあげて、私の眼前を飛び去っていった。


それっきり、会話をする事は無かった。

ユイはそのグループで活動していたが、しばらくして、抜けたようだった。

その後、1人で授業を受けているユイを何度か見かけた。


よし、次だ!次!!!!

こんな事でヘコたれる祥子ではない。とにかくたくさんの人に話しかけようと思った。

うちの学科は、7割がアニメ好き、2割がギャル、1割が普通の女の子…といった具合であった。

私は頭の中で、目一杯明るい音楽を流した。B'zのultra soulは、やる気を奮い立たせる。

そして、学科に1割しか居ない、普通の女の子と友達になろうと決めた。

手当たり次第に声をかけて一緒に講義受けたり、口下手なそうな女の子には、目の前でわざとiPhoneを落として拾わせてから会話を始めるという奇策に出た。

何人かとお昼ご飯を食べる仲になったが、そのいずれとも、あまりにも気が合わず、一緒にいる方が苦痛だと思える程だった。
自分を棚に上げて誰かを悪く言うのは嫌いだ。
だが、しゃぼん玉をポケットから取り出して、毎日携帯している旨を告げられた際には、さすがに「ヤバいかも!逃げよう!」と、決意せざるを得なかった。


5月になると、グループはがっちりと固まってしまった。

万策尽き果てた私は、幽霊のようにヒョロヒョロと大学へ通い、幽霊のように帰宅する事を繰り返した。

皮肉な事に、1年生の頃のキャンパスは家から大学まで1時間30分かかったので、苦行そのものであった。
だから、動画サイトのお笑い動画を見る事で、なんとか精神の安定を保っていた。

遊ぶ友達がいなかったので、毎日暇で、カフェ巡りを始めた。

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これは、その時期に1人で食べたご飯である。

母に「今日いいカフェ見つけたの!これさ、1,500円したんだよ?」と、この写真を見せた。すると「よかったね。友達できなくて辛いもんね。そういうの食べなきゃやってられないよね。」と優しい声で言われた。

今でもハッキリと覚えている。心がさざ波のようにザワザワと揺れた事も。

(のちに、それが椿屋珈琲という、ゴリゴリのチェーン店である事を知り、更に心がザワつくのであった。)


気休めにSNSを見る事にした。

しかし、そこに映るのは楽しそうに笑う友達の姿。

そういえば高校の時、この大学のこの学科に入ると先輩に相談したら「絶対やめな!せめて英文科にしな!」と言われた事を思い出した。

先輩がどういう意図でそんなことを言ったのかは分からないが、自分の選択が誤りだったのかと、この時になって、後悔の念を抱いた。

《あぁ、指定校推薦で〇〇〇に入れたのに!もしあの大学ならこんな事無かったかもしれないのに!!》

幾度もそう思った。


そんなある日、大学からの帰宅途中に、高校時代の友達に偶然出会った。

私は嬉しくて嬉しくて、体の先が痺れるような感覚になったのを覚えている。

他愛も無い近況報告が愛おしくて仕方なかった。

《久しぶりに人と話せた》

私はあの時の感覚を一生忘れないと思う。

あなたに救われたんだよ。



5月も後半に差し掛かった。

講義が終わると、周りは、夜にどこへ遊びに行くかで盛り上がっている。

私は、新しく買ったCOACHのショルダーバッグを持って1人で電車に乗った。向かう先は、家。

満員電車。サラリーマン。楽しそうな女子高生。

私はこの世のどこにも居場所が無くなってしまったのだと思った。

誰に話しかけても、私の声は届かないんじゃないかとさえ思った。

そうしたら耐えられなくなって、涙がボロボロとこぼれてきた。どんどん大粒の涙がこぼれて、嗚咽まで込み上げてきた。

私はやむを得ず、高井戸駅で降りて、ホームのベンチに座った。

座って、ただ泣いた。

文字に起こすなら「ヒィー!!ググッ!!ハッ…アッアァー!ムグゥウン!!ああぁぁー!!」といった感じだろうか。

友達が出来なさ過ぎて号泣するなんて、後にも先にも、この時だけだろう。

私の前を私立の小学生が小走りで通った。

まあ、太った女がベンチで号泣していたら、怖いだろう。防犯ブザーを鳴らされなかっただけマシである。

私は、ふと、目の前を見上げた。

夜空が大きく広がっていた。

高井戸駅のホームは、少し高い位置にあって、目の前を遮るものが無いために、見晴らしが良いのだ。

それはまるで、プラネタリウムようだった。私の涙は次第に消えて、悩んでいた事も急に小さくしぼんでいくのを感じた。

《大学に友達居ないからってなんだよ!今までに出来た友達たくさん居るじゃん!楽しい思い出死ぬほど持ってるじゃん!てか、一生友達できない訳なくない?!》

そもそも私はグループ行動が苦手だという事も思い出した。

昔から「祥子!また1人でトイレに行ったでしょ!なんで私を誘わないの?」とか「祥子!なんで1人で帰るの?皆の事待ちなよ!!」と、よく言われていた。

でも、私の尿のために人を動かすのは申し訳ないと思っていたし、AGEAGE LIVEの配信を見たいから早く帰りたかったのだ。

だから、勝手な行動をやめなかった。

友達が居る時は1人になりたがる癖に、居ないとこんなに泣くなんて…と思ったら、なんだか全てがバカバカしく思えた。


遠くで、いけふくろうの鳴き声が聞こえた。


そうして、いつの間にか友達が出来ていた。

そのまま卒業まで、ずっと一緒にいた。

卒業旅行の日、急に夜まで神保町の稽古が入って、途中参加したにも関わらず、笑って迎えいれてくれた。しかもその日は私の誕生日だったから、サプライズパーティーまでしてくれた。

私がディズニープリンセスが好きだからって、プレゼントとは別に、プリンセスのケーキを用意してくれた。

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今でも彼女たちと、月に一度は遊んでいる。



人生って動かない時は動かないけど、動く時はクルクル動くんだね。


何かに思い悩んでしまうのは仕方ないけど、考え方を変えれば、案外すぐに解決するのかも。


皆も元気出して!!

私は今日も、楽しいよ!

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