見出し画像

タバコの煙が目に沁みる【5分で読める短編小説(ショートショート)】

田舎の母からダンボールが届いた。

箱を開けると、中には野菜や米、油や醤油、シャンプーなどが入っている。

男の一人暮らしに「油」は母が思っている以上に必要ない。実際、台所には封を切っていない油のボトルが10本以上並んでいる。

油だけではない、母から送られてくるダンボールも山積みになっていた。

何度言っても毎回送ってくるので、ボケてしまったのかと心配になったこともあるが、どうやら違ったみたいだ。

そんな母からの救援物資が届くのは、何故かいつも僕が落ち込んでいる時である。

僕は最近、半年前に合コンで知り合った女性とデートを重ねた末、告白して見事にフラれた。

合コンで知り合ったとは言え、結構本気だったのでショックだった。

そんな時、母から荷物が届いた。

増え続ける油を見た瞬間、感謝の気持ちよりも先に「何度言えばわかるんだよ!」と頭にきて、母に電話をした。

『母さん!何度言ったら分かるんだよ!もう油はいらないって!売るほどあるよ!』

開口一番怒鳴りつけた。

『ごめん、ごめん。でも、こうでもしないと電話の一本もしてこないし、あんたも東京で寂しいのかなと思ってさ・・・』

『だからってこんなに・・・』

そう言った瞬間、カレンダーが目に入った。

昨日、つまり母が僕に荷物を送ってくれた日は、父の命日だった。

10年前、農作業をしていた父は脳梗塞で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

誰もが認めるおしどり夫婦だったので、母の落ち込み様は酷かった。

当時、僕は既に実家を出て東京で一人暮らしをしていたが、母が心配だったので、暫くは毎月、実家に帰っていた。

しかし、1年も経たないうちに実家からは足が遠のき、気が付いたら何年も帰省していない。

僕はスマホを持ったまま山積みのダンボールを確認した。

父の誕生日、両親の結婚記念日…

母が荷物を送ってくれていた日は、毎回父との想い出の日だった。

僕が落ち込んでいる時、何故か届くと思っていた母からの救援物資は、実は母が寂しい時に送っていたのだったのだ。

父を思い出し、せめて息子の声が聞きたかったのだろう。

おせっかいだと思っていた救援物資は、母の「S.O.S」だったのかもしれない。

『だからってこんなに・・・』

一瞬、言葉を詰まらせたが・・・

『母さん、いつもありがとう。今度の連休、久しぶりに顔出すよ』

そう言って電話を切りタバコに火をつけた。次の瞬間、何故か涙が溢れてきた。

「タバコの煙が目に沁みるだけだよ・・・」

タバコの煙が目に、母の声が身に染みた夜、誰もいない部屋で何故かひとり強がった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?