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【小説】つまらない◯◯◯◯ 22

 残り少しになっていたビールを飲んだ。聡美もグラスを持ち上げて、小さく一口飲んだ。聡美のグラスにも、あと一口分くらいしか残っていなかった。
 昨日聡美が切り出していなかったら、今日はこうしていなかったんだろうなと思う。俺はあくびをしながら始発に乗って、聡美へのメッセージを打ち込みながら帰っていったのだろう。明るい自分の部屋に返ってきて、起きたら寝過ごして夕方だったのかもしれない。今日は眠れないなと思って、明日は友達の結婚式だけど二、三時間寝られればいいかと思って、今頃は近所のスポーツバーにでもいたのかもしれない。そして、昨日がダメだったとして、来週にはこうなっていたのかもよくわからない。聡美がじれてしまわなかったとして、放っておけば俺のほうから告白したと確信を持っては言えないなと思う。
 何度も二人きりで会って飲んでいたのに、俺は踏ん切らないままで、聡美が切り出してきたのに応じただけだった。もうずいぶんと仲良くなってしまっていたし、身体も近付けてみようとしてもいいはずだった。けれど、なんとなく近付きにくいなと思っているばかりで、近付こうとはしなかった。そして、俺は何も考えていなかった。自分が近付こうとしないことについて、もう少し考えて見ればよかったのかもしれない。
 近付きたくないと思っていたわけではなかった。最初に二人で飲んだときから、近付けたらいいなとは思っていた。けれど、無理してでも近付こうと思っていたわけでもなかったのだと思う。だったら何を思っていたのかといえば、身体をくっつけたりキスをするような流れにならないかなということだった。けれど、二人で飲んで話していても、街を歩いていても、そういう距離感にならなかった。
 メッセージのやり取りでは、最初からきれいだとかかわいいと送っていたのになと思う。最初に二人で飲んだときも、駅まで送ったあとでかわいかったとメッセージを送ったりしていた。それだけを考えれば、俺はむしろ最初から相手との距離と縮めようという態度ではいたのだ。
 けれど、飲んでいるときに直接かわいいと言ったりできなかった。そして、メッセージではまたかわいかったと送り、直接言いたいと付け加えたりしながら、それでも会うと直接は言えなかった。どうしてだろうなと思っていた。ひとりでいるときに聡美のことを思うと、かわいいなと思うし、それを伝えたいという気持ちになる。何かメッセージを送ろうとしたときにも、そういう言葉を加えられそうなら加えたくなっていた。けれど、面と向かっていると、かわいいなと思ってはいるのに、そういう言葉は出てこなかった。言おうとして言えないのではなく、今言えるんじゃないかということが頭に浮かんでこなかったのだ。
 飲み始めて一ヶ月くらいしたときには、お互いに好意があるのだろうとは思っていた。何度も飲みに付き合ってくれているのだからと思っていたし、メッセージのやりとりもずっと続いていた。俺が送るだけでなく、向こうからもちょっとしたことがあるたびにメッセージを送ってくれていた。自分の気持ちとしては好きだなと思っていたし、それを隠しているつもりもなかった。聡美に向けてうれしそうにしていたし、じっと見てにこにこしていたとも思う。だから、どうしてそういう流れにならないのだろうと不思議に思っていた。
 俺は今まで付き合った人とは、聡美とのように一緒にご飯を食べながら喋ったりというのを何度も繰り返したあとで付き合ったわけではなかった。付き合った人だけではなく、寝たことがある人も含めて、どの人とも食事に誘ったりする前に身体の接触があったり、食事や飲みに行ったりしても、二回目までにはキスするなり寝るなりしていた。そういう流れがあって、自然と身体の接触があって、そうなってから付き合うことになる感じで、逆に、何度も二人で飲んだことがあった人たちとは、どの人とも、そこから付き合ったり寝たりしたことがなかった。だから、関係が深まる人とはそういう流れが自然と生まれて、それで近付くものだと思っていた。自分の行動パターンとして、身体を触り合う前に相手に好きだと告げるというパターンはなかったのだ。会おうということは自分から伝えていたけれど、会ってからはいつもその場の流れ次第だった。いわゆる告白といえるようなことをしたこともなかったように思う。もうお互いに好きだとわかりきっていているような状態でしか、好きだと言ったことがなかったような気がする。
 聡美に対しても俺は同じような態度でいたんだろうなと思う。今まで、女の人との距離を詰めるときはずっと受け身な態度でやってきた。明確に近付いてくれればそれに応えればいいし、そうでなくても、なんとなくお互いに前のめりになっているような感じがあって、こちらがそういうことを切り出せるような間合いになったときに近付けばいいと思っていたのだろう。
 けれど、聡美とは会って話していてもそういう雰囲気がまったく出てこなかった。ただ会って話しているだけというような感じで、ただ楽しく話しているだけで時間が流れていった。そして、毎日メッセージを交換するようになって、そのうえで会うようになっても、楽しく喋っているだけという空気は変わらなかった。
 聡美に会う前には、今日はせめてかわいいと思ったときにかわいいと言いたいなと思ったりしていたのだ。そして、話しているときに、聡美のことをかわいいなと思ったりすることもあった。けれど、そのときの雰囲気にしても、ただ楽しく喋っているだけという感じで、そう思ったからといってそれを言おうという気持ちになれなかった。そして、いつまでたってもその雰囲気は動かなかった。聡美について俺がどう思っているとか、その逆とか、そういうことが話題になることがなかったし、そういうことを話し始められそうな雰囲気になることすらなかった。
 ふたりで飲んでいると、基本的に聡美がよく喋っていたし、いろいろと話題を切り出すのも聡美のほうが多かった。話が終わりそうになっても、聡美がすぐに次の話題を持ち出すことが多かった。そして、そういうときに、聡美からそういう雰囲気に近付けようとはしなかったからというのもあるのだろう。そして、ずっとメッセージのやり取りをしていたから、いくらでも話題があって、話すことがなくなるという状態にもならなかった。
 いくら話すことがいくらでもあるからといって、そんなに次々と話題を持ってこないで、ふたりで黙ってみたりすれば、俺もそういう話を切り出そうとしたのだろうと思う。もちろん、トイレから帰ってきての第一声で切り出せばよかったのだし、俺が臆病なだけなのだろう。けれど、そういう雰囲気が出てくるのを待とうとしたときに、一瞬見詰め合ってのちょっとした空白もないくらいに延々と喋っていたのだ。



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