~都知事選開票~ SNSが「変化」を妨げる?

・はじめに

本日(2024/7/7)東京都知事選挙が実施され、8時ちょうどに現職小池百合子知事の再選が報じられた。当初「対立候補」だった蓮舫氏は石丸候補すら及ばず、3位転落が濃厚だという。すでに色々な選挙分析がでているが、私なりの見解を羅列してみる。ただ選挙やら政治やらに関しては、このnoteで言及したことも多いので、細かくはリンク先をご参照いただきたい。

・SNSの影響について

ここ10年ほどの情報伝達について大きな役割を占めるようになったのがSNSである。当然政治においてもSNSの果たす役割は大きく、今回の都知事選においても様々な人が多くの意見をSNSに載せていた。SNSと選挙との相関については下記に記した。

上記は2年前に書いたものだが今回もまたしかり。とにかく「反政権」派のSNSの下品さ、必死さ、痛さが目につくのである。

当然のことながら、今の日本は空から爆弾は降ってきていない。あちこちにホームレスがいるわけではない。ネットに政権批判を書いても逮捕されない。餓死者が年間100万人いるわけでもない。色々な問題が噴出してるのはわかるが、それらによって生存権を奪われそうなのは、ごくごく一部の人だけだ。
そもそも昨今の国政や都政の諸問題、例えば政治と裏金、統一教会、都庁のプロジェクションマッピング、神宮外苑の緑地など、ほとんどが「自分とは関係ない」。いくら物価が高くなっているとはいえ、大概の日本人は「自分で何とかできる」レベルである。現状に「それほど大きな変化」を望まない方が大半だろう。

そこへきて上記のSNSである。往々にして「言葉」は「内容」以上に「印象」が力を持つことが多い。内容は同じでも「言い方」で印象が異なることなどよくある。誰だって「痛い人」からは「引いてしまう」のもまた人間というものだろう。
今回の都知事選も、反小池派(特に蓮舫支持者)はSNSで連日頑張っていたのは私も見たが、その必死さが逆に支持者を減らすとは考えないのだろうか。
更には蓮舫氏本人の問題もある。後述するが「有権者はアホ」である(無論私も含め)。小池氏が8年間何をしてきたか、実績が何か、各候補者の政権公約が何か、実現可能性はいかに、など99%の有権者は知らない。従ってあくまでも印象に従い「まあ良さそうな気がする候補」に投票しているに過ぎない。
で、蓮舫氏は国会議員時代を見るに、いかにも「野党専門」的な印象を受ける。国家における「野党」とは、政権の監視役、ストップ役であり、与党の政策を批判するのが役割であるため、蓮舫氏はその役割をしっかり果たしていた。しかしもし「国会議員の」蓮舫氏のような人間がクラスにいたら、まず友人等に恵まれず、むしろ嫌いになる子の方が多かろう。クラスの子供の母親も「あなたね、ああいう子になっちゃだめよ!」と自分の子に言うだろう。政治と一般社会では論理が異なる。しかしことに選挙となれば、一般社会人が投票するのであるから、後者の論理が力を持つのは当然の話だ。

詳しくは上の記事を見ていただきたいが、SNS上での「反政権(自民、小池)リーダー」的な人もまた、一般社会の中に適合できそうもないような方が、正直かなり多い。そもそも政治の世界に限らず学校の学級会やマンションの役員会だって、「反対」意見は「賛成」意見より強烈(下劣)なものとなりやすい。「SNS時代」となって約10年たつが、未だに常に権力側が圧勝し続けているのはSNSの「副作用」もあると思っている。今の与党が決して評価されるような政治をしていないのは周知のとおりである。しかし選挙のたびにこれでは、政界から緊張感が失われてしまうと危惧している。

・選挙に行こう!

続いて投票率のことであるが、今回の都知事選は前回よりも若干上がりそうではあるというが、どのみち低いことは変わらない。それもそのはずで、「せいぜいプロジェクションマッピングがどうとか」では「誰がやって同じようなもんだろ」になるのも無理のない話なのかもしれない。繰り返すが、今の東京には爆弾は降ってきていない。そうした現状を見越してか、テレビ等のマスコミをはじめ、多くの俳優やタレントらが「選挙に行こう・行きました」等SNSで呼びかけていた。それは無論結構なことではあるが、単に行くだけならだれでも行ける。「行かないと罰金」なら全員行くだろう。要するに「だれに投票すればいいのかわからない」から投票率が上がらないのである。ここら辺の問題は

に記した。多くの有権者は
・調べるのが面倒
・候補者のHP等見たところでキレイゴトしか書いてない
・そもそも理解できない(円安って何?都知事って何?選挙って何? そういうレベルの人も少なくない)
本当の「民主主義国」なら国民が政治を完璧に理解する必要があるが、私を含め誰も小池都政下での功罪などガッチリ調べたりしていない。そうするとやはり選挙など行かんでいい・行っても「何となく」の印象で投票、、、ということになるのだろうと思う。別にこれは日本人を卑下しているわけではない。世界中の民主主義国などどこも似たようなものである。ゼレンスキー氏だって選挙で選ばれた。今そのことをウクライナの人がどう思っているのかは知らないが。

・終わりに

そんなこんなでSNSの副作用からか緊張感の失われた国政と地方行政。一つ確実なことは、有権者は永遠にアホのまま、決して成熟しない。選挙で当選するには有権者(とマスコミ)の印象をうまーーーーーく操作できること、それが「政治力」ということになるのか。それでいて今の東京が続いてくれれば私もまあ満足なんだがいかに。
私は都民ではない。しかし東京には非常にお世話になっている、世界中旅していると思うが、世界で東京ほど文化(音楽や美術)の供給が充実している都市は他にない。折しも来週優しい家族の許可をもらってデ・キリコ展やら行かせてもらえることになった。小池氏には是非「文化都市東京」の灯を消さないでもらいたい。おっとそれとウチの会社の税金上げんでもらいたいな。現段階で私に言えることはせいぜいこのくらいかな。


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