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【医師のイギリス公衆衛生大学院留学】Term2の記録③

Imperial College LondonのMSc Epidemiologyに在籍しています。Term2の試験が全部終わったと思ったら、1週間ほどでTerm3が始まりました。その1週間にアムステルダムに旅行したりもできましたが、そのあたりはまた別の記事にでも書くかもしれません。Term2の振り返りができていなかったモジュールがあるので、本記事でまとめようと思います。こちらは以下の記事の続きとなります。

(カバー写真はNorthern LightことオーロラがUK全土で見られることを知らずに爆睡していた翌日の朝焼けを自分の部屋から撮影したものです)。


Genetics of Infectious Disease Pathogens

概要

ホールゲノムシークエンシング(全ゲノム配列決定)の急速な進歩により、病原体から遺伝子配列を得る技術は近年目覚ましい発展を見せています。このモジュールは、このような新しい手法を用いてゲノムデータを疫学的に解析して理解することを目標とした5週間の内容です。ゲノムとはなんぞやというところから始まり、遺伝子配列からの系統樹の作成、感染連鎖の再構築、感染症伝播の分析、抗菌薬を中心とした薬剤耐性の広がり方の理解など、実際に感染症疫学の中でゲノム解析にどのような役割があるのかを実践的に学びました。

一日の流れ

毎週木曜の10時から14時という、他のモジュールと比較して圧倒的に拘束時間が短いモジュールでした。この時間は前半がライブ講義、後半が実習という感じでした。
拘束時間が短い一方で授業当日までに事前学習用の録画レクチャーを各自勉強する必要があり、毎週2時間くらいの内容でした。その上で疑問点・さらに説明して欲しいところをライブ講義で質問することができました。講師側も質問があまりあがらなかった時を想定して、Mentimeterなどを活用して理解度をはかるような取り組みをしていました。なんとなく質問が出尽くしたらその後14時まで実習で、ランチは適当に食べてね〜という感じでした。実習は最近の実際の感染症疫学のケーススタディに基づいたもので、遺伝子配列がデータで配布されて課題に沿ってRで解析を進めます。
最終日のみ1日グループワークでした。各グループに違う微生物が割り当てられ、これまでの週で学んだ手法を用いてゲノム解析をして、感染伝播に関する仮説の検証などに関するスライドを作成して発表するということを3時間くらいで行いました。このグループワークは評価対象ではありませんでした。

課題や試験

このモジュールは他のモジュールと大きく違い、筆記試験で100%の評定がつくというものでした。他のモジュールはおそらく試験の出来があまりに悪かった時のための救済目的でグループワークやエッセイなど複数の評価項目に評定を分散させていることが多かったので、試験の良し悪しだけで全てが決まるこのモジュールはある意味恐ろしく、それを理由に興味があっても選択しないクラスメートもたくさんいました。
ただこの筆記試験は、試験当日午前9時に試験内容が発表されて24時間以内に答えをまとめてネット上のポータルに提出する、というものでした。試験会場に集められて制限時間以内に回答を提出するタイプではないし、そもそも自宅でやることができる以上何を調べて答えても良いというような、試験というよりかはレポート?というような感じでした。
事前にMock Examとして、本試験に向けて参考になるような模擬試験が公表されて、そちらはこれまでの実習で使ったコードなどを上手く組み合わせて進めれば割と簡単に終わらせられるような内容で、合計3時間程度で回答できました。モジュールリードの先生も、本試験はだいたい2~3時間くらいで全部回答できるように作っているよ、と言っていたのでおそらく誰もがMock Examをやって多少安心して本試験の日に挑んだと思います。
本試験当日、予想を大きく上回る問題量と複雑さ、そして事前録画レクチャーの隅々までちゃんと聞いて理解していないと解けないような問題だらけで、正直「これはやばい」と思いました。当然みんな同じことを思っていたようで、午前9時の試験リリース後、12時頃には履修者たちの間でザワザワしはじめ、16時には何人かの友達を誘って私の寮の共用スペースでお互いに教え合う勉強会を開催しました。その後各自なんとか回答内容をまとめ、私は22時頃には提出、中には徹夜同然で間に合わせた人もいたようです…。

感想

すごく面白かったです。感染症診療の経験上からもたとえば珍しい微生物の同定のためにゲノム解析の技術を使うことはよくありましたが、その多くを専門機関に検体を送って結果だけが返ってくるというものだったので、その背景にある理論を学ぶことができて理解が深まりました。また自分が興味のある分野である薬剤耐性(AMR)に関してしっかり触れることができるのはこのモジュールだけで、本学内でAMR関連の研究をしている先生と繋がることができたのもよかったです。ゲノム解析の技術はアウトブレイク対応や感染管理上の利用価値が非常に大きく、次世代シークエンサーがびっくりするくらい小型化してきていることも踏まえて、ゲノム情報の解析と解釈ができる疫学者は今後世界中のアウトブレイク対応でますます重要な役割を担うことになると思います。
注文をつけるとすれば拘束時間を多少長くしても良いので、もう少し一つ一つの項目を丁寧に解説して欲しかったかもしれません。事前録画レクチャーも含めてかなりの詰め込みでした。また、試験はMockの内容とかけ離れていたことはさておき、「2~3時間で終わるよ」というような甘い言葉にかなり惑わされたので、そういういらんことはしてくれなくて良かったのになと思いました。

Further Methods in Infectious Disease Modelling

概要

Term1で必修だったIntroduction to Infectious Disease Modellingで感染症数理モデルの基礎を学びました。そこでカバーしきれなかった内容、さらに発展的な内容を扱うための5週間のモジュールです。講師陣が最初から何度も強調していたこととして、このモジュールの大きな目的は今後出会うかもしれない感染症数理モデルに関する学術論文や研究結果を正しく評価できるうになることです。モジュール全体としてRでのコーディングもかなり行いましたが、むしろコードを書くことは全体の理解を助けるための補助的な立ち位置で、あくまでも背景にあるコンセプトを理解してほしいという思いを感じました。また特筆すべきこととして、後述のOutbreakモジュールを選択するためには本モジュールの選択が必須となっていました。

扱う内容は毎週結構異なり、
Week1 ワクチンと小児感染症
Week2 Stochastic modelとベイズ推論
Week3 Epidemic forecasting
Week4 Heterogeneities (age and space)
Week5 ネットワークモデル
というものでした。

Term1のIntroduction to Infectious Disease Modellingではコードを書くとしても、本学感染症疫学部門が開発したodinの簡易ブラウザバージョンのwodinを使うに止まりました。本モジュールではコードは全てRで書きましたし、odinを使う時もRの中でodinパッケージを使って行いました。このため、実際に感染症数理モデラーの専門家が日々仕事として行なっているコーディングに近いことを経験することができたのではないかと思います。

一日の流れ

Term2の前半の木曜日10時〜16時が拘束時間でした。前述のGeneticsのモジュールと似ていますが、事前録画レクチャーで勉強した上で、午前のライブレクチャーに参加します。午前中は主にオフィスアワーのような感じで、わからないことをなんでも聞けて、理解が難しいと予想されるところを噛み砕いて解説してくれるような時間でした。一応出席は午前から必須でしたが、このようなスタイルなので午後から参加してくるクラスメートも多かったです。
午後の実習はデータが配布されてそれを元にRでの解析を行います。たとえばWeek1だったら架空のワクチンの効果を検討するためにコンパートメントモデルをベースに年齢構造やContact Patternなどの情報を盛り込んでモデルを複雑化させました。Week2は主にMCMCを用いた実習で、Week3は実際のリアルタイムのアウトブレイク対応時に用いられるようなモデルを実際のデータにフィットさせて改善させていく手法を学びました。実習時はモジュールリードの先生2人に加えて、感染症疫学部門の大学院生・ポスドクなどの若手の先生たちが毎回駆り出されてコーディングで困った時や解釈が難しい時などにいつでも質問できる環境でした。
このモジュールでは評価有無に関わらずグループワークは一切ありませんでした。

課題や試験

このモジュールの評価対象の課題は、論文の批判的吟味とコーディングをベースとした問題を解いていく試験でした。前半と後半で50%ずつに分けられ、Week2が終わった後に前半分がリリースされ1週間以内に提出、Week5が終わって春休み期間中に後半部分がリリースされて1週間以内に提出というものでした。
論文の批判的吟味はフリーなエッセイ的なものではなく、指定された論文を用いて10問くらいの問題に回答していくような流れでしたので非常に進めやすかったです。コーディングはそれまでのモジュールの実習で扱ったコードを組み合わせたりすればできる内容でした。自分の書いたコードも提出を求められましたが、図表の示し方や解釈の仕方が何より重要とのことでした(その時点でコードは合っている前提なわけですが)。

感想

非常に難しかったですが、感染症数理モデルを特に勉強したいと思ってこの大学を選んだ自分にとっては大変勉強になるモジュールでした。Week1からこどもの感染症の複雑さやワクチンに関する内容が紹介されて何だか嬉しかったです。モジュールリードの先生たちも界隈では非常に有名な先生たちで、そんな先生たちに手取り足取り色々なことを教えてもらえるのも贅沢でした。
このモジュールは他のモジュールに先駆けてすでに結果が全部返ってきていて、前半78%・後半90%で、モジュール通じて84%という得点率を叩き出すことができました。前半で撃沈してしまい50%に到達しなかったクラスメートが何人かいたと聞いているので、モジュールを通じて良い成績を取れて良かったです。結構詳細なフィードバックが一緒に返ってくるのですが、結果の解釈が現実に即しており、かつあまり隙が無かったのが勝因だったようです。臨床医としての面目を保てたかなという感じです。
モジュールリードの先生たちは繰り返し「コードをいちから書けるようになることが目標ではなく、コードの背景や理論を理解できるようになることが大事」と言っていましたが、実際はコードを書いている時間が非常に長く、かつその内容も難解だったのでそれに対して苦情を言っているクラスメートもたくさんいました。また、後述のOutbreakモジュールを取るためにこのモジュールの選択が必須だったので、結果としてOutbreakモジュールがとんでもなく難解かもしれないという印象を与えてしまったのもこのモジュールの良くなかったところかなと思います。

Outbreaks

概要

Term1のIntroduction to Infectious Disease Modelling、及び前述のFurther Methods in Infectious Disease Modellingで学んだ知識とスキルを背景に、アウトブレイクの対応の際に感染症数理モデルをどのように活用するのかを学ぶモジュールでした。このモジュールが成立する背景としてコロナ禍よりずっと前の2009年の新型インフルエンザのパンデミックや、2010年台の西アフリカ諸国を中心としたエボラウイルス病のアウトブレイクにおいて本学の感染症疫学部門が大いに貢献した経験があるようで、これらの経験に基づいた講義と実習が行われました。
これまでの感染症疫学関連のモジュールはいずれも数理モデルどっぷりな感じでしたが、このモジュールはアウトブレイク対応の際に解析した結果をどのように政府や公衆衛生当局などのステークホルダーに伝えるか、その際にどのようなハードルがあるか、アウトブレイクという状況の特殊性なども勉強しました。
実習は5週間通して疫学者として架空のアウトブレイク対応を要請されたことを想定した非常に実践的なものでした。毎週新規患者数と公衆衛生当局からのリクエストに関する情報が与えられて、数理モデルを用いて今後の流行予測を行ってレポートを提出します。講義はこのリアルタイム解析に関するものもあれば、そうでないものもあるという感じでした。
このモジュールの前提となるIntroduction to Infectious Disease ModellingとFurther Methods in Infectious Disease Modellingのモジュールがまぁ難しかったこともあり、最終的に履修者は10人くらいとなりました。

1週間の流れ

火曜の午前に実習で用いる架空のアウトブレイクにおける新規患者数数週間分と公衆衛生当局からのお題がリリースされました。そのデータを用いて金曜のライブ授業までに必要な解析を各自進めます。金曜のライブ授業の一番最後にコーディングに関することなどを中心にテクニカルな相談をできる時間があり、これを踏まえてその週のレポートを完成させます。この実習レポートは翌週火曜までに提出する必要があり、提出したレポート内容を踏まえてモジュールリードの3人の先生の誰かが1対1で時間を取って毎週フィードバックをくれました。
金曜は12時から17時までが拘束時間でしたが、午前中の時間帯に上記のフィードバックの時間が設定されたのと、また別に自由参加のオフィスアワーがありました。午後のライブ授業は事前録画のレクチャーを見て各自勉強して挑みます。ライブ授業はImperialの内部の先生だけでなく、UKHSAやWHO、パリのパスツール研究所、アフリカのとある国の公衆衛生当局などから、これまで様々なアウトブレイク対応で活躍してきた色んな専門家が順番に講義を対面またはリモートでしてくれる大変贅沢なものでした。
5週間の短いモジュールですが、上記個人で行う実習とは別にグループワークもWeek3あたりから取り組む必要がありました。グループワークのために使える時間は金曜のライブ授業時には全くなかったので、授業前後や1週間の空き時間にグループメンバーと適宜ミーティングを行いながら進める必要がありました。

課題や試験

個人で行う架空のアウトブレイク対応に関するレポート5週間分をまとめた最終レポートが80%、グループワークが20%で評価されました。
アウトブレイク対応のレポートに関してはコードを書いて解析を行う必要があるわけですが、レポートの提出先は公衆衛生当局という設定なので、感染症数理モデルに関する基礎知識がないステークホルダーにも理解してもらえる内容を意識する必要がありました。Week1からWeek2にかけてはまっさらの状態からモデルを構築してコードを書いてデータを当てはめて、というようなことをしないといけなかったので、他のモジュールそっちのけでこの作業をする必要がありました。Week2以降は基本的にデータを足しつつモデルを改善していくような流れになるので多少はゆとりができました。実際のアウトブレイク対応であればもっとこういう情報も欲しいだろうなとか、自分のモデルはこういうところが甘くて現実的でないな、とか色々思うところはありながらも、現実的に1週間でレポートを提出する必要があったのでそのあたりのバランスをとりながら進めました。
グループワークは、グループ毎に指定された感染症のアウトブレイクがイギリス国内で起きることを想定して政府に情報提供をするためのスライドを作って発表するというものでした。私のグループは4人で、マールブルグウイルスが割り当てられました。このためにマールブルグウイルスの過去のアウトブレイク事例や、臨床像、診断方法、イギリスでどこの医療機関が診療できてベッド数や人的資源にどれくらいのキャパシティがあるのかなどを調べて、予測される最悪のシナリオ、それに対して今どのようなことを対策しておくべきかなどをまとめて発表しました。発表はWeek5の最終日にモジュールリードの先生たちの前で行い、グループメンバー全員が必ず5分程度はプレゼンすることがルールとなっていました。発表内容を踏まえて色々な質問がされて、それに上手く答えられるかも評価されます。

感想

個人的にTerm1から通して履修してきたモジュールの中で一番面白くて勉強になるモジュールでした。内容が非常に実践的だったことに加えてモジュールリードの先生たちと仲良くなれたのも大きい理由かと思います。毎週のオフィスアワーには必ず質問を用意して参加していたのですが、そこまで感染症に熱い思いを持っている履修者は自分しかいなかったので、先生たちには大変有り難がられました。金曜のライブ授業中には授業内容とは関係のない架空アウトブレイク対応のコーディングの内職をしている人が非常に多く、なかなか質問が上がらず先生たちも苦労していたので、私は勝手にそんな先生たちに対して申し訳ない気持ちになり質問を捻り出す役割になっていました。モジュールリードの先生たちには、結構みんなコード書くのに必死ですよということなどをフィードバックするとこれも喜んでもらえて、1週間の流れの絶妙なところを変更するなど対策をしてくださいました。グループワークはメンバー4人中2人が本当に何もしてくれなくて、私ともう1人でほぼ全てやったような感じになりました。しかしこれもモジュールチーム側にはお見通しだったようで、採点後にグループ全体に通達されたフィードバックには私個人を名指しでwell doneと書いてくださっていてこれも嬉しかったです。

このMScコースの中でおそらく一番沁みたフィードバック。

内容が非常に実践的で、感染症数理モデルがどのように活されるのか、その強み・弱みを改めて理解することができるモジュールでした。結構盛りだくさんだったのと普通に面白かったので5週間と言わず10週間くらい使ってくれても良いのになと思ったり、Further~から直接繋がっているわけではないので前提としなくても良かったのではないかとも思いました。

終わりに

すべて選択だったTerm2を終え、Term3に突入しています。すなわち本コースも残すところ後数ヶ月となっているということです。Term1の始まったばかりの頃は色々と必死でしたが、Term2は自分の選択した興味のあるモジュールのみを勉強できるということもあり非常に充実した学期でした。Term3も自分らしく頑張りつつ、このコースで吸収できることを最大限勉強して無事修了できればと思っています。


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