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父の死

はじめに

 皆さんは、家族の死ということに立ち会ったことがあるだろうか。私は、同居していた、祖父、祖母、父の三人の死に立ち会った。それぞれの死に対して、私の思いはまるっきり異なっていた。そんなことを書いておきたい気持ちになった。

祖父母の死

 祖父の死は、私が十代の頃だった。祖父は、非常に優しい性格だった。今では考えられないかもしれないが、自宅療養で亡くなっていった。リビングに介護用ベッドを入れて、そこに看護師が点滴や注射を打ちに来ていた。そして、年末に亡くなった。

 祖父は、優しく、動けなくなるまで、私がどこかに行こうとしていたら、末期がんの身体にも関わらず、車で送ってくれた。未だに、そういう時に「じいちゃん休んでいていいんだよ」と私は言えず、動けなくなるまで祖父を利用していた自分ということを思い出すことがある。祖父に甘えっぱなしの私だった。祖父の死は、お通夜もお葬式も忙しくて、何があったのかわからないうちに終わっていた。悲しいという感情が湧いてくる暇もないような感じだった。

 祖母は、祖父の数年後に亡くなった。祖母は、近所の子どもであろうと、国会議員であろうと、立場に関係なく、時には叱りつけ、時には仲良く手を取り合うような人だった。祖母の死もあっと言う間だった。祖父の時と一緒だった。気づいていたらお通夜もお葬式も終わっていた。しかし、あれだけ騒いでいた祖母がいなくなったのは寂しいものであった。

父の死

 私が家業の代表を交代して数年して、父は亡くなった。体調が悪く、私は30歳まで好きなことをする予定だったが、状況を考えて、地元に戻り、家業の代表を交代していたのだ。本当にしんどかった。お通夜とお葬式の準備から、親戚への連絡、引き物の準備、などなど。母がいたが、私が代表者だから、私が中心となってすべてを進めていった。

 父は、入院して2週間足らずで亡くなっていった。祖父母の死や親友の死とは、全く違った印象を受けた。私からすると父は、いろいろと苦労が多かったように思う。そんなことを思って、父の遺体を見ると、「本当に人生を生ききっていったんだな」という気がして、悲しいという感情よりも、お疲れ様という感情の方が強かったように思う。なんというか、「いろんな苦労からやっと解放されたんだな」っていう感じかな。

父の死後

 結局、私は二十代半ばにして、家業の代表者として、いろいろなことをしてきた。しかし、困ったことに叱ってくれる存在っていないのです。時々、自分のだらしなさを叱った欲しくなることがある。自分ではだらしないことがわかっているんだけれども、やはり、自分に甘い。それが一種の辛さとしてある。

 昔見たドラえもんを思い出す。のび太のパパが酔っ払って家に帰って来た。そして、それをのび太とドラえもんが見る。そしたら酔っ払ったパパに優しく声をかけるが、パパは、「親に説教するのか」と喚くばかりでどうにもならない。そうすると、ドラえもんは、タイムマシーンで過去に行って、パパの親(のび太の祖母)を連れてこよう、と提案をする。そして、祖母を無事に連れてくる。そうすると、祖母は怒りはなしない。のび太のパパは、自分の母親に泣きつく。そして、祖母は、それを受け入れる。

 その姿にのび太は、「どうしてなのかな」と言う。ドラえもんは、「大人は孤独なんだよ。叱ってくれる人がいないもんね。」と言う。なんかそんな場面を思い出す。

 結局、のび太のパパと私には同じモノがある気がする。そんな気がする。抑圧するモノは、もちろん嫌だが、それがないというのは、生きにくい気がする。

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