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事故紹介

#note 1週間がすぎました。

 やぁ、また来てくれたね。
僕がここに来てから1週間が経過したよ。
そしてはじめましての人もいるだろうから、一応言っておくけど、僕の名前は特になくて、容姿はみんながよく知っているあまり珍しくもないヒメフクロウインコでもイメージしてくれたら良い。
 
 真夜中に出ている太陽がとても寒く見えるように、僕の部屋の中にはいつも風が吹いている。
月面にあるオアシスから遠く離れた場所では、蚊がたくさん子供を産みたがってそこを目指して飛んでいる。
 化粧を落としたピエロほど恐ろしい顔はなくて、心臓を失った子供達が元気一杯にそいつを観て笑っている。

 僕の住んでいる所はそんな場所にある。

 ここでは出会いもたくさんあってね。
その出会いの事故紹介をするとキリがないのだけれど、いくつか時計の針を巻き戻して想い出すと、1番の出会いは別れた物の中にあった気がするよ。
 それは身勝手すぎる僕が入れたコーヒーがまだ冷めてはいなかった頃の話しだ。

 その日の僕はヘルメットを被ったまま、とある街を歩いていた。
通りに群がる色とりどりの美しい狐とか、それを食べようとしているライオンや、お腹を空かせてそのおこぼれに預かろうとする金蠅とか銀蝿がブンブンと音を立てていて、そこかしこでざっくりとした自己紹介をしているのが見えたし、随分遠くからやって来た僕は、物珍しくて狩を続ける彼らと狐を足を止めて見ていたんだ。

 街頭の大型ディスプレイには手の届かない程の美しさを誇るようなラフレシアが歌を歌い、マイクを持った枯れ果ててしまった屍のような男が、その屍肉を与えるように近寄っている。
そいつを観ている蠅は、さらにけたたましい羽音をたてながらラフレシアに向かって飛び込んで行く。

 そいつを見るたびに街の中では歓声が上がり、路上に溢れている不完全な魂のカケラは叫び声を上げすぎて、喉が渇きすぎてしまったようだ。

 僕に声をかけてきたのは、まだ昼間だっていうのにビルの影に隠れて出てこようとはしない男だった。
その男の顔は闇に紛れてはいたが、右目がやたらに大きくて白目の部分が目立っていた。
瞳は小さいくせに底の見えない洞窟のように深く、左目はそれに対してとても小さく、細かった。
大きな鉤鼻の先は、匂いを嗅ぎすぎたのか擦れて赤く傷ついていて、唇は干からびて細い。

 普通はヘルメットを脱いで挨拶するもんだぜ?

 そう、彼は言った。
それならば何故、そんな闇に隠れているのか?
と問うと、彼は光に照らされて良いのはいつだって獲物だけだろ?と答える。
僕の顔は隠れてはいるが、彼は闇に身を隠してもいるから、きっとよく似た者同士なのだろうが、どこか違和感を感じるが好奇心が先行し、話しを続ける事にしてしまった。

 そこからは早かった。
彼の魅力は底無しの下水溝のようで、僕の好意をあますところなく吸い取って排水に流してゆく。
ヘルメットを外しても闇の中なら怖くはないだろう?
そんな甘い誘いを何度も囁かれ、なんとかそれでも僕はギリギリの所で踏みとどまっていたのだ。

 男の名前はいくつもあり、出会いや場所によって使い分けるのが流儀らしい。
この街ではそれが常識で、なかばルールなのだと彼は言う。
ほら、そこかしこにいるライオンや蠅や狐は、光に照らされる事を望みながらも、顔を出しても本性を出さないだろ?
 俺は顔は出しても、この通り綺麗事も大嫌いだし、本音で話しているだけじゃないか。
彼はそう言って皺だらけの顔を痙攣らせながら笑う。

 バレていない嘘と、真実を言わない事。自分を隠しながら正義を語り、悪を憎悪しながら探し続け、僅かでも見つけたら君の武器となる言葉で叩きのめせば良い。結果がどうなろうが悪を退治出来た時のカタルシスは最高の気分なんだと彼は話し続ける。
もし、勘違いでその人を傷つけてしまったらどうするんだ?と問うと、彼は大声で笑った。

 そんな事は気にする必要はないよ、だって俺たちは高名な誰かと違い、責任なんて何もないのだから。
それにみんなすぐ忘れてしまうし、俺が誰かなんて誰も知りたがらないだろ?
 なるほど、この街では誰も顔を知らないし、ミスなんて誰にでもある事で、間違いを侵さない人間なんていない。
批判や否定をするのは正義感からなのだから、勘違いで何を言おうと結果など知った事ではないということか。

 正しい事をするのに間違いを恐れてしまっては世の中なんてよくはならないさ。
許せない事だらけのこんな世の中で傍観者として過ごすつもりかい?
彼の論理は続いて行く。

 僕はこの出会いが少し恐ろしくなってきていた。
彼の右目は僕の心を鋭く見張っていて、僅かな言葉すら見逃さないといったふうに見つめている。
 君の誕生日だって、君の嬉しい事だって、君が素敵な物を買った時とか、彼女が出来たり、結婚なんかした時とか、世の中で良いとされる事ならなんだって俺は祝うさ。
 彼は表面的な美しい出来事にはとても敏感に、それを祝う良い人間だとも言うのだ。

だが、その数多ある良い出来事を祝っても、それがいったい誰の事なのか?なんてまったく興味はない訳だ。
 それは自己紹介みたいなもので、自分が良い人間であると相手に理解させる必要がここではあるからだと、彼は言う。
誰だって自分に興味を持って欲しいものさ、君もそうだろ?と問われた。

 その時ぼくは彼の語る話しの違和感を確信してしまっていた。
僕の顔を隠すヘルメットは、自分の身を守るためであって、誰かを傷つけたり、誰かの悪を正義の剣で切り裂くために被っているのではないのだ。
光のある場所に立ち、闇の中にうごめく正義である彼に僕のヘルメットの下の顔を見せてしまったら、その場所から闇に連れさられて彼のようになるか、光ある場所で朽ち果てるまで監視され、彼の視線に怯えて暮らす事になるかもしれない。

 僕は彼に何の表情も見せずに別れを告げた。
彼は気が向いたらまた来れば良い、とだけ僕に興味を失いまた闇の中に戻っていった。

 事故のような出会いはきっとあるだろう。

 身勝手な僕もきっと君や誰かさんにとっては、事故になるような出会いに発展してしまうのかもしれないし、今までだって別れの数と同じくらい誰かを傷つけてきたのだから。
 
 もし、魂がいつか朽ち果てて、僕の書いたいくつかの文章が誰かの目に止まったら、その時、何か感じたらいくつかの矛盾を考えて欲しいな。

人を信じる事より疑う事が大事になった世界。
美しい言葉の影に隠れた悪意。
正解の無い問いかけと、常識
秩序の無い正義と悪意
善意を免罪符とするプライド

そうして僕もまだ顔隠す1人であることを。

#自己紹介 #出会い #SNS #関係 #はじめまして
#言葉 #裏切り #正義 #悪意

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