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鶴亀杯審査員賞『白賞』

短冊に平癒は書かず沙羅の花

  季語は沙羅の花。その名前から平家物語の冒頭文に出てくる「沙羅双樹の花」と勘違いしてしまうけれど、日本では夏椿とも呼ばれる真っ白な花らしいよ。
 「平癒は書かず」とあることから、作中の主体は何かの病気で入院でもしている状況なのかもしれないと想像できる。病院ではよく短冊に願いを込めて七夕飾りを飾るが、きっと看護師さんに願い事を書いてねと言われ、短冊を渡されたんだろうな。
 でも、そこに自身の平癒を書かなかったのはなぜだろう。
 いろいろな読みができるだろうが、俺は「平癒は当たり前で願うことではない」と「思いたい」のではないかと感じた。つまり、願わないからこその病状の重さを感じたのだ。もし、退院の見通しが立っているのなら、逆に無邪気に「早く治りますように」などと書けるんじゃないかな。簡単に願ってしまうことに対する抵抗感が「平癒は書かず」という措辞に表れているように思った。
 そして、下五に斡旋した季語、沙羅の花。沙羅の花は椿と同じくぽとりと花ごと落ちる。しかも咲いたその日のうちに落ちるらしい。その様はどうしても命の終わりを連想させる。そして、だからこそ美しいのだ。
 季語に自身の命を見つめる思いを託した、そんな俳句であると感じた見事な一句だった。


縁側に亀とならんでゐる時間

 この句は無季の俳句だね。鶴亀杯なのでこれは挨拶句かもしれない。特に中七下五「亀とならんでゐる時間」が秀逸な措辞なので、それだけで情景が浮かんでくる。きっと作中主体は亀を飼っている、いつも亀と一緒にいるのが当然のような人物なんだろうなと思ったら、やっぱりちりちゃんだったね笑
 とすると、もうこれは実景句だな。
 亀と並んで座っているその時間はきっと、作中主体にとっては何者にも変え難い大切な時間なんだろうなと感じさせる。無季にしたのは、一年間の中の何でもない時間を切り取ったからこそなのかも。
 夏の大会ではあるけれど、夏に限らず春夏秋冬のいろいろな穏やかな時間を感じさせる、ほのぼのとした癒しの一句で、スッと俺の心にも安らぎをくれた。素敵な一句だった。
 もし、季語を斡旋するとすれば、上五「縁側に」のところだけれど、さていつの季語を持ってこようか。


結び帯ぷんとふくれて戻り梅雨

 季語は、戻り梅雨。
 梅雨が明けたというのに、それからも梅雨が終わってないかのように雨が降ることがあるよね。あれを返り梅雨とか戻り梅雨という。
 上五の「結び帯」は着物の背中のところにくる、帯を背中飾りのように結んだもの。夏であることから、この場合は浴衣の結び帯かな(夏着物という線もあるか)。
この句のポイントは中七の「ぷんとふくれて」という措辞だろう。「ぷん」というオノマトペは、結び帯が大きく空間を含んで結ばれているような感じを表すとともに、下五「戻り梅雨」つまり、雨が降っているために、楽しみにしていたお祭りなどのお出かけに出かけられそうにない状況に対して「ぷんとふくれて」いるようにも取れるような仕掛けになっている。
 浴衣を着て、恨めしそうに梅雨空を見上げて頬を膨らませている女性、あるいは子供が目に浮かばないだろうか。
 俳句においてオノマトペの使い方は少し配慮がいる技法になるのだけれど、この句はそれがとても効果的に働いていると感じる。お見事な一句でした。


あいみょんを口ずさむ吾子金魚玉

 季語は金魚玉。金魚玉って、最近見ることはあまりないかもしれない。俺も見たことがないかも。軒にぶら下げられるようになっている金魚鉢で、何とも涼しげなものなので、ぜひ画像検索してみてね。
 あいみょんの歌って、みなさんはどんなふうな印象かな。俺の中では、明るく前向きな印象がある。例えば、歌詞の中に金魚が出てくる「青春と青春と青春」って曲はちょっとゆったりした感じの曲なんだけど、ノスタルジックでいてまた未来を向ける感じなんだよね。
 上五中七の「あいみょんを口ずさむ吾子」を作中の主体が微笑ましく眺めていて、そこに太陽の明るさをキラキラと吸い込みながら、色鮮やかな金魚が泳いでいる金魚玉がぶら下がっている景は、何とも明るくて素敵な時間なのだろうと感じさせてくれる。
 取り合わせる季語として金魚玉を斡旋したのは季語の力を信じていてとても素敵だと感じた。お見事です。


連山の流れの果ての瀑布かな

 この句の季語は「瀑布」。滝の傍題になるのかな。瀑布というと、一本の細い滝というよりは、ナイアガラのような広い範囲から布を広げるように流れ落ちる滝をイメージさせる。それだけ水量の多さを体感させる滝だ。また、辺りに飛ぶ水飛沫、水の流れ落ちる轟音、周囲より何℃か涼しい体感温度などなど、五感に訴えかれる力の強い季語だと思う。
 その瀑布は「連山の流れの果て」だという。その滝の向こう側に、遠く離れた連山からの清涼な水の流れをイメージしているのだ。17音にこれだけの広い世界を閉じ込めることができるのだというお手本のような御句である。
 下五「瀑布かな」の「かな」は切れ字。
 遠くの山々から集まってきた流れが、こうして瀑布となって、今まさに私の眼前にあるのだなあ……と、その後に余韻を残すのが、この「かな」という切れ字。
 惚れ惚れします。お見事。


買い替えたスマホに馴染むほど日焼

 季語は「日焼」。もう、ザ・夏という季語だ。かくいう俺も、リアルのお仕事でがっちり日焼けをして、腕時計の下のみが元の白さを残している。
 上五「買い換えた」という口語での表記、中七「スマホに馴染むほど」とよく響いている。スマホというここ10数年で現れたものに、口語はすんなりと馴染むのは当然のことながら、多分そう言ったところまで意識をして、あえてこの口語表記を選んでいるんだろうな。
 もちろん、あえて文語表記をすることでその違和感が詩を生み出すこともあるのでどちらが正解というのではない。文体や表記まで気配りをする表現者としての気概の話である。
 さて、それにしても買い換えたスマホ、一体どんなスマホなんだろうね。この句はそういう「想像へのスイッチ」が施された御句だと思う。だってさ、日焼けすればするほどスマホに馴染むって、どんなスマホなの笑?
 そう問われることで日焼に自分がどんなイメージを持っているのかを浮き彫りにされるわけだ。ちなみに俺はセクシーなスマホを想像w。
 あきちゃんと知って納得。俳句でのさまざまな実験に敬意だわ。お見事。


総評(審査の観点)

 というわけで、今回も審査員として全投句作品の中から審査員賞をピックアップしたのだが、我ながら選が偏るなあと思った。これまでの白賞受賞者の句が、今回も選に残っている。まあ、ある意味俺の評が、そんなにブレていないということだな。
 
 今回の審査だが、まずは、これまで通り原則は俳句の基本に沿っていることで一つ目の篩(ふるい)をかけた。
 一つ目は、俳句の基本である有季定型であること。(ただし、みんなの俳句大会は夏っぽければOKなので、初秋の季語でも無季でもありだというところは勘案)
 二つ目は、五七五に空白を入れないこと。(必要性のある空白はこの限りではなし)

 二つ目の篩は、ちょっと難易度が上がる。
 ざっくりいうと、言わずもがなであることを言わないということだが、もうちょっと細かくいうと以下のようなこと。
 一つ目は、季語の説明になっていないか。十七音しかない俳句は、季語に託するイメージが大きいので、念押しをするのでなければ、季語で伝わることはわざわざ句に入れる必要がない。例えば、炎天や日盛は、言わなくても暑いし、かき氷は冷たい。
 二つ目は、使い古された表現が使われていないか。ことわざや慣用句、よく見かけるオノマトペ、擬人表現などなど。これも一つ目と同じく、「ギラギラと光っている」太陽なんて言わなくても、そのイメージは太陽だけで伝わるのである。

 こんな風にして予選をすると、大体投句された俳句のうち残ってくるのは3割くらいかな。ここまでは結構機械的にやってしまっている。

 で、残りはじっくりと何度も読み返す。日を置いてもう一度見返す。そういう意味では、投句がギリギリになった句は繰り返し見られないからちょっと不利かもしれないね。そうやって30句くらいまで絞る。

 ここからが、みんなの俳句大会で独特の審査なんだけど、その後二つのふるいで拾わなかった句をもう一度見返す。一つ目の篩で落とした句で復活するのはあんまりないけれど、二つ目の篩で落とした句はここで、復活するものもある。
 発想が斬新だよねとか、なんか印象に残るよねというものを拾っている。
 そうやって、35句くらいになったものから選んでいくのだ。

審査員としての立ち位置

 35句から選ぶときは、ちょっと自分の立ち位置を意識する。俺は俳句を初めて二年目。即吟は苦手だからそんなに俳句を詠めているわけでもないが、全部集めてみれば一年で100句は詠んでいるだろうから、少なく見積もって200句以上は詠んでいる(今度数えてみよう)し、鑑賞の方は、みんなの俳句大会の句を含めれば、ざっくり3,000句以上は鑑賞していると思う。これは、俳人の中では駆け出し、でも初心者より俳句を知っているという立ち位置。
 
 今回の審査員でいうと、亀山こうきちゃん、うつスピちゃん、俺が俳句をやっている人。んで、めろちゃん、ちよちゃん、riraちゃんはそれぞれ他分野のエキスパート。
 俳句としての実力がある上で、俳句で遊べているような作品はこうきちゃんや、うつスピちゃんが選ぶだろうし、それぞれの専門分野の観点から琴線に触れる作品はめろちゃん、ちよちゃん、riraちゃんが選ぶはず。

 ということで、俺としてはなるべく俳句としてドストライクのものを選んでいるつもりだ。
 そうやって選んだ、6句。どれも「いいなーこんな俳句、俺も詠みたいなー」というものを選ばせてもらった。

 改めて、素晴らしい作品をありがとう。


白賞入賞作品

短冊に平癒は書かず沙羅の花   うみのちえ

縁側に亀とならんでゐる時間   香田ちり

結び帯ぷんとふくれて戻り梅雨   チズ

あいみょんを口ずさむ吾子金魚玉   すうぷ

連山の流れの果ての瀑布かな   兄弟航路

買い替えたスマホに馴染むほど日焼   はねの あき

審査員賞

白金賞・金賞・銀賞

投句一覧


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