Off Flavor入門〜⑪代謝と酵素
前回からの続き
前回はエネルギーと反応について見てきました。今回は生物がエネルギーを駆使しながらいかにして目的の生成物(産物)を作るのかを見ていきたいと思います。
代謝とは
ビールはある意味廃棄物の塊
ビール酵母は材料を分解しては組み立て、いろいろなパーツを作って活動しています。主には糖から自分たちに必要なエネルギーを生成し、残渣を排出します。エネルギーはATPという形で確保し、残渣は主にエタノールと二酸化炭素です。ATPの生成以外にも細胞膜や酵素など自分たちの活動に必要な器官を生成するために、脂質やアミノ酸を取り込んで、必要なものを蓄え、不要なものを排出しています。ビールはある意味酵母の不用品として排出された廃棄物を寄せ集めたものです。
代謝と反応の違い
前回までに見てきたように、化学反応は電子の性質とエネルギーに大きく影響されて起こります。電子がより安定するためにエネルギーの低い軌道に対で収まるように、原子を組み替えながら反応を繰り返していきます。代謝も反応の一つですが生物がシステム的に作り上げるものです。
同化、異化
代謝には2つの基本タイプがあります。低分子が結合して大きく複雑な分子が作られるのが同化。これにはエネルギーを必要とするので前回の投稿で説明した吸エルゴン反応にあたります。高分子が分解されて化学結合に蓄えられたエネルギーが放出される反応は異化といいます。エネルギーが放出されるので発エルゴン反応です。
同化と異化はしばしばリンクします。異化反応で放出されたエネルギーを使って、同化反応を行うというように。そしてそれを仲介するエネルギー通貨としてATPが使われます。
代謝はネットワーク化された巨大システムです。例えば糖質の代謝であれば解糖系→クエン酸回路→電子伝達系という一連のシステムが有名ですが、これは単体の独立したシステムではなく、途中で脂質代謝やアミノ酸代謝からの接続があります。こんな途方もない巨大システムを設計するのは生命の神秘としか言いようがないですね。
さて、このシステムの運用に不可欠なものがATPと酵素です
ATPと酵素
エネルギーの通貨ATP
代謝ネットワークの中でも特に重要なのはATPの産生です。ATPはエネルギーの通貨。生物は反応に必要なエネルギーをATPという形でためておいて、必要なときにそれを駆動させて反応を起こしています。
ATPの構造中リン酸同士の結合を高エネルギーリン酸結合といいます。この結合は反発力があるものを閉じ込めているので、結合が切れるときに-7.3kcal/mol(-30kJ/mol)の自由エネルギーが放出されます。
ATPはエネルギーの通貨として非常に便利なのですが、生物はATPだけでは上手く目的物を構築できません。人間の社会でもお金ですべてが買えるわけではないですよね。一緒に仕事を進める仲間とは個別に信頼関係を構築する必要があります。同じように生物も起こしたい反応に応じて個別に働きかける仕組みを持っています。
酵素の役割
お金ですべてを解決しようとすると何が問題になるのでしょうか?単純にお金を使いまくったらいくらあっても足りないということがあると思います。必要なときに適切なお金の使い方をしたいですよね。もう一つは、お金は周りの人すべてを引き付けてしまう面倒くささがあります。お金を財布から出すとすべての案件が競争入札みたいになってしまうイメージでしょうか。
生物も同じでまずATPは節約したいです。そして必要な反応だけを起こしたいのです。ATPを使ってエネルギーを駆動するとあらゆる化学反応が起こってしまうので非効率なのです。そこで登場するのが酵素。生物は酵素を作り出して利用することで、必要な反応だけを起こすことができるのです。
基質特異性
酵素が特定の基質に対して反応することを基質特異性といいます。鍵と鍵穴で説明されることも多いですが、酵素はぐにゃっと形を変えて基質と反応するので、手袋みたいに基質を掴むイメージのほうが近いとされます。いずれにしても基質特異性のお陰でATPがかなり節約でき、狙った反応だけ起こすことできます。上の図はマルトースを分解してグルコースを2つ作っているイメージですが、分解以外にも、結合を作ったり、化学基を転移させたり様々な反応を起こすことができます。もし酵素がなかったら、マルトースを分解するためにとんでもない高温にしたり、貴重なATPを大量に使わなければいけません。そしてそのような環境ではマルトースの分解以外の様々な反応も起きてしまいます。
活性化エネルギーと反応
前回の投稿で、反応物と産物にエネルギーの差があってもそれだけでは反応が進まないと言いました。反応を進めるためには活性化エネルギーというものが要求されるためです。この活性化エネルギーの障壁を低くするのも酵素の役割です。
分子は通常くぼみにハマったような安定した位置にあり、この分子に発エルゴン反応を起こさせるには、遷移状態に引き上げる必要があります。遷移状態に引き上げるために必要なエネルギーを活性化エネルギー(Ea)といいます。
酵素があると活性化エネルギーが少なくてすみ、反応時間も短縮できます。一方で、生じる反応は本質的には同じなので、発エルゴン反応で放出されるエネルギー量も酵素なしの場合と同じです。
このように酵素は反応を触媒する役割を担っています。生物はせっせとATP産生をするので、あらゆる場面でATPを使いまくっていると思いきや、実際にはほとんどの反応に酵素の力を利用しています。どうしても必要なときしかATPを使いません。
ちなみに酵素が持っている触媒としての役割はあくまでも触媒なので、化学平衡状態を超えてまで反応を進めることはありません。反応物と産物の自由エネルギーの差がゼロになった時点で見かけ上は反応は進まなくなります。
次回へと続く
代謝と酵素の働きをざっくりと見たので、次回は酵母が代謝によって何を作り出しているのかを見ていきたいと思います。
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今回はビールのリリースがないので、Azeotropeの新しいジンの紹介です。愛媛県のポンカンピールを蒸留したアップサイクルジン 「Serendipity」。樽熟成の一品です。
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