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ASKAのカバーで見えてきた、歌にまつわるたくさんのこと。 《西野名菜さんインタビュー》

先日、私がしみじみ「いいよなぁ」と感じているボーカリストの西野名菜さんと、stand.fmという音声配信ツールで話し合う機会がありました。というより強引に作ってしまいました。

名菜さんとは多くの人に聴いてもらえる環境で話してみたい…とずっと思っていたので、彼女から「CHAGE and ASKAさんの『WALK』を歌ってみました!」とご連絡をいただき、その音源を聴いた時に興奮がワーッと湧き上がった勢いで、すぐに「ぜひ公開トークしましょう!」と話を進めてしまったのです。

彼女の「WALK」は、聴いていただけたらわかりますが、まあとにかくすごい。世にたくさんあるチャゲアスカバーの中で、これだけ「カバー感」に気を取られず、楽曲に没頭でき、心を揺さぶられるものはなかなかない。


この「WALK」公開には前段がありました。

彼女の運営するYouTubeチャンネルの中で、チャゲアスの「LOVE SONG」カバーが飛び抜けて多くの人に再生されてるのですよね。
最近ヒットしてる曲から往年の名曲まで、いろいろなカバーがある中で。
先ほど確認したら、再生回数10万回を超えていました。


これ以外にももう一曲、彼女はASKA作品を歌っています。
伝説の歌姫と呼ばれるちあきなおみへの提供曲で、ASKA自身もソロで歌っている「伝わりますか」。他にも岩崎宏美、夏川りみと名だたるアーティストによるカバーが存在しますが、この難曲も、名菜さんは自分の表現へと昇華されています。


と、プロモーションのように書き連ねてしまいましたが…

実は疑問なのです。なぜ彼女がASKA曲を3度もカバーしているのか?
しかも歌唱力、表現力がずば抜けている。男性によるカバーは割とありますし、サマになりやすいと私は思っているのですが、女性がASKAの曲を歌うのは本当に難しい。

どうしたらこんな風にASKA作品を歌えるのか?
これがわかれば、きっと西野名菜というアーティスト、そしてASKAという作家の特徴や偉大性もより深く理解できると思ったのです。

というわけで、stand.fmにて公開インタビューをさせていただいたのが6/10のこと。
渾身の1時間半インタビュー…いやそんな全然キレのあるものではなく、リラックスした二人のトークでした。ぜひ、音声でも聴いてみてください。
そしてこちらのnoteには話の概要を簡潔にまとめていきたいと思います!


●西野名菜はここがすごい!

まず、これをご覧ください。米津玄師「感電」の歌って踊ってみたカバー。


そう、彼女はボーカリストでありながら、トップクラスのダンサーなのです。直近の経歴を伺ったら「TWICEの日本公演バックダンサーチームのリーダーを務めました」と返ってきたのですから、レベルの違いがわかります。

他にも山下智久や堂本光一、Sexy Zoneなどのツアーダンサー、浅田真央サンクスツアーの振付けやスケート指導など…多岐に渡るビッグステージに関わって来られました。

デビューは'00年代、かの伝説のダンス番組「スーパーチャンプル」がきっかけ。視聴者人気の高まった名菜さんは、大手事務所から声がかかりCDデビューすることとなります。
2nd.シングルで「HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP」のエンディングテーマを射止めたその実力を「事務所の力です!」と笑ってらっしゃいましたが、いや絶対それだけではない。

幼少期から始めたダンスとフィギュアスケートの実力と、歌手でボイストレーナーのお母様に支えられたボーカル力。
これだけで英才教育に鍛え上げられたことがわかるのですが、私の思う名菜さんの本当の魅力はスキルではないんですよね。

実際お会いすると、長身で華やかな雰囲気をまとわれていて、生まれつき人の前に立つ能力を持った人とはこういう人のことを言うんだなと。
パッと見るだけで魅了される身体表現のしなやかさ、そして心地よくハスキーでユニセックスな歌声。「マイケル・ジャクソンの幼少期に似ている」と評されたこともあるそうですが、私はこの声にメロメロです。天性の部分も非常に大きいアーティストなのでしょう。

そんな名菜さん、一度はメジャーの負の洗礼も受け、ご自身の行く道を見つめ直し短期間で活動休止をされてしまったのですが、そんなことで彼女の胸の内からダンスと歌の情熱が消えることはなく。

まったく芸能から離れていた数年のブランクを経て、独立独歩で活動を再開され、アカペラグループでの活動、Beatbox(世界大会出場経験あり!)、そしてバックダンサーや振付師としても、とにかく多岐にわたって活動されています。

さらに一昨年からはシンガーソングライターとして、2枚のオリジナルアルバムもリリースされています。


●アスリート×芸能の奥深さに触れて

そんな名菜さんと私が知り合ったのはおよそ2年前。
名菜さんはご自身のアルバムリリースのためクラウドファンディングを行なっていて、その特典であるダンスレッスンチケットを、私が知人から譲り受けたことがきっかけでした。
当時、田原俊彦さんのダンスのことで頭がいっぱいだった私は名菜さんに「抱きしめてTONIGHT」をリクエストし、その日は丁寧なレッスンをしていただいたのでした。

なぜこんな贅沢な出会いが生まれたのか、振り返ってみると奇跡としか思えないのですが、その時の感動的な経験から私はnoteに記事を書き、先生&生徒の関係でお別れしてしまったはずの名菜さんと交流が始まったのですよね。

この時から私は思っていました。
名菜さんは普通のダンサーではない。
アスリートとして努力できる土台を持ちながら、芸術・芸能の奥深い意味を掴み出す感性を持ち、それを自分の表現として昇華させようとする意欲に満ち溢れた人。
このアーティストのことはもっと世の中が知るべきだと、強く思えるような人でした。


●「LOVE SONG」との出会いが始まりだった

そんな名菜さんから急に、「s.e.i.k.oさんの好きなチャゲアスをカバーしてみたんです!」とご連絡いただいたのが一年前のこと。
それが冒頭の「LOVE SONG」カバーでした。

チャゲアス大ヒット世代よりも少し若い名菜さんは、彼らの楽曲をよく知らないながら、ご自身の好みとして'80年代の音楽の持つメロディや歌詞世界の強さに心惹かれるものがあり、「なにか良い曲を」と探していた時に偶然この「LOVE SONG」と出会ったそうです。

最初はもう、なにこの歌詞!と思ったんですよね。「聴いた風な流行にまぎれて/僕の歌がやせつづけている」って歌い出しにグッと心掴まれて。
(以下、枠内はstand.fmのトークより抜粋要約)


名菜さんのアーティストとしてのバックボーンを支えているのは映画体験です。
幼い頃から映画の世界に没頭し、映画音楽に心癒されてきた経験がある名菜さんの琴線に、ASKA作品がピタッとはまったようでした。

映画音楽って、こういう流れに行ってほしいなというところに行くんですよね。それが気持ちよくてハッピーになれたりする。ASKAさんのメロディにも同じものを感じるんです。

私は元々悲しい歌が好きみたいで、明るい曲はあまり自分から聴かないんですが、「LOVE SONG」はタイトルから想像していたものと全然違ってアップテンポの幸せな曲で。聴いた時にすごく前向きに、今日一日頑張ろう!って気持ちになれた。なのでこの曲は楽しくカバーしてみました。


●「伝わりますか」で知った、ASKAの魅力

一曲目のカバーで名菜さんの心を掴んだのが、ASKA作品の歌詞世界の繊細さや複雑さ

ASKAさんの歌詞って、心の奥にしまい込んで見ないようにしていた部分、悲しさや寂しさの扉をパッと開けられてしまうような気がするんですよね。
YouTubeで他のアーティストのカバーも随分していますが、こういう気持ちになるのはASKAさんの曲だけかもしれないです。


「LOVE SONG」を公開してすぐに、普段連絡を取り合わないダンサーの先輩から名菜さんの元にDMが来たのだそう。

マドンナのステージダンサーをされてるようなすごい方なんですが、他の曲では何も言われなかったのに、ASKAさんの曲を上げた時にすぐ連絡を頂きまして(笑)。他にこんなすごい曲があるよ、と教えてくださったのが「伝わりますか」でした。


これをきっかけに初めて「伝わりますか」を聴いてみたという名菜さん。まずASKAバージョンを聴き、それからちあきなおみバージョンを聴いたそう。

これは、すごく難しいなと感じました。一度録音したのですが、やっぱりもっとやれると思い直して、二度目の録音をアレンジャーのTatooさんにお願いしたんです。
ミックスまで終わっている段階で歌い直しをお願いするのって、大変なことがわかっているので普通はしないんですが…でも歌い直したい気持ちが強くて、Tatooさんもそれをわかってくださったので録り直しました。


名菜さんの感じるASKA楽曲のカバーの難しさはどこにあるのでしょう。具体的に聞いてみると、随分と楽曲への理解、そして表現として歌うことへの理解が深まってきました。

歌詞で描かれている感情がとても繊細なんですよね。ちょっと歌い方を変えただけで、伝わるものが変わってきてしまうんです。
そういう繊細な感情表現を、ASKAさんは本当にたくさんある選択肢からピッタリくる歌い方を選んでらっしゃるんだと思いますし、でも自分がそれを真似してしまうとどこか違うものになってしまったりで、自分の声と曲の感情を合わせるのに気を使いました。


名菜さんが具体的に挙げてくださったのが、まず冒頭の「淡い紅をかるくのせて〜」から始まるAメロ部分。力の入れどころと抜きどころのバランスが絶妙なのだといいます。

歌い出しは本当に「軽く乗せる」ようにして歌わないと、Bメロから歌い上げていくところへの変化が付かないんですよね。
とはいえ、Bメロもブレスコントロールをしていかないとかなり難しい。抜くところと込めるところの差を細かくつけていく必要がありました。

全体を通じて、とにかく力を抜くのにはすごく気を使いましたよね。
例えばサビの「もう一度 もう一度」という部分は、女性は男性の元に戻れないとわかっていながら「もう一度」と願ってるんですよね。それをカッコいい感じに歌ってしまうと、強く復縁を迫る感じになってしまうんです(笑)。あまり歌い上げないようにしなければと。

最後の「さびしい夜は娘心が悪戯します」というところも、ASKAさんはまるで語るように歌っていて、ああここは歌うんじゃないんだ、言葉にならないものを押し出してしまうような感じなんだと。そういうところをなんとかキャッチしたいなと、真剣に向き合いました。

改めて名菜さんの言葉で聞くと、ASKAの楽曲を聴く私たちは、彼の「巧さ」ではなく「表現」を聴いているんだということがわかってきました。


●名曲「WALK」に詰め込まれたASKA技法

そんな名菜さんが、チャゲアスの数ある楽曲の中でも最もチャゲアスらしさが表れたとも言える「WALK」を初めて聴いた時は、衝撃を受けたそう。

これはとても壮大で、自分が歌ってる姿が想像できないな、というのが最初に感じたことでした。でもなぜか時間を空けて何度も聴き直すようになっていて、なんでこんなフワフワした気持ちになるんだろう、もしかしたら自分に重なるところもあるかもしれない、と思い始めてたところにs.e.i.k.oさんからカバーのリクエストを頂いて、それで歌おうと決めました。


歌い出しの「眠れないままに朝の光を仰いだ」から、ASKA独特の語るようなリズムで始まるこの曲。原曲から離れないよう、そしてものまねでなくちゃんとカバーになるよう、名菜さんは考え続けたと言います。

この曲も公開しているのは二度目の録り直しバージョンなんです。でも、一度目に録音した時にTatooさんから「もっとできるよね」とも言っていただいてたので、録り直しをお願いしてしまいました。

この曲はASKAさんの特徴の力強いロングトーンが何度も出てきますよね。これは女性には難しいけれど、優しく歌うと曲全体が軽く聴こえてしまうんです。
一番盛り上がるサビ直前の「あの日の言葉呼び起こすよ」のロングトーンですが、最初は少しファルセット気味に歌ってみたんですが、後から客観的に録音を聴き直すと、Aメロから歌詞で積み上げていったものが辿り着いて欲しいところにまで行ってない感じがして。これはASKAさんと同じところを目指さなきゃいけないんだと思い直しまして、力強くいこうと決めました。

でも、そうは言ってもすごく難しいんですよ!特に二番の「抱きしめる度歩きだせる」のロングトーンは母音の「う」で伸ばすんですが、それだけでも結構難しいのに、ASKAさんは独自の歌い方で「ん」に変え、喉を一度締めてから肺活量で押し出してるんですよね。しかも最後にきれいにビブラートがかかっている。これは本当に難しいです。ロングトーンの後のビブラートはすごく疲れます(笑)。
何度もやってみて同じ感じは出せるようになったけれど、自分の声には合っていないような気がして、私は「う」で歌うことに決めたんですが。

ASKAさんは、とにかく肺活量、腹式呼吸を支える腹筋の力がすごいんだと感じます。鼻にかかってる感じがありますが、息を吐き続けないと、鼻にかけるだけでは音が止まってしまうんですよね。心地よい高音を出すためには、やっぱり肺活量の力が大きくて、それがASKAさんの独自の声につながってるんだなと思います。


ASKA独自の歌唱法に埋め尽くされた「WALK」。名菜さんがこれまで培ってきた技術とはまた違うものばかりで、カバーを試みたことで新しい世界が開けたと言います。

あの「呼び起こすよー」でグーッと上げていく歌い方も、私はあんな風に歌ったことがなかったので初めてのチャレンジでした。
一度目では自分のスタイルでやってみたんですが、なんだかしっくりこなくて二度目ではASKAさんの間合いに近づけてみて。
そうやって試してる内に最後のところで自分では思ってもみなかった声が出ていて、こう歌うとこういう声が出るんだ!という発見もすごくありました。

あと、「LOVE SONG」でも感じたことなんですが、サビではBメロまでの表現とは打って変わって淡々とリズムを刻んで進むんですよね。「WALK」も情感たっぷりに最初歌ってみたんですが、ちょっと盛りすぎというか、決まりすぎてしまう。抑えて我慢して歌うとちょうどいい感じでした。

名菜さんの研究熱心な姿勢から、今までASKAファンが「すごい」「感動する」以外の言葉を見つけられなかった技法が次々と言語化されていき、興奮の連続でした。
おそらくプロというのは、「選択肢をたくさん持ち、『できない』という消去法を使わないこと」、そして「自分の作ったものを客観視する力」の2点に支えられているのだなということが、よくわかるお話でした。


●この人の歌に自分の弱さを託したい

「WALK」の歌詞は、ASKAの作風に大きく変化が生まれた'80年代後半に書かれたもの。
この歌詞世界に歌い手の心を添わすのは、なかなか大変だろうと感じますが、名菜さんにとっては歌手になりたいと思った時の初心を思い返させてくれる大事な経験になったそうです。

ASKAさんの曲は、心の中にある痛み、思い出したくない気持ちが入ってる場所を開けてしまうんですよね。
私は小学生の時に、アメリカで活躍されてる女性歌手の歌に魅了されたんです。彼女は誰からどう見られてるかを気にせず、オープンに歌っていたんですよね。この人の歌に自分の弱さを託したいなって、子供ながらに感じて。この一年で3曲もASKAさんの歌をカバーさせていただいて、その度にあの時と同じような気持ちを感じていました。

ASKAさんはきっと、すごくオープンで正直な方だと思うんですよね。歌詞から感じるものでしかなくて申し訳ないんですが、きっと不器用なところが多くて、自分が思ってる方向と違う方に転がっていったことも多いんじゃないかと。
言葉一つが間違っていたら、全然違う方に転がっていく経験をされている、というか…。良い結果、悪い結果の両方を知っているというか。そういう方が書く歌詞だからこそ、胸に響くものがあるんじゃないかと思うんですね。

私で言えば、活動を休んでいた時の焦りや不安とか、答えが出ない時の気持ち。そういう気持ちはカッコつかないから、歌詞に書く人は少ないんじゃないかと思うんです。
それを敢えて全部開いて、正直に綴っても大丈夫かなと迷いながらも、言葉に書いてこっちに下さっているのがわかる。
だからこそASKAさんの歌詞は、人の心の中の弱さに触れるのかなと。我慢してる涙を流してもいいよ、と言ってもらえてる気がします。


ここなんですよね…私が名菜さんの、表現者として最も優れていると思うところ。
芸術や芸能の奥深くに隠れているもの、全員に伝わらなくてもいいやと隠されているものを、しっかりと受け止め、心を添わせる能力。
これがあるからこそ、名菜さんの歌や表現は胸を打つのでしょう。

そしてASKAが作品の中に表現してきた人間の根本的な弱さと、それをしっかり作品としてまとめ世の中に届けようとする、作家自身の強さ
この二つの力を感じて、ASKAを愛するファンは彼の音楽から離れがたく感じるのだと思います。

「WALK」のイントロのドーンという重い音、歌っている後ろから聴こえてくる音が、歌詞に心を添わすほど、気持ちをかき乱してくるんですよね。でもこの苦しい気持ちを、全部歌にして出しちゃおうと。辛いなぁと思いながら歌ってました(笑)。

「伝わりますか」とあわせて2曲録り直しましたが、どちらでも感じたのは、「自分は果たしてカッコつけていなかったか?」ということ。うまく歌えたかよりも、自分の気持ちの波をちゃんと表現できたかの方が大事なんですよね。
ASKAさんが歌の中でカッコつけず、自分の弱さを晒け出してくださってるからこそ、そういう気持ちになったんだと思います。

ASKAさんの曲は、時間を経て数年後にもう一度歌ってみたいと思わせる力がありますね。良い映画を観た時の気持ちに似てるのかなとも思います。20代、30代、40代と受け取るものが変わってきて、そんな自分を確かめるためにまた触れ直す、みたいな…。
音楽でこんな気持ちになるって、なかなかないですよね。また歳を重ねた自分で歌い直してみたいです。

表現者として、いつか世界に通用するミュージカルを作っていきたい、と大きな夢を持つ西野名菜さん。
一度きりの人生、一歩ずつ自分の足で進んでいく名菜さんのことを応援し続けたい…そして彼女の語るASKA作品の魅力、最高! と、熱い気持ちになったインタビューでした。


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