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トシちゃんのように踊ってみよう、ダンスの魅力がわかるから。

人は、自分からかけ離れたものを敬遠してしまいがちだ。

私は子供の頃から、運動神経がない。
なのでスポーツを心から好きになり、夢中で楽しんだ経験がないという、残念な人間である。
身体を動かすことは好きだが、コツや楽しさを掴むのに時間がかかるゆえ、すぐ飽きる。
だから新しく何かを始めても、入り口あたりをうろうろするだけでそのスポーツの根本的な面白さには触れずにここまできた。

スポーツ以外にも、いろんなジャンルで人それぞれ、そういうことは起きうるだろう。
大人になればより一層、照れやプライドも手伝ってそうなるだろう。

自分が苦手と信じているものに近づかない態度は、賢くもあるがもったいなくもある。
なんだか人生の多くの可能性を無駄にしているようにも思う。


そんな私がなんと先日、トシちゃんこと田原俊彦さんのダンスを教えてくれるレッスンに参加してきた

いや、正確にいえばそんな「トシちゃんダンス、教えます」なんて教室はどこにも存在しない。
とあるプロの方にダンスレッスンを受けられる機会を頂き、それならトシちゃんを踊りたい、と頼み込んだのである。
この経緯はのちに詳しく述べるとして。

トシちゃんといえば、アイドル出身者の中でも屈指のダンス能力を誇り、還暦目前の今でもバリバリに激しいダンスを踊りこなしている、という噂を聞く。
なぜそんなスターのダンスを、ダンス未経験者でモヤシっ子の私が踊ろうと思ったのか?
そもそもトシちゃんダンスって何?
いっぱい選択肢がある中、なぜ今それを?

色々な疑問が噴出すると思うが、とにかく私は習ってきたのだ。
そして、たった2時間の経験で私は、ダンスの根本的な面白さというものにチラリと触れることができてしまったのだ。
今回はそのことについて書きたいと思う。

某日、都内某所。
私はトシちゃんダンスを教えてくださる先生と、初めてご対面した。

偶然のご縁で知り合ったその先生は、トシちゃんダンスを専門に教えているレッスン講師…なんていう、妙な職業の方ではなかった。
ご自身、プロのダンサーとして超一流のステージに立ち、さらにシンガーソングライターとしても活躍されている、西野名菜さんというとってもチャーミングな女性であった。


私からの依頼を受けて初めて「抱きしめてTONIGHT」のダンスを知った、という先生に、私は「なぜトシちゃんダンスを習いたいのか」を先に話すことに決めていた。

トシちゃんのことをあまり知らなかった私が、とある書籍をきっかけにそのダンスに興味を持ち、「抱きしめてTONIGHT」のダンスの虜になってしまったこと。
(この経緯は以前の記事<「アスリート×芸能=美」という話。>にて詳しく書いたので、ぜひご一読いただきたい)

トシちゃんのダンスは、令和のこの時代によく見るEXILE的なダンスと随分テイストが違い、ターンや動きの美しさが強調されたショー的なダンスという感じがする。
そして、踊っている人達からダンスそのものへの情熱がビンビン伝わってくる。
その理由を、プロの目線で解き明かして欲しい…ということを、初めて会う人間にこんなこと話されてドン引きだろうなぁ、なんて思いながら話した。

そんな私に気を遣ってか、先生は「田原さんのダンス、すごいですよね」と笑顔で応えてくださり、和やかにレッスンはスタートしたわけだが。
レッスンを全て終えた2時間後、私はその時の先生の言葉が気遣いからでなく本心から出たものだ、ということを頭と身体で理解し、心底嬉しくなったのだった。


トシちゃんダンスの面白さを、先生からこぼれ聞いた情報と私の理解とを照らし合わせて考えると、こういうことだろう。

「抱きしめてTONIGHT」が発表された1988年は、マイケル・ジャクソンが初のワールドツアーで来日した’87年の翌年だ。
(この頃の世相については、以前の記事<1988年から滲み出す、色気の正体に迫ってみると。>にて触れたことがある)

当時のオリコン上位を独占した光GENJIが1st.アルバムを発売したのも'88年。
その楽曲の数々のアレンジメントにも貪欲にMJ風のスパイスが取り入れられていたように、日本のエンタメ界ではマイケル・ジャクソンへの憧れと好奇心、そして貪欲なチャレンジ精神が渦巻いていたであろうことが、容易に想像できる。

今なら簡単にYoutubeでPVを検索でき、素人でも優秀な音楽ソフトを使ってMJ風のアレンジができるのだが、時は30年以上前である。
プロフェッショナル達の努力と熱量は、並大抵のものではなかっただろう。
私の愛読書である岡野誠さんの『田原俊彦論』においても、トシちゃんがテレビへの出演回数を重ねるうちにマイケルのステップを取り入れ、ダンスをより魅力的にアレンジしていった経緯が詳細に検証・解説されている。


そう、トシちゃんの底流には確実にマイケルのダンスがある。
そのマイケルのダンスが「シアタージャズ」というジャンルをふんだんに取り入れていることを、今回詳細にトシちゃんの動画を見ていた先生は指摘してくださった。

「シアタージャズ」とは、まだ映画がリアリティでなくスターの輝きによって成立し、そして大衆もそのスターから放たれる輝きを切に求めていた時代に構築された、ダンスのスタイルである。
映画によって胸を幸福で満たされ、人間の肉体の躍動を感じ、感動の涙を流す…そんな時代に愛されたダンスである。

トラディショナルなダンス経験のなかったマイケル・ジャクソンは、この映画の中のシアタージャズダンスから多くを学び、ブラックミュージック特有のリズムとステップの中にシアタージャズの要素を独自に取り入れ、リズミカルな中にも優雅な動きを感じさせるという、どんなジャンルにも当てはまらない「マイケル・ジャクソンのダンス」としか言いようのない表現を身につけていったのだという。

「抱きしめてTONIGHT」の中にも、マイケル風のステップが散見される。
この1987年に発表されたマイケル・ジャクソンの「The Way You Make Me Feel」のPV後半を見ると、「抱きしめてTONIGHT」に取り入れられたステップが凝縮されているのがわかるだろう。


このかっこよさ。
かっこいいけど、なかなか真似できない。
それを最速で習得し、踊りこなせる身体能力とセンスを持っていた当時のエンタメ界のトップが田原俊彦だった、ということになるだろう。

いや、踊りこなせたからこそ、少しの落ち込みからトップの座に返り咲きできた、と言った方が正しいのかもしれない。
そこには、アメリカの上質なエンターテイメントを日本にも取り入れたい、と孤軍奮闘していたジャニー喜多川の情熱と努力も重なり合って見える。
そんな風に想像していくと、より「抱きしめてTONIGHT」にまつわるストーリーが魅力的に見えてくる。

トシちゃんのダンスが光り輝く理由。
そこには、当時世界中を魅了したマイケル・ジャクソンのダンスを最高のタレント(=才能)でもって再現したい、という日本エンタメ界の情熱があり、それをもっと掘っていくとシアタージャズという、スターをスターらしく見せるための振付が脈々と息づいている
そんな文脈に辿り着けたことが、このレッスンでの大きな収穫であった。

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さてさて。
ここまで知識的なものを長々書いてきたが、そもそも今回のレッスンは座学ではなく、ダンスの実践である。
ダンスって、そもそも何なのか。
運動能力がない私のような人間でも、手を伸ばして良いものなのか。


「抱きしめてTONIGHT」、当時27歳の若きトシちゃんが踊るその身のこなしの華やかさ、激しさ、美しさ。
これに魅了されていた私は、そのエッセンスに少しでも触れられれば…という思いでこの曲のレッスンをお願いした。

だが実際にスタジオに行ってみると、レッスン時間を丸々トシちゃんの振付習得に費やすのかと思いきや、なんと先生は半分の時間を「バレエとダンスの基礎練習にしましょう」とおっしゃるのである。

えっ、ただでさえ2時間じゃ覚えきれなそうなのに?
時間足りなくない?
そう思ったが、トシちゃんの美しさの背景にはしっかりとしたバレエの基礎がある、という先生の憶測は、実はダンスというものの根本に繋がるものだった


バレエとダンスの基礎練習、いやはや大変だった…
たった一回で習得はとてもできなかったけど、どんな筋肉を使っているのかは、翌日からの筋肉痛で痛いほどわかった。

そしてダンスというものが、振付によってではなく肉体全体を美しく見せようとする「意識」で出来上がっている、ということに、私はこの2部に分かれたレッスン構成をもって気づかされたのだ。
そうなのよ、意識がないと、身体の隅々まで言うこと聞かせるなんてムリなのよ到底。

ダンスというものは、身体を通した自己の表現である
手と足の振付を覚えればダンスになる、と考えていた私は、根本的に間違っていた。
手と足を動かすだけなら、それはただの宴会芸。
ダンスには基礎トレーニングや美しく見せるコツなど様々な要素があるが、技術的なことは別にして最終的には「自分をどう見せたいか」という強いイメージのある人が、プロとして人を魅了するようなダンスを手に入れるのだろう
そんなことが薄々わかってきた。
宴会芸で満足しないプロダンサーの先生であったからこそ、短時間で素人の私でも、この魅力にまで気づけたのだと思う。

熱い2時間レッスンが終わり、服を着替えたあとも先生はスタジオのロビーに残り、古い映画から脈々と流れているダンス芸術について話してくださった。
先生はなぜこんなにも、ダンスを語れるのか。

プロダンサーの、ダンスの魅力を語る語彙力はとてつもなく豊かである。
「すごい」「感動した」なんて荒い解像度の言葉でなく、「なぜそれがすごいのか」「なぜ感動するのか」までを語る言葉を持っているのである。
この語彙力があるだけで、人は人に、自分の好きなものの魅力を伝えることができるのだ。

情熱と語彙力で、人は人を変えることができる。
今回、運動能力の限りなくゼロに近い私に、ダンスの魅力を教えてくれた先生。
その結果、私はなんならこの歳から踊れるようになってみたい、なんて思っている。
運動に自信がないというだけで、ダンスをしないのはもったいない
たった2時間で、心からそう思えるようになった。
やはり自分から遠いものに飛び込んでいくことは、清々しく、気持ち良い。


さてさてそんな一日だったが、結局私にトシちゃんダンスは習得できたのか?
それは…言いにくいことだが…未だやっぱり踊れない。
イントロの20秒すらね。
うーん、やっぱりトシちゃんはすごい!…という話でした。

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