カクテルやめました。2000本のウイスキーに溺れる『メインモルト』(全国バー行脚⑤兵庫)
入店した瞬間に圧倒されました。目に映るのは、ほぼ360度ウイスキーのボトルのみ。右も左もウイスキー。ボトルの星雲。ウイスキーの海。兵庫県神戸市の『メインモルト』です。
■「まずい」って言われた
「だいたい1500種類、2000本くらいかな」
オーナーバーテンダーのGさんは、こともなげに言います。ここは三宮駅近くのビル2階。店内は写真のような状態で、入ればぐるっとウイスキー。天国かもしれない。
訪れたのは昨年の初春です。この中から何を飲むべきなのか迷いましたが、とりあえず一番好きなスプリングバンクをオーダー。すると、「バンク、古いのはないよ」と言いつつ、次々と10種類くらい名前を挙げ、たくさんのボトルを出してくれます。ボトルを目で確認する前から、店にあるバンクの銘柄を全て言葉で紹介したGさん。まさか、2000本全てが頭に入っているのでしょうか。
ついつい「すごい数ですね」という百万回は言われたであろう感想を口にした私に対し、Gさんは「10年くらい前からウイスキー専門のバーで。昔はカクテルも作ってたけど、今はやめたの」と言います。
きっかけは?
「カクテル、まずいって言われたから。マティーニなんて残されるんだよ。だから諦めた」
なんてすがすがしい…。これを聞いて私は「格好いい!」という思いでいっぱいでした。カクテルをまずいと言ったそのお客さんは少数派ではないか。あるいはその時だけ虫の居所が悪かったのではないか。本当はカクテル目当てのお客さんだっていたんじゃないか。なんて思ったりもしますが、一気にウイスキー専門のバーに振り切る思い切りの良さ。大事なことだから二度言います。格好いい。
こんなことを書くと、頑固で気むずかし屋なイメージを持たれるかもしれませんが、Gさんはとても気さくな方で、楽しそうにウイスキーの案内をしてくれました。店内の写真撮影も「どうぞ。SNSもOK」という快さです。
特に好きなウイスキーはなんですかと尋ねると、「今、凝ってるのはアイリッシュ」で「スコッチはもう、他の店に任せても良いと思ってる」と言います。渋いな。アイリッシュは「ジェムソン」くらいしか知らない私にお勧めしてくれたのは、「レッドブレスト12年」。バニラ風味の甘さが優しく、美味しかったです。再訪確定。日本は良い国だ。
■ソルクバーノは『サヴォイ キタノザカ』
実は、このメインモルトさんは全く情報なしで伺ったバーで、兵庫では違うお店を目的にしていました。『サヴォイ』です。兵庫のバーでは最も有名かもしれません。定番カクテル「ソルクバーノ」を生んだバーですから。
正確にはサヴォイは、ソルクバーノの創作者Kさんの師匠がかつて運営していたバーということで、今はありません。お弟子さんたちが志を継ぎ、直営や暖簾分けの形でサヴォイの名を冠する店舗を出しています。まず伺ったのは『サヴォイ キタノザカ』。メインモルトのすぐ近くです。
店内はカウンター10席程度と、テーブル席が2つ。ソルクバーノを創作したバーテンダーKさんは、近年ご近所に出した新店『サヴォイ イースト ゲイト』にいらっしゃるそうで、この日はお会いできませんでした。
しかし、おひとりでカウンターに立つ40歳前後のバーテンダー(こちらもKさん)に、伝統のソルクバーノを作っていただきました。こちら。
一般的なソルクバーノと見た目が大きく違いますが、これが元祖です。輪切りにしたグレープフルーツで蓋をして、ミントの葉をセット。ストローでグレープフルーツを貫きます。
美味しい。しっかり強めだけど、夏にごくごくと飲みたい。
なお、グレープフルーツは食べやすいようにカットしてくれました。心遣いが嬉しいですね。
このKさんはお話上手な方でもあり、短い滞在時間でしたが、お酒のことからプライベートなことまでカクテル片手に弾みました。先のメインモルトを紹介してくれたのもKさんです。ありがたや。
■『サヴォイ オマージュ』で味わう名人芸
もう一軒、どうしても行きたかったのが『サヴォイ オマージュ』です。全国的にも有名なバーテンダーMさんの店で、キタノザカからは少し離れ、県庁近くにある公園の脇の坂を登った場所にあります。
店内は広めで、赤みのかかったカウンターが伸びています。重厚な調度品とアンティークな家具、適度に花が飾られ、書棚があり、ボックス席には人形のような物も。そして全体を照らす優しいライティングの雰囲気など、どこか御伽の国のよう。バーの喜びの1つに「非現実感の体験」があると思いますが、まさにそれ。
国際大会の優勝経験もあるMさんに、 2019年の「全国バーテンダー技能競技大会」の創作カクテル部門で優勝した「ホライズン」を作っていただきました。しっかりキレてコクがあり、爽やか。体の中にある澱が流されるような一杯です。
しかし、個人的にもっと驚いたのはカンパリソーダでした。カンパリソーダは好きでよく飲みますが、もちろんステアのカクテル。しかしMさんは、まずカンパリだけを氷と一緒にシェイクしました。最後にソーダを注ぎます。
つまりこれは、カンパリのみをシェイクするカクテル「シェカラート」にソーダを注いだということでしょうか。初体験でしたが、冷たくて口当たりが柔らかく、唇の細胞からカンパリがしみこんでくるようです。至福。オマージュでは名人芸のカクテルが楽しめます。
補足ですが、Mさんは2021年の上記の全国大会(新潟大会)で、ついに総合優勝を果たしています。この21年大会は、友人のバーテンダーが総合4位で悔しい思いをしたのですが、Mさんの優勝は納得。おめでとうございます!(了)
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