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蜃気楼 【詩】

切なくて
苦しくて
泥を吐きつづける
ペリカン

裏路地の下水が
黄色く染まっていく

僕らはその運河を
ゆるゆると下っていった
その先は静かの海で
睫毛のうえを靄がただよった

 砂漠を行く隊商
 逆立するタンカー
 雲を突く超高層ビルから
 うねり落ちる溶岩

さまざまな幻影が
現れては消える
午後になると気温は上昇し
くぐもった咆哮が聞こえる

ラジオに雑音が混じっている
砂底から湧きだす声のように

  本日の出現予測
  午後2時 75%
  午後4時 20%

日に一度
逆流する下水
嗚咽する汚水

不可視の裏路地から
聞こえる蛇皮線の音
黄色く染まっていく
歯茎から伏流水
日が沈むと界隈は
菜の花のおべべが窓からはみ出し
虚ろな眼がのぞいている

(ダメよ こんなところへ来ては)
(私には腰から下がないのです)
(あなたは売られてきたの?)

ふしだらにはだけている
猫娘たちが仰ぐ扇子
その部屋の隅で
ペリカンの嘔吐が
やまなかった

  明日の花粉予測 「とても多い」
  風速5m以上

瞼から鼻から溢れる
黄色い伏流水
夜もすがらつづく
春の咆哮
鏡に映った
船乗りの顔は
三つに割れていて

ペリカンの涙が海を汚している

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