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人生初のハイブリッド授業の思い出

こんにちは。岸 志帆莉です。

新型コロナウイルスの影響でオンライン授業が注目を集める昨今、その是非について様々なことが議論されています。

私は2014年からオンラインで大学院に通い、2016年に教育学修士号を取得しました。その後、オランド政権下で国を挙げて教育のデジタル化に取り組んでいたフランスへと渡り、パリ大学の大学院でEdTechを専門に学びました(ちなみに滞在中の2017年にフランス大統領選があり、オランド政権から現マクロン政権へと時代が移り変わりました。)

オンライン授業は、私にとって二度の大学院生活を通して関わってきた研究テーマであると同時に、学生生活を通して日常的に接してきた身近な学習手段でもあります。またフランス滞在中、現地の小学校でICT教員として教えていた際には、子どもたちの教育にも活用していました。

様々な立場でオンライン授業と向き合ってきた立場からすると、オンライン授業は大きな可能性を秘めた魅力的な教育方法だと思っています。しかし何事についても言えることですが、今後検討すべき事項も山積しています。

今回は、オンライン授業のメリットと今後検討すべき事項について、私が人生で初めて経験したハイブリッド授業のようすを振り返りながら考えてみたいと思います。

人生初のハイブリッド授業

2014年夏、ロンドン。地下鉄を降りて地上に出ると、じっとりと生暖かい夏の空気が体を覆います。英語に交じって聞こえてくるエキゾチックな言語の会話。二階建てバスが鳴らすビープ音に、車の騒音。道路を行き交う真っ赤なバスを見て、いよいよロンドンに降り立ったという実感が湧いてきます。ノースリーブのワンピースを着た女性が通り過ぎたかと思えば、全身を真っ黒なベールで覆った女性が足早に通り抜けます。辺りをキョロキョロと見まわしながら、緑に覆われたブルームズベリー・スクエアガーデンを北上すると、太陽光を受けてクリーム色に輝く大英博物館の建物が見えてきました。横目に通り抜け、緑生い茂る公園をもう一つ抜けたところに、目指す建物はありました。

石やレンガ作りの重厚な建物が並ぶ通りの中、ひときわ目を引くモダンなコンクリート建物。入口に掲げられた真っ青な看板に並ぶ「UCL」の三文字。これから二年間学び舎となるキャンパスです。もっとも実際にそのキャンパスで学ぶのは、二年間の在籍期間のうち、最初の一週間のみです。

2014年7月、私はイギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)に入学しました。これから始まる大学院生活に先立ち、二週間のオリエンテーションに参加するため真夏のロンドンに降り立ったのでした。

前章でお話しした通り、私は現地留学ではなく日本で暮らしながらオンラインで授業を履修する道を選びました。元々このオリエンテーションを含め、すべての課程をオンラインで受講するつもりでした。しかし直前になって思いがけない幸運が起こりました。なんと、オリエンテーション期間と同じタイミングで、イギリスのオックスフォードへの出張が決まったのです。出張のスケジュールをよくよく確認してみると、オリエンテーション期間のうち、後半の一週間のみが出張と重なっていることがわかりました。

「ということは、オックスフォード出張の前週に5日間有休をとってイギリス入国を一週間早めれば、最初の一週間だけでも現地のオリエンテーションに参加できるのでは……?」

そう考えた私は、最初の一週間だけ現地でオリエンテーションに参加するということが可能かどうか、大学側に問い合わせをしました。元々オンラインで参加できる内容であれば、最初の一週間だけ現地の授業に参加し、後半一週間はオックスフォードからオンラインで参加するというフレキシブルな受講方法も認められるのではないかと考えたのです。

この私のプランは、大学側から当然のように承認されました。出張等の予定があっても切れ目なく学習を続けることができるとは、なんと素晴らしいことでしょう!入学前からオンライン学習のフレキシブルさに早速恩恵を受けることとなりました。

このように柔軟なプランを立てることができたのは、元々大学側が三通りの受講方法を用意してくれていたからです。

まず一つ目は現地キャンパスでの参加。つまりロンドンの教室に集まって、皆で授業を受ける従来型の方式です。次に、オンラインによるリアルタイム参加。これは授業のライブ配信を視聴しながら、テキスト形式のディスカッションを通してリアルタイムで授業に参加する方式です。最後に非同期型によるオンライン受講。これはリアルタイムで授業に参加できなかった場合、録画された授業を後々自分のタイミングで視聴しながら、非同期的にディスカッション等に参加する方式です。

さて、これから始まるオリエンテーションウィークに期待を寄せ、意気揚々と教室に入りました。オンラインで世界に同時中継される教室とは一体どのような空間でしょうか。期待に胸を膨らませながら該当の教室に入ると、予想に反し、そこはいたって普通の教室でした。日本の大学の講義室などと変わらない、机と椅子が教壇に向かって整然と配置されているようなごく普通の教室でした。

「この教室で本当にあっているのだろうか?」戸惑いを覚えつつ、席に着きました。教室内にはちらほらと生徒が集まり始めていました。同じグループには、アブダビ出身のカップルと、イギリス出身で現在カタール在住の女性などがいました。それぞれと挨拶をして少し打ち解けたあと、改めて教室内を見回してみました。

すると、普通の教室と異なる点にいくつか気付きました。まず教室の後方に、大型のビデオカメラが二台設置されていました。カメラがにらむ教室前方に視線を移すと、壁一面を覆いつくすほど巨大なホワイトスクリーンが垂れ下がっていました。教室の隅には、小さな教卓がひっそりとスタンバイしていました。そこでは一人の女性教員がラップトップを覗き込みながら、何やら忙しくタイピングをしていました。その女性教員の様子には少し特殊なところがありました。何やらラップトップに向かって突然一人で笑い出したり、画面の向こうに話しかけているようなそぶりを見せたりしていました。誰かとプライベートの会話でもしているのだろうか?それにしてもあんな隅っこの方から授業をするつもりなのかしら……。

授業開始のチャイムが鳴るのとほぼ同時に、スーツを着た大柄の男性が颯爽と教室に入ってきました。教室の隅の女性教員と軽くハグをして、私達生徒の方に豪快に向き直りました。

「Hello, everyone!」

大音量のあいさつが教室内に響きました。私達に向けて軽く世間話を始めるやいなや、教室の隅にいた女性講師がラップトップ上で何やら操作を行いました。すると、それまで真っ白だった教室前方スクリーン上に変化が起こりました。そこに瞬時に映し出されたのは、人、人、人。人種も性別も年齢層も様々な人々の顔が、スクリーンいっぱいに所狭しと並びました。一瞬ののち、それがオンラインでオリエンテーションを受けることを選択したクラスメイトたちの姿であるということを理解しました。インターネットを介して世界中から同じ授業にアクセスしている世界中の仲間たちとの出会いの瞬間でした。

背後のスクリーンの様子が変わったことを察して、男性教授は自分の背後を振り返りました。画面いっぱいに映っている世界中の受講生達の顔を見て、「Hi everyone!」と軽快に挨拶を送りました。「マイケル、あちらです」女性教員がすかさず教室後方のカメラを指し示しました。

あぁそうか、と笑いながらカメラの方に向き直ると、彼は改めてカメラに向かって手を振るジェスチャーを見せました。その瞬間、スクリーンの左端に映っていたチャットボックスが、一斉に文字で埋め尽くされました。「Hello!」「Hello from Brazil!」「Hello from Jamaica」等々。世界中からのあいさつがチャットボックスを埋め尽くしていきます。

「なんと!これがオンライン授業というものか……!」

革命を目の当たりにしたような衝撃を受けました。今この授業に集っているのは、教室内にいる数十人だけではありませんでした。ブラジルにジャマイカ、ケニアに中国、インド、オーストラリア、等々。世界中から時差や地理を超え、インターネットを介して同じ時間を共有するために多くの仲間たちが集っていたのです。この一枚のスクリーンを通して、この教室は世界とつながっている。そして空間を超えた授業が、今まさに始まろうとしている!教室の熱気が一瞬にして高まりました。

授業は早速本題に入っていきました。授業が進行するにつれ、いくつか興味深いことに気付きました。まず、その授業が典型的なティームティーチングとはあらゆる点で異なるということでした。

義務教育などのティームティーチングでは、メインの講師が教壇に立って授業をリードし、もう一人の講師が教室内を歩き回って個々の生徒をサポートするという形式をとるのが一般的です。しかしこの授業の形式はずいぶんと異なっていました。一人の教員が教壇に立ってレクチャーを進めるところまでは同じなのですが、さきほどから教室の隅にいるもう一人の女性教員は、自身のラップトップの前を一向に離れようとしません。着席したままラップトップの画面を覗き込み、にこにこ笑ったり、あるいはタイピングをしたり、さらには画面に向かって話しかけるようなそぶりまで見せています。まるで、教室の真ん前で堂々と授業に関係のないことをしているかのようです。

私は彼女の様子が気になり始めていました。しかし、彼女がこの授業において非常に重要な役割を担っているということが次第にわかってきました。彼女は、オンラインの生徒達と教室側にいる私たちをつなぐという、とても重要な役割を担っていたのです。

彼女は授業の中で二つの役割を担っていました。まず一つ目は、オンライン受講生たちの対応です。テキストチャットで意見や質問を寄せてくる生徒達に対し、コメントを返したり、テクニカルな問題が発生した際にトラブルシューティングを提供したりする役割です。次に、オンライン受講生たちと現地の教室をつなぐ役割。オンライン受講生たちのチャットの内容を彼女が常にモニタリングし、興味深い発言や質問があれば、教室全体に直接投げかけてくれます。しかも、その頻度はかなり頻繁です。実はオンライン受講生たちのチャット内容は、教室前方のスクリーン上に常に表示されています。そのため、女性教員がその内容をシェアしてくれなくても、私たちはいつでもその内容を見ることができるのです。しかし教室内のレクチャーに聞き入っていたり、グループワークが盛り上がってきたりすると、しばしば前方のスクリーンから目を離しがちになります。そんな時、オンライン専任の講師が、オンラインの受講生たちのディスカッションを絶妙なタイミングで教室側にフィードバックしてくれます。そのような働きかけにより、オンライン組と現地組の間に常にコミュニケーションが保たれる効果が生まれているというわけです。

彼女のおかげで、オンライン組だけでなく、教室にいる私達も数多くのメリットを享受しました。オンライン組からのコメントがきっかけで、教室にいる私たちの議論がさらに深まったり、議論の方向性が変わったりということが多々ありました。私たちがこの授業の形式に慣れてきた頃には、女性講師がシェアしてくれるよりも早く、私達がオンライン組のコメントを拾って反応するという流れが見られるようになっていきました。またオンライン組のコメントを受けるだけでなく、教室側からオンライン組に対して質問を投げかけたり、意見を求めたりと空間を超えた議論が成り立つようになっていきました。「○○についてはどう思う?オンラインの皆さん」教室からスクリーンに向かって投げかけると、テキストチャットでたくさんの反応が返ってくる。それに対し、教室側からまたスクリーンに向かって反応を投げ返す。インターネットを介して両者のコミュニケーションが活発化し、空間を超えて学びのシナジーが生まれ始めていました。

今回の授業のように、現地受講生とオンライン受講生がリアルタイムで同時に学ぶ形式の場合、彼女のように懸け橋を担ってくれる存在がいかに重要であるかを実感しました。これが21世紀のティームティーチングのあり方になるのだろうか ― 。彼女の絶妙な介入の様子を観察しながら、そんなことを考えました。

充実した一週間はあっという間に過ぎていきました。現地組のクラスメイトとは、毎日近所の公園にランチに出かけたり、連日ディスカッションで火花を散らしたりしているうちにすっかり打ち解けてきました。オンライン組の受講生とも、毎日スクリーン上で顔を合わせている間にすっかり顔見知りになりました。そんな風にして激論の5日間は過ぎ、ついにオックスフォードへと移動する時がやってきました。オリエンテーションウィーク半ばの週末に荷物をまとめ、ロンドンを旅立ち、一路オックスフォードへと向かいました。

オックスフォードに到着してからは、朝から晩まで仕事と付き合いの日々が始まりました。ホテルの自室に戻ってくるのは、毎晩22時を過ぎてからでした。仕事の疲れと興奮、さらにパブで飲んだビールによるほろ酔い気分の中、毎晩クラスの録画を見て授業にキャッチアップする日々が始まりました。同じイギリス国内にいるにもかかわらず、今度は自分がオンライン組になったというのは何だかとても不思議な気分でした。しかし同じオリエンテーションを二つの異なる受講方法で受けることができるのは、むしろ贅沢な事に思われました。

仕事を終えた後、ラップトップを開くだけでクラスメイトたちといつでも繋がることができるというのは嬉しいことでした。連日オックスフォード本社のエグゼクティブや世界中の同僚たちと顔を合わせ、緊張感あふれる毎日を過ごしていたせいか、夜にしんとした自室に戻って親しい顔ぶれに再会できた瞬間、心が安らぐ思いがしました。大げさに聞こえるかもしれませんが、ラップトップを開いて毎晩同窓会を開いているような気分でした。

夜遅くまでパブでビールを飲んで帰った晩など、正直言って授業の内容があまり頭に入ってこないこともありました。そんな時は、翌朝改めて録画を見返してキャッチアップしました。そんなことができるのもオンライン授業の素晴らしい点です。翌日であろうと週末であろうと、自分の都合のいいタイミングで何度でも録画を見返し復習することができるのは、オンライン授業ならではの利点と言えるでしょう。

人生初のオンライン授業は、このようにとても充実した経験になりました。授業の内容はもちろんのことですが、それ以上に鮮やかに記憶に残っているのは、現地のクラスルームで仲間たちと過ごした日々や、オンライン組のクラスメイト達とスクリーンを通してコミュニケーションが成立したときの新鮮な驚きや感動です。オックスフォードに移動した後、毎晩パブ帰りの夜にしんとした自室でラップトップを開き、わくわくとした気持ちで授業にアクセスしたときの気持ちも今でも鮮明に心に残っています。

こうして私の二年間のオンライン留学生活は輝かしく幕を開けました。
その後、オンラインでの大学院生活を通して様々なスタイルのオンライン授業を経験し、様々な気づきを得ました。その後フランスに渡ってからは、今度は自分自身が教える側としてオンライン授業を活用する縁にも恵まれました。

それらの個人的な経験を通して、私が感じたオンライン授業のメリットと今後検討すべき事項について、次回の記事で考察していきたいと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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