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ショート 5 歩く君の俯く横顔


あの時、あの道を選ばなくてよかったと、安堵したことが僕にはある。

高校3年。卒業式も終わって、大学の入学式までの春休み。3年で同じクラスだったあいつに、ある女の子を紹介された。

あいつはいつも俺に、「おまえも彼女作れよ!!」と言ってきた。
「彼女作れよ」と言われても、好きな人も気になる人さえもいない僕にとって、そのセリフは左から右へ流れていくただの音でしかなかった。


そんなあいつと、遊んだある日。
「俺の中学の時の同級生なんだけどさ、今彼氏いなくて、彼氏欲しがってるやつがいるんだよ。おまえどう?会ってみない?おまえと趣味も合いそうだし。なんなら初めは3人で遊んでもいいしさ」
あいつから、女の子を紹介されるとは思ってなかった。「作れよ」と他人事のようにいうばかりだったけど、僕の力になってくれる。らしい。

これも何かの縁だよな。なんて思い、
「3人なら会ってみたい」と答えた。
あいつはその場で女の子に僕のことを紹介して、日程決まったら連絡する。といい、その日は解散した。

友人の紹介なんて初めてだったから、内心ちょっとウキウキしていた。そこから、お互い好きになって付き合うのかなとか、小さな妄想もした。

けれど、1週間経ってもあいつからその子関連の話は全くない。

それから1週間後。あいつからあるLINEがきた。
「俺、おまえに紹介した子と付き合うことになった。わりぃ笑」

僕の頭の中にクエスチョンマークが溢れかえった。
むしろ、溢れかえり、アニメのように頭の上に大きな赤いクエスチョンマークが浮いていたと思う。

時間が経つごとに、僕は腹が立った。
だから、あいつとも距離を置くようにした。

それでも、あいつは僕に惚気の連絡をしてくる。
よく惚気られるな、なんて思った。

もうこういうのいいや、恋とか好きとか、もういいや。と当時の僕は思った。

それからしばらくして、大学の入学式があった。
僕の入学した学科は理系の工学科。女の子の少ない学科だから、僕はこのままひとりのままなのだろうと、もう半分諦めていた。

サークルは、映画サークルに入った。
作るのではなく、観る専門のサークル。

はじめてのサークルの日。
軽く自己紹介をした。学科と名前、好きな映画一本を言うだけの自己紹介。

みんなが順番に自己紹介をしていく中で、ボブヘアの君を見た時、【この子とは何かある】と直感で思った。根拠はない。
だけど、何かある、そう思った。

自己紹介が終わると、各々お菓子やジュースを飲みながら座談会が始まった。

僕も近くにいた先輩に話しかけられ、大学の話とか、映画の話をした。

先輩がほかのところに行き、1人で、飲み物でもつごうかとしていたら、「あの」と声が聞こえた。
振り向くと、さっきのボブヘアの君で「わたしも、シンプル•シモン好きだよ!」と僕に言っていた。

【何か】が始まったような気がした。

それから、心地よい雰囲気と話は途切れずサークルが終わった後も、2人でカフェに行った。
それでも話は途切れない。
好きな映画、本、音楽。いろんな話をした。

気づけばお店の閉店時間になっていて、僕らは店を出た。別れ際、連絡先も交換した。

帰ってからも、頭のどこかには君がいて、ああこれがなのか、なんて思った。

もういいや、どうでもいい、なんて思う時こそ、本星は現れるが本当なんだと思った。

明日も会う約束をした。

2人の授業が終わる14時半。大学の正門前が集合場所。
昨日ぶりの君に、やっぱりいいなと感じる。

でも、こういうのに慣れていないから、僕はきちんと君の顔を見て話すことができない。

真っ直ぐな目で見られること、どうも今の僕にはまだ難しい。

けれど、君は話しながら歩くとき大抵下を向いて歩くか、前を見て歩く。僕の方を見ては歩かない。
だから、この時だけは、君の顔を自然とゆっくり見ることができる。この時間が僕にとって、君を目に焼き付ける最大のチャンスであることは間違いない。


何度かこういった2人での時間を過ごして、ついに僕たちは、恋人同士になった。半年の時間を費やしたのだけれど。

あの時、あいつに紹介されていれば、君と出会うことも、【何かある】と感じることはなかったかもしれない。

あの時、あいつが僕に紹介した女の子と付き合ってくれてよかったと今では思う。


あの時、あの道を選ばなくてよかった。
と、僕は安堵した。

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