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死神を面接

「じゃぁさぁ、もう他にウソはない?言ってないこととか。全部、今なら考慮するから」
「いや、まだ少し…」
「まだ、あるの?」
「いや、他にないって聞いたじゃないですか」
「ウソがありすぎなんだよ!」
 鷲見修二わしみしゅうじはドンと事務所の机を叩いた。その拍子で湯呑がひっくり返った。

「あぁああぁ、ったくもう、ティッシュ、ティッシュ」
「あ、はい」
「これ、ハンカチ、いいの?」
「どうぞ、使ってください」
 阿久津正一あくつしょういちは鷲見にハンカチを渡した。鷲見は遠慮なく、机にこぼれたお茶を拭いた。アツアツだったお茶はすっかり冷めていた。

「で、どんなウソ、まだあるの?採用できないですよ、これじゃぁ」
「ええ、あの、そうですね、職務経歴書に書いてたんですが、今までの実績が十五人としていましたが、七百二十三人でして」
「七百???」
 鷲見の声が事務所に響き渡る。幸いにも今日は土曜日で休みだ。誰も出勤していない。人事も兼務する鷲見にとって、採用は重要な仕事だ。

「七百二十ってさぁ、それホントなの?」
「いえ、七百二十三です」
「細かいね」
「はい、人命ですから。やっぱり正確性は大事かと、改めて思いまして…」
「うちわさぁ、残業もないし、土日もきっちり休めるし、いわゆるホワイトなのよ。ってまぁ、今日は特別よ。阿久津さんの面接のために出社してる、もちろん代休はもらうよ」
 鷲見は今更ながらに職務経歴書に目を通している。
(こんな休日に面接って、たいがいな死神だ。七百近くも手にかけたっていやぁ、大死神だろ、辞めた富田さんクラスじゃないか)

「で、どうして人数少なく言ったのよ。職務経歴書には十五人って、どうみても少なすぎるでしょ、七百二十三人が事実ならば」
「ええ。あまりに多すぎると、引かれるかなって。前に受けたところも、ちょっとそのキャリアじゃぁうちでは…みたいに言われまして。でも、鷲見さんが正直に言えっておっしゃるもんだから。その真に受けたといいますか」
「真に受けたって言い方は、なんだか私に原因があるみたいに聞こえるなぁ。ま、いいです。他にはウソありますか?」

「あのですね」
「まだあるんですね」
 鷲見の語気が強まる。いつもは騒がしい事務所が静かな分、こんなにも声が通るんだと鷲見自身が驚いていた。
「はい、履歴書の最終学歴が死神デジタル専門学校になってるんですが、本当は東京死神帝国大学でして」
「ちょっと、ちょっと!」
 鷲見は淹れなおしたお茶を吹いた。
「あれって、その日本でも年に五人ぐらいしか入学できないっていう?」
「はい、五人入学して卒業は一人です。最後の一人になるまで、まぁ、その呪いあうといいますか。殺し合うといいますか」
「エリートじゃないですか」
「いえいえ、そんな。恐縮です」

「どうして、うちみたいな街の片隅の、中小死神会社に?」
「前の職場が、その、社長が、パワハラと言いますか。すぐに、誰かを呪うタイプの人でして。僕なんかは耐性があるんで、呪われることはないんですが、課の同僚たちが簡単に呪われて、そう、パートさんなんかも。もう大変でして。大手よりも、言い方悪いですが、中堅どころの御社のような会社で、アットホームさに憧れといいますか、力が発揮できるといいますか」
「まぁ、うちはホワイトですからね。月のノルマは少しありますが、未達だからといって給料に影響したりはしませんし。なんせ、死神なんて稼業、成り手も少ないですしね」
「あとその、残業がないとか、ホームページで休日にみんなでバーベキューしてる、っていうの、なんだかいいなーと思いまして」
「阿久津さん?独身なんですね」
「ええ、今は」
「あぁ、なんだか立ち入ったこと聞きましたね。すみません。お返しにならないですが、私は結婚してまして、妻と娘。中学生の娘は反抗期もなくて、自慢の娘です。あ、妻も。いい妻なんですよ、仕事もね、理解あって」

 鷲見は思いのほか、話過ぎたことにバツが悪そうになった。目線の行き所を失い、膝をゆすりながら時計を見た。
「じゃぁ、もういいですかね。もうウソもなさそうですし。そもそも、阿久津さんのキャリアなら即戦力ですから。結果はメールでお伝えしますが、本来なら。でもなぁ、もう採用で問題ないです。一任されてますから、社長から」

「ありがとうございます」
 阿久津は深々と頭を下げた。そのまま頭を上げながら、続けた。

「で、もうひとつ」
「まだ、なに?」
「最後のひとつです」
「どうぞ、時間ないから手短にお願いしますね。娘のピアノの発表会なんです」

「死神って、自発型と委託型があるじゃないですか」
「ええ、自発型は自分で勝手に呪い殺すタイプの死神ですよね。どっちかというと身代金狙いみたいな」
「はい、職務経歴書に書いてませんでしたが、前の会社は自発型でして、その、大手ですから売上も大事で、身代金狙いが中心でして。リスト渡されて、目星つけて自発型形式でどんどん呪って、脅して、金を頂いて、呪いを解く。みたいな」
 饒舌じょうぜつに阿久津が話す。
「じゃぁ、その七百二十三人ってのは、身代金払いに応じなかった人ってことなんですね?」
「ええ、そうなんです。身代金払いに応じない人は全体の10%ほどで、呪った人自体は七千人近くはいるかと」
「それは…多いですね」
 鷲見は阿久津の本当のキャリアに驚き、膝と手が震えていることに気づいた。そんなに呪っては、自分へのはねっかえりはどうなるのか、恐ろしいと感じたからだ。

「で、ここからなんですが、前の会社辞めてからはしばらく無職だったので、思い切って委託型に変えたんです」
「ほう、でもそれはウソでもなんでもないような。履歴書にも職務経歴書にも書くところもないですからね」
 鷲見は冷静に返事しながらも、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「いえいえ、今日の面接がウソでして」
「どういうことですか?」
「ある方に委託されて、鷲見さんにお会いしてるんです」
「ど、どういうことだ」
 鷲見は椅子から転げ落ちた。なんとなく怪しい雰囲気を感じていたが、自分を呪いに死神が来るなんてと、想定外の事態に心臓が止まりそうだと鷲見は感じていた。

「誰からの依頼なんですか?」
「えーっと、待ってくださいね。契約書にはっと…」
阿久津は小ぶりなリュックから、手際よくクリアファイルに入った依頼契約書を取り出し、契約条件の項目に目を通した。
「依頼人が誰かは伝えてよし、ただし必ず呪い殺すこと。とありますね、じゃぁいいか、お教えしますね」
「まてまて、教えてもらったら、私は必ず呪い殺されるってことじゃないか」
「ええ、そうですが」
 阿久津はきょとんとしながら、鷲見を見た。

「もっとたくさんの金を払う、だから逆にそいつを呪い殺してくれ」
「いいんですか?そんなことして」
「いいさ、ほら、ちょっと待って」
 鷲見は社長席の後ろにある金庫を開けた。ダイアル式で、単純な鍵だった。
「ここに、二千万ある。これでいいだろ」
「確かに、依頼人よりは多いですね」
「本当に、呪い殺していいんですね?」
「ああ、そいつを殺してくれ」
「わかりました」
 阿久津は鷲見が淹れなおしてくれたテーブルのお茶を飲みほした。ぬるくて苦い安物のお茶だと、舌の鈍い阿久津でもわかった。

「で、依頼人は誰なんだ?」
「あぁ、鷲見さんの奥さんと娘さんの連名です」
 阿久津は真新しい依頼契約書を取り出し、ここにサインするようにと鷲見に促した。
「妻と、娘が…?」
「ええ、百万円でのご依頼でしたが、熱心でして。私も委託型は経験が少ないもので、ぜひともと言いう形でお受けしまして」

「妻と娘…これから、呪い殺されるのか?」
「そうですね、ご依頼人が目の前にいますから、鷲見さんのことですよ。ここからリモートで呪い殺しましょうかね」
阿久津は立ち上がって、手を組み、呪いの印を行い始めた。

「や、やめ。呪うな、呪い殺すな。中止だ。金ならやる。俺も呪い殺すな、妻も娘も呪い殺すな。これでチャラにしてくれ」
呪の印の指が複雑に絡み合う。阿久津は呪言ノロゴンを唱えるのをやめた。

「ふぅ、こんなこと、普段はお受けしませんが、事情が複雑すぎますよね。わかりました。二千万円いただきます。これで、チャラにします。奥様と娘さんからいただいた百万円はお返ししておきます」
 阿久津は上着をパンパンと払うと、すぅううっと身体が透明になり、消えていった。
「うううう、こんなことって」
鷲見は床に突っ伏した。悲しさと悔しさと、恐ろしさが同時にやってきた。涙ともならない、嗚咽のような、声のような叫びが身体の穴と言う穴から噴き出そうだった。


 阿久津は神保町駅近くを歩いていた。鷲見の妻・麗香に電話した。
「奥様。阿久津です。ご依頼の件、無事完了しています。ご主人だいぶダメージ受けてますね。これなら離婚にも応じてくれるでしょう。娘さんの親権は、手放されるはずです」

麗香から、感謝の言葉がたくさん伝えられた。電話越しに鷲見の娘も喜んでいるようだった。ピアノの発表会はと阿久津が尋ねたら、発表会は先月だったと娘が答えた。

「ご主人から確かに二千万円頂きましたので、このあと、手渡しで一千万円お持ちいたします。残りの一千万円を報酬としていただくということで」

 阿久津は電話を切ると、意気揚々といきつけのカレー屋に向かって歩いた。店の前に着いたが、店主急病につき臨時休業と張り紙がされていた。
「世の中、何でもかんでも、思い通りにはいかないものですよね」
そうつぶやいて、近くの蕎麦屋を目指して、歩いて行った。カレー蕎麦は邪道だが、カレーの口になっている。それは死神でもあらがえなかった。

おわり

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