見出し画像

『自分の文章』を世にさらけ出すのはスクランブル交差点で裸になって寝っ転がる事と同じ


『自分の文章を世にさらけ出すのは
 スクランブル交差点で裸になって
       寝っ転がる事と同じ』


ある出版社の方の言葉です。

自分の文章を投稿するのは
結構、勇気がいること。

ただ、何もアウトプット
しないということは、
サッカーの試合で延々とボールを、
回すだけでシュートを
打たないようなモノ。

僕が毎日、文章を
投稿しているのは
今後、文章の重要性が
急激に増してくると
確信しているからなんです。

『文章を書き慣れること』
『投稿し慣れること』


それはある意味、今後、
一番のセーフティネットになると
すら思っています。

『苦手とか言っている
    場合じゃない』と
自分に叱咤激励しました(笑)


文章はどうやったって
書いた人の内面がにじみでてくる。
思った以上に読み手は
文章から多くの情報を
感じとっているもの。

今後、キーになるであろう
SNSも基本、文章を書く必要がある。

さらに検索結果のもとになる情報は
「文章」なんです。

だから写真や動画が
どんなに素晴らしくても
文章で説明しないと
検索ではかすりもしない。

文章って面白いもので
完璧な文章が必ずしも
相手の感情を動かすとは
限らなくて、
場合によっては
芥川賞受賞の大先生が
書いた文章よりも
女子高生が書いた文章の方が
こころに響いたりする。

どんなに優れた人がいても、
知らない人にはお願いできないし、
知らないものは買えない。
いつでも出会った人の方が選ばれる。

当たり前ですが、
出会わないと何も起こらない。


初対面の方と会った時や
ネット上でその人の存在を知った時、
最初はどんな
『仕事をしているのか?』よりも、
『どんな人間なのかの方が知りたい。

商品やサービスを
購入する際も『どんな商品なのか』に
くわえて、『どんな人が扱っているのか』
を重視するケースが
増えてきたように思います。

商品はそれを扱っている『人』も
含めて『商品』だと思うんです。
だからこそ『私はこんな人間です』
という発信をすることは
『商品の一部』を
説明しているのと
同なんじゃないでしょうか。

たまに『文章が書けないんです』
という方がいらっしゃいますが、
文章を書けない人は
日本国内にほとんどいないと思います。
LINEなどのやりとりは
すべて文章。

友だちにLINEするときに
『文章が苦手だから送れない』
とは誰も言わない。

友だちにちょっと
長いメールを送っているという
感覚でどんどんアウトプット
していいんじゃないかと思います。

ボールを回すだけでなく、
下手なシュートも
とにかく打ち続けていれば
だんだんコツが分かってくるのは
当たり前の話。

今、積極的にアウトプットする人は
全体の20%くらいだそうです。
80%は見てるだけ。
見てるだけの人が
悪いということではなく
それはそれで自分の目的を
果たしている。

でも裏を返せば
ちょっと発信し始めるだけで
いきなり世の中の20%に
入ることが出来るということ。

僕は今日も相変わらず
スクランブル交差点で
裸になって寝っ転って
ちょっと
長いメールを皆さんに
送っています。
そのうち、シュートも
決まりだすでしょう(笑)

サポートして頂くと飛び上がって喜びます。 さらにお役に立てるような記事を書くための 活動費として活用させて頂きます。