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超コミュ症引きこもりエッセイ 笠原周吾

僕は若かりしときローソンのバイトの面接に行くとき、M1の敗者決定戦で勝ち上がった時くらい緊張して
面接行って落ちて、なんか僕は社会無理なんやなと思って20年以上引きこもりナマポをとって一人暮らししてから父親が亡くなったから、変なナマポだ。高校出てからずっと家にいたわけじゃない明るいけど気が弱いのだと思う。バンド活動なんかもやったが初めて人と会うときはビール飲んでた。
高2の時スーパー万代でバイトの面接行くときも、酒反射的に買って面接に行った。素面じゃスーパーのバイトの面接もいけない。なぜだかわからないけど小学生の時から黒人の人位くせ毛の薄げだったから馬鹿にされやすくて、そういうことも関係してるのかもしれないけど、知らないし基本人生はなるようになるしかない。人生の指針となるようなこともなくみんなと同じようなゲームして漫画見てノーマルに生きてきたけどよくはわからない。
そして38歳でのうのMRIを受けてモヤモヤ病の疑いと言われてからは毎日死ぬ前みたいな雰囲気、死の予期不安の中生きてておじいさんのような気分。アメトークとかガキ使とか見てブリーチ頭でオールバックにしたりブーツをはいたりしたような時代もある。ずっとただいけてない奴というわけではなかったと思う。ただ、死の前では不安恐怖過ぎて普通に立ってられない。コンビニのバイトの面接でもめちゃくちゃになるような気の弱い人間も死なないといけない。だからやることがなくてナマポ引きこもりエッセイを書いてる。何も小説家などになろうという気持ちもない。
毎日めまいふらふら、抗不安剤も一ミリも効かない。
本当の大病院にいるときなんてデパスなんて数ミリも効かない。
爆笑田中が脳梗塞起こしたとき死を意識すると何も楽しくなくなるといっていて同感だ。
水曜日のダウンタウン攻めてると言って楽しんでみていた時もあるが、クロちゃんでいえば番組より脳動脈瘤摘出手術のほうが怖かったんじゃないかと思うけど、クロちゃんは別に今は楽しそうにしてる気がする。
人生の勝ち負けなんてネタであり、消えてなくなっていく。
人は一人では生きていけないという言葉がよくわかるようになった。
父親ががんになってからしょんべんのヒートショックでなくなったので、
しょんべんするのすら怖い。
ロックスターというのも地の性格じゃないといけないのだろうな。
元ミッシェルの千葉さんが最近亡くなったがしぬの怖くないと言ってたような気がする。病院や葬儀屋見ただけでめまいくらくら。
どんな病で死ぬにせよ苦しいに決まってる。そのような人を不安障がい者というみたいだが、もういやだ。
上から隕石落ちてるとか戦争が起こってるとかと同じだ。
ただ年取ると死ぬの怖くなくなる人もいるみたいでそうなれればいいなと思う。育毛はしてるがもう生えようがはげきろうがどっちでもよくてただ怖い。
ドラクエでいえば毒で死ぬのも嫌だけどザキで死ぬのもメラゾーマで死ぬのも嫌だ。
誰もが人は死の恐怖世界線に行くのだろうか?
でもあんまり死ぬとか書いてたらげんが悪いので亀仙人のようにエロ本読んでなんか外でへらへらしてたらいいんだ。
なまぽだから希望が基本ない。
いや楽でいいじゃないかというかもしれないけど四六時中恐怖不安なので生きた気がしない。
ガン患者より死刑囚のほうが安楽死なのかということも思いつくが生きてるから生きるんだ。
森田療法という不安を抑える方法があるみたいだけどそのまま生きろとお釈迦様と同じようなことらしい。
森田青年は心臓の病気らしくて、親から急に仕送りなくなって心臓の薬かえなくなってもう死んでもいいわと開き直ってから笑っていきれるようになったらしい。ただ死因は心臓関係だったと思うが80くらいまで生きたらしい。仏教の言葉で体現しろとかいろいろ言うけどいったいどうすりゃいいのだ、ただ思ったことを書けばいいのかと思ってノートを書くけど似たようなことばかり。ミュージシャンはなくなる前にラストライブやったりもするがバイトの人もラストバイトがあり会社員の人もラスト会社員があるのか。生活保護者もラストナマポあるのかな。ただ支給日になるとなんかゲームソフト一つでも買いに行こうかと考えると明るくなれるのでお金もないよりはあったほうがいいのだろうな。
ただ全部無料でも楽しくない、0円風俗はたぶん何も楽しくないだろうw
むかしPSPのゲームなどが割れとかいうやつで無料でできたが(犯罪だけど><)何も楽しくないなという気にもなった。
今日は寒さもありただ憂鬱で頭ふらふら。
死ぬ前のじじいは笑点好き率高いけど今は意味が分かるようになった。
死を感じてるときセンスのあるお笑いなんて意味ないんだ。
ただ技術で笑かすお笑いは意味がない心技体がそろってないとダメなんだろう。本当にその人の人間性通りで楽しいのがお笑いだ。
今は東京03の長いお笑いより1秒で笑えるザコシショウのほうが好きだ。
どうでもいい日記でした。一応シリーズ化しよう僕は取り柄がないので思ったこと書き続けるしかないナマポ引きこもりエッセイ01でした。
はぁ~不安症でおびえる人生に意味はあるのかな。
どうせ死ぬんだったらドラッグロックンロールセックスの若者のまま拳銃自殺くらいでいいのかもしれないが、怖くてできない。
とりあえず今の僕は大抵の理屈はわかったのだと思うけど(社会のことはさっぱりわからない)今はただおびえるしかできない。人生なんて操作のできないテトリスだ。かろうじでAボタン押して角度は変えれるくらい。急死などもあることからそれすら違うのかもしれない。やはり僕はなくしかないw
わざと禿を気にして髪が生えてるやつずるいぞと思うかなw
怒ってたら恐怖はちょっと減るからな。大病院に入院した時なくなっていく人に対して看護師さんがあの人かわいそうだと飼育員みたいな雰囲気だったけど若い看護師さんもいてよく戦場に若者がいることが不思議だった。
あほはあほらしくまとめサイトで抜ける画像スレでどれがいいとかでいいんだ。戦時中も令和も同じなんだなと思う今日このころです。北斗の拳もけいおん!も全員死ぬ。わが人生に悔いなしか音楽に感謝かまどマギみたいに世界救って笑い泣き死んでいくかなんだろう。ああ今はただ憂鬱です。

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