見出し画像

思うところ。

この文章とその内容は全て素人考えである。

僕は電気グルーヴもピエール瀧も好きだ。
コカイン使用のニュース速報を見たときはショックだったし、それでもどこかで納得している自分もいた。
それは自分が知っている限りにおいてピエール瀧はアウトローに近いところにいる気がしていたからだ。それが魅力でもあり面白さでもあった。

ニュース速報から数日が経過すると様々な意見が出てきた。
もっとも話題に挙がっているのは「個人の罪が作品に影響するか」である。
作品の公開中止を望む方もいれば、作品に罪は無いという方もいる。
個人的には事件の有無に関わらず電気グルーヴもピエール瀧も好きなので作品を非公開にされてしまうのは寂しい。

そして、それ以上に思うところもある。
まず、コカインや覚醒剤を使用するのは犯罪である。それは間違いない。
しかし、ピエール瀧がコカイン使用の最中に事件や事故などで明確な被害者を生んでしまったならまだしも、コカイン使用以上の罪は無く、犯罪被害という裁ける形での迷惑を被った人は表沙汰にいないように思う。
(親類や作品に関わる方は迷惑を被っているが犯罪被害ではないので保留。)
(コカインを購入する際のお金の行き先までは考えていない。)
ともすれば、ピエール瀧は自身の為に反省し、リハビリを行い、コカインに負けない体づくりをする必要はあるだろうが、無差別的に必要以上の反省と謝罪をすることもないと思う。
反省し謝る先があるとすればそれは身内や関わった作品で迷惑をかけた関係各所であろう。

各所で「裏切られた。」「この作品の頃には使っていたのか…。」とネガティブな話しも聞いた。
しかし、少なくとも視聴者は表現者がどういう状態でその作品に向き合っていたかについて関するべきではないと思う。
作品の内容や上手い・下手、良し悪しについては話したいし盛り上がりたい。
ただ、その時にシラフだったのか酔っていたのかプライベートに問題に抱えていたのか、全方面的に絶好調だったのかは表現者個人のみ関するところである。
上記の裏切られた感覚は、『純正派アイドルがタバコを吸っていてがっかりした。』感覚と大差無く、今回はそれがコカインで法律に触れたが、かなり感覚的な尺度での話しだと思う。

もちろん、何かのファンになったり、逆に嫌いになるのは感覚的な判断に強く寄り添っているし、今回の件でピエール瀧を嫌いになる人も多くいると思う。
しかし、それらも個人の裁量であり、他者の考えに介入したり強要することでもないとも思う。
その点で、ニュースなどの取り上げ方には疑問が残ってしまう。コカイン使用以上の大罪を犯したような取り上げ方とコカイン使用の罪に付随する今後起こりうる不幸についての言及など、見るものによってはかなりパーソナルな物もある。

とはいえ、だからどうというわけではない。
報道姿勢の違和感を声高に叫ぶつもりもないし、世の中の大きな変化を望んでいるわけでもない。

しかし、少なくとも社会を挙げてバッシングする必要はないし、社会を挙げてコカインからの復活を望む必要も無いと思う。第三者は静観で良いと思う。


そして、僕自身はこれまでの“コカインを使用していた状態”のピエール瀧が作り出す作品が楽曲であれドラマ・映画であれラジオでも好き好んでいた時点でピエール瀧には負けていたのである。今更、その掌を返してバッシングすることはできない。過去の作品は全て好きなままである。
なので、次に考えることがあるとすれば、“コカインを使用していない”ピエール瀧が作品を作る日がくるとしたらその魅力にこれまでと同じように負けてしまうのかどうかである。

できれば卒倒で負けてしまうような作品が観たいし聴きたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?