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『善悪の彼岸』と就職活動の寂しさについての所感(10/50)

『就活de名著』と銘打って書いてきたnoteも、10回目となりました。全50回で1年間(来年の6月いっぱい)を予定しているため、今回の校了で1/5が終了になります。今回は、そもそもなぜ私がnoteを書いているのかをあらためて振返りながら、フリードリヒ・ニーチェによる『善悪の彼岸』について、書いてゆこうと思います。

私は、就職活動というものに、寂しい側面があると思っています。

就職活動は、大体の場合最初の就業先を選ぶ行為です。この期間において学生の皆さんは多くの企業と対峙するわけですが、その過程の中で”どうやら就職活動において、そして就業することにおいて評価されるには、正解らしきものがあるらしい”と認識することになるでしょう。そして、ご自身の経験や個性をその評価軸に従って判断される中で、少なからず正解に適応させてゆく、そんな経験をされてゆくことが多くなると思います。

就職とは会社組織に所属するということで、それはつまり、会社組織を支配している経済システム(今の場合は概ね資本主義)に所属することを意味します。それは、可能な限り短時間で大きな利益を出せる人材になるということとほぼ同義だと言えるでしょう。

短時間で大きな利益を出すためにはいくつかコツがあり、それらはロジカルシンキングやデザイン思考などという名前で広く世に出ていたりするのですが、これらのスキルや実績などが高く評価される一方で、例えば哲学書を読むことであったり、世界を旅して多くの文化に触れることが評価されづらいということについては、就職活動を始めて数ヶ月経った方であればもうなんとなく分かっているでしょう。発散して消えゆく問いよりクリアな結論と実績が求められることが多々あるわけです。

ニーチェが本書『善悪の彼岸』を出版したのは42歳の時、彼が精神病院に入院するわずか3年前のことです。前作『ツァラトゥストラはかく語りき』が売れず、ニーチェは前作にて取り組んだ諸テーマについて、より批判的に悲観的に、本書で語っています。

本書の特徴は、全体を通して一貫したテーマが存在しないこと。当時のキリスト教観を体現した道徳や、複数の哲学者が用いた言説に対しての批判が内容の大半を占めますが、美しさや絶望について嘆息しているのみの箇所もあり、体系化された書籍というよりは、規則性のない思想の発散であるように、私はこの本を捉えています。

残念ながら、この本も売れませんでした。言葉の使い方や思想にキャッチーなものは認められたものの、1つのテーマに対して体系立てて論じるというよりは、沢山のテーマに対して発散的に論じる(しかもほとんどが当時の流行に対するアンチテーゼ)手法だったこの本の作者の価値が一般に知れ渡るのは数年後、彼が精神に異常をきたして以降の話になります。ニーチェが精神を患ったことに、彼の哲学思想が関係しているという説は信憑性が薄いと思っていますが、思索が深まるほどに孤独になっていったというのは一定あるのではないかと、個人的には思っています。

考えれば考えるほど真理に近づいているような気がするけれども、世の中にはどうやら分かってもらえない。世の正解は自分の思考とは別のところにあり、考えれば考えるほど、その乖離幅が大きくなってゆく……。

就職活動も似たような側面を持っています。経済システムに則った正解があり、そこに向かって走ってゆく必要がある。その過程で、学生の方が自らの体験の中から”就活ウケするもの”と”就活ウケしないもの”を判別し、前者を表に出してゆかざるをえないことが多くなるわけですが、就職活動がその側面のみを学生の皆さんに提供するものなのだとすると、やはりそれは寂しいなぁと思います。「彼岸」には、向こう側という意味がありますが、私はこの仕事を通して、学生の皆さんと一緒に正解不正解の彼岸を見つけたいと思っています。

ある種手紙を書くように、私はこのnoteを書いています。私自身も経済システムの中に存在し、正解を探る一員として採用活動に携わっていますが、それでも正解か不正解かの向こう側へと投げかけた言葉達が、誰かに届くかもしれないと信じ。それは私を癒す行為だし、もしかしたら誰か他者を癒せる行為かもしれない。誰かが、少なくとも社会に寂しさを感じているのだと知ることによって、別の誰かが寂しさから一時解放されるかもしれない。

そんな風に孤独に寄り添い、また寄り添われることで、就職活動という寂しさに温かみを吹き込むことができるのではないか。そんな可能性を信じながら、今日この10回目を終えたいと思います。

怪物と闘う者は、闘いながら自分が怪物になってしまわないようにするがよい。長い間深淵を覗きこんでいると、深淵もまた君を覗きこむのだ。


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