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『一九八四年』イングソックの思想統制と、就職活動における自己表現(3/50)

『一九八四年』という小説をご存じでしょうか。一九四九年にジョージ・オーウェルによって書かれた、一九八四年のロンドンが舞台の近未来(当時)ディストピア小説です。小説内のロンドンは、イングソック(English Socialism=イギリス社会主義の略称)と銘打った全体主義に支配され、強固な思想統制が敷かれています。歴史は政府に都合が良いように改変され、住民はそれらを信じるように強制されます。反体制的な思想を持つ人間が見つかった場合、思考警察により逮捕、最終的には射殺される、そんな社会です。

全体主義をテーマにした小説は多くありますが、この小説の特徴的なところは、人の思想を支配する手法として「ニュースピーク(New Speak=新しい言葉)」という言語統制施策を利用した点でしょう。人の思考は言葉に包含される。ソシュール的なこの発想の下、イングソックはニュースピークと銘打って、それまで使われてきた言葉の大幅な削減を行いました。単純な言葉のみを使用することによって、思考そのものを単純化させ、国家の不安因子を排除することが目的です。

”分かるだろう、ニュースピークの目的は挙げて思考の範囲を狭めることにあるんだ。最終的には〈思考犯罪〉が文字通り不可能になるはずだ。何しろ思考を表現することばがなくなるわけだから。”

何だか物々しい始まりになりましたが、今回この本を選んだのは、学生の方との人事面談がきっかけです。最近の人事面談において、就職活動で問われる自己についてディスカッションする機会が複数回ありました。「自己PRなんて抽象的で、結局何も言っていないのと同じではないか」、「ESの解像度で、企業は自分の何を知りたいのか」。このような問いについて議論を重ねていくうちに、言葉と自己表現について書きたいと思い、この小説を手にとったというわけです。

就職活動における企業の問いには、基本的に意図があります。企業は目の前の候補者を採用したいペルソナに合致するか否かを判断するために質問を作成しています。自己PRもESも、抽象度が粗い場合には概ね粗い理由があり、細かい場合には細かい理由が存在します。各質問の意図を理解した上で回答を考えるのが一番ですが、これから夏秋冬を迎えていく中で、学生の皆さんはおそらく無数の問いに直面し、一つ一つの問いの意味を吟味する間もなく自己を振返り、答えを捻り出してゆくという作業が絶え間なく続く時期に入ります。

人生を全て広げた上で、良いところをかいつまんでキャッチーに伝える作業。言葉の数と意味を減らし単純化するという点で、就職活動における自己表現とイングソックにおける思想統制は似ています。『一九八四年』はフィクションですが、就職活動の場において、履歴書上に表現される自分と本来の自分との乖離に違和感を持ったことのある方は少なくないのではないでしょうか。

違和感を持つだけならまだしも、言葉とは不思議なもので、使い続けると思考や人格を浸食します。役立つもののみを搭載した自分に慣れ過ぎてしまうと、人は非生産的な部分の発現を、無意識的に抑えてしまうことがあると、個人的に思っています。

私は学生時代から作家として活動していました。会社に入っても執筆を辞める気は全くなかったものの、真っ当な社会人にならねばという強迫観念により、就職活動においては小説はただの趣味という位置づけで、当たり障りのない就活軸を用意しながら挑んでいました。金髪を黒くして、自己PRからガクチカまで例文を丸暗記して、小指大の思考力をケース問題集でごまかして。とにかく早期内定にむけて全力疾走していたのを覚えています。当時の私は、表現する自己の正当性よりも、求められる自己を表現することの方が大事であり、それが社会だと結構本気で思っていました。

そんな調子でリブセンスの選考を受けた時、面接を担当してくださった方が「平尾さん、就活っていうのはフィクションだ」と言ってくれました。「対策するのは良いけれど、最後にはちゃんとそれを忘れなければならないよ」。目から鱗のような感覚があって、妙に腹落ちしたような納得感があって、その時最初に「私、ここに行きたい」と思ったことを覚えています。

就職活動にはセオリーがあります。自己PRもESも、ネットで検索すれば何を問われていて何が勝ち筋なのかすぐ分かります。しかし、就職活動という名の思想統制には、どうかあまり感化され過ぎないで。”勝てる”人格はあくまで単純化された武装モードだということを忘れず、悩ましい一面や全く生産的じゃない一面も、ぜひ大切に日々を過ごしていただけると嬉しいです。

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