若者が富裕層有利な社会を希望すると聞いての一私見

大学教員の方から、富裕層に有利な社会であることを望んでいる学生が多いという話を聞いた。ホリエモンなどの動画の影響が大きいのでは、とのこと。富裕層は努力し才能もあったから豊かになった、貧乏なのは努力しなかったから、という論理を真に受けている若者が大変多いらしい。

動画の世界では、20年前から続く新自由主義の考え方がまだ主流にあるらしい。動画という新しいメディアにガンガン出てるのはいかにも活躍してる感じだし、今の若者はYouTuberに憧れてるとも聞くし、自分もそうした富裕層に仲間入りできる、と考える若者が増えるのも不思議ではないかも。

でもこれ、なんだかデジャブ。90年代後半から「悪平等」という言葉が流行るようになった。日本は頑張った人間に報いない、頑張った成果をみんなに配ってしまい、努力した人間にはせいぜい金一封。これでは努力した甲斐がないと言われ始めた。やがて2000年代に入ると、この考え方が現実化。

小泉政権で竹中平蔵氏が活躍。「頑張る人間はより報われ、努力しない人間は貧しくなる」という社会観が植え付けられた。勝ち組、負け組という言葉が定着し、皆、勝ち組になるために受験勉強も必死に。通塾率がものすごく上がり、負け組になることへの恐怖を煽られた。

しかし小泉・竹中改革で出来上がった社会は、「必ず負け組を生むシステム」だった。就職氷河期の真っ只中で行われた諸政策は、どんなに頑張っていても「負け組」へと大量に振り分けられるシステムに。勝ち組も少数ながらいたけれど、この人たちは「自分が努力したから」と勘違いしやすかった。

勝ち組と負け組に分かれると煽られ、かなりの数を負け組(賃金が低く低待遇)に分類せずにおかない社会システムを続けた結果、日本は勝ち組(と言っても、案外ゆとりがない層も含む)と負け組(生活に困窮)に分断された。

私はある種の「補助線」を引く誘惑に駆られて仕方ない。小泉氏も竹中氏もアメリカにとても近い人たち。アメリカの一部の人間の意向に沿って日本の改革を進めたのでは?という補助線。
欧米は昔から、植民地を統治するのに「分断」を利用する手法を取ってきた。

ごく一部の人間を優遇し、大多数を搾取する。すると国民同士でいがみ合い、欧米などの支配国への恨みが分散する。あとは一部の人間だけ優遇し、その人間たちに政権を取らせれば、欧米に有利な政策をとらせやすい。こうして植民地を支配してきた歴史がある。もしかして日本も?

日本は戦後、ケインズによる修正資本主義の力により、ほとんどの国民が自分を中間層と考える豊かさを享受し、繁栄してきた。協力し合いながら共に繁栄していくという好循環を、90年代まで続けることができていた。それができなくなり始めたのは、皮肉にも小泉・竹中改革から。

正社員と非正規社員(派遣社員、契約社員)に分断され、働く人々が共通の利害を持てなくなった。非正規からすれば、自分たちを使い捨てにしようとする会社が潰れようと構わない、となる。正社員からすれば、もっと愛社精神を持ってほしいとなる。分断が進みやすくなった。

日本の強みだった協調がなくなり、イノベーションの力も弱くなった。「即戦力」とか言って育成する手間を省くようになり、結果、社会全体として戦力を育てることがなくなり、即戦力が失われるという皮肉な結果に。即戦力のフリした人物が増えるばかり。

こうした二十年以上の経過を見てきた私からすると、今の若者がホリエモンなどの動画を見て「自分だけはのし上がる、努力しない人間と一緒にしないでほしい」と考えるのは、二十年前から学習できていない、という落胆を覚える。私達の世代が若者にきちんと伝えられていないのではないか。

そうした動画は、若者の優越感をうまく煽り、自分だけはのし上がれる、という気持ちを掻き立てるのがうまいのだろう。そう言えばホリエモンこと堀江氏は、刑務所を出てから、アメリカに有利な言論誘導ばかりしてるのが気になる。「補助線」引きたくなる。

そうした動画を見てる若者は、自分だけは動画で勉強し、テレビでは語られることのない社会の実相をつかんでいる、騙されないぞ、と思っているのかもしれない。しかしそれがまさに騙されている証拠のように思えて仕方ない。日本社会を分断したままにする言論誘導にまんまと乗っている気がする。

私は動画がことのほか苦手なので見る気がしないし、発信する気もない(研究のは時折紹介するけど)。ツイッターのような文字メディアを、動画派の人はあまり見ない傾向も感じる。特に私みたいな文字しか書かない人間の言葉は届きにくいかもしれない。

しかし一つ警告しておきたい。今の若者に人気な動画が煽る言論は、世間に遠慮しない自由奔放な意見に見えて、その実、ここ二十年の失敗から何も学んでいない、むしろ同じ路線を歩ませようとしている言論が非常に多いことを。日本を分断し、力を弱める方向に誘導されていることを。

「自分は騙されない、なぜなら様々な情報を収集しているからだ」と思われているかもしれないが、それは単に「ここだけの話」と、動画を見た者にだけ得られた情報、という「特典」でその気になってしまっているだけ、というリスクがある。動画はどうもそういうのが多いから苦手。ハッキリ言って嫌い。

動画は文字情報と違って「音声」のためか、その情報が正しいのか検証しにくい。その検証しにくさを利用して、物珍しい情報として付け加える。だから騙しやすいし、騙されやすい。「ここだけの話」をしても、その真偽を検証されにくいという「利点」がある。

私にすれば、動画の情報はひどすぎて信頼するに値しないメディアだと考えている。しかし多くの人が動画から情報を仕入れている。だから余計に若者は騙されやすくなっている。若い人には、その点をぜひ含んでおいてほしい。あなたのその考え、すでに騙され、利用されているのかも。

富裕層が一人笑って百人が泣く社会と、富裕層が一人苦虫噛み潰して百人が笑顔のどちらの社会を選ぶか、といえば、私は後者。でも本当を言えば、富裕層も百人も笑顔がベスト。しかしどうも動画は、富裕層だけが笑顔、他は悲嘆に苦しむ社会を理想とするものが多いらしい。何その利己的な考え方。幼い!

自分だけが特別、という感覚は、赤ん坊の頃の万能感。普通は保育園や幼稚園で他の児童と触れ合うことで、自分は特別ではないことを学ぶ。それが大人になっていく過程の一つ。しかし動画の多くが、「赤ん坊の頃の万能感、特別感を取り戻せ」と煽っているようなもの。

しかし、仮に富裕層になったとしても、決して特別感を得ることはできない。一部の勘違いが発生したとしても、それはお金だけの、うわべだけの付き合いをされるということ。それを痛感せざるを得なくなるだろう。人間は大人になれば、赤ちゃんの頃の万能感は得られない。それを知るのが大人になること。

動画を見て、まるで赤ちゃんのように好き勝手言動を振るう人々を見て、「自分も赤ちゃんになりたい」と思わされているのが実相のように思う。富裕層のみが笑う社会は、赤ちゃんがこの国を支配する構図に賛成するようなもの。その点をぜひ踏まえておいて頂きたい。

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