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【創作大賞:ホラー】短編集①メトロポリタン・フォトスタジオ

あらすじ

1作目「メトロポリタン・フォトスタジオ」

彼女どころか女性と目も合わせられない同僚の田淵にとびきり美人の彼女ができた。職場の同僚からは、騙されているのか、何かの詐欺だろうと疑がわれていたが、証拠写真を多数見せられ、皆は信じた。ある日、その彼女を含めての食事会が企画された夜、謎の留守番電話が入っていた。

1作目:メトロポリタン・フォトスタジオ

陰キャの前に現れた謎の美人

 どこの職場にも大体モテないやつというのは一人くらいいて、みんな優しく接していながらも、自分はあいつよりはマシだと自分を納得させるのに役立っている。

 今回は同僚……いや元同僚の田淵の話だが、こいつも然りで髪はぼさぼさ、シャツはよれよれ。喋り方もおどおどした、いわゆる陰キャってやつだった。だが、勤務態度は真面目だったし、一緒に仕事をしたときも与えられた内容も必死に取り組むようなやつだった。

「先輩、田淵と組まされたんすか、ハズレくじっすね」

 俺の肩に馴れ馴れしく肘を乗せてきたのは、後輩の三木だった。

「べつに。田淵、仕事はしっかりやってるよ、ゆっくりだけど」

 そう言って邪魔な肘をどけた俺を三木はふん、と鼻で笑った。

「はっきり言えばいいのに、できないやつだって」

 と言いながら、はははは、と大声で笑った。おいおい、田淵が近くにいたらどうすんだよ、と辺りをはばかる俺に、三木は急に顔を寄せてきた。

「でも知ってますかあいつ。彼女できたんだって」
「うそ、まじか」

 本心が出てしまった。なにせ女性と話すどころか、目すら合わせられない男だ。恋愛など無縁だと思っていた。

「本人から聞いたのか?」
「まあ、そんなとこっすね。昼休みにニヤニヤしてんなぁって思ったら、スマホで若い娘の写真見てたんすよ。それで聞いたんです、『誰それ、推し?』って。そしたら」
「そしたら?」

 三木は缶コーヒーをぐびっと一口飲み干そうとして、ひっかかったようでゲホゲホさせた。俺は三木の背中をさすった。

「——そしたらはっきり言いましたよ、あいつ。『彼女です』って」

 へえ、と唸りながら、ちょっと嫉妬した。悪いけど、あいつでOKなら自分でもいけるんじゃないか、とさえ思った。でも彼のささやかな幸せだ、応援したいと思った。
 俺は翌日、田淵に聞いてみた。

「なあ、彼女できたって本当か?」

 田淵は顔を赤らめた。

「ええ」
「写真ある?」

 すると恥ずかしそうにニキビの頬をぼりぼり掻きながらスマホを差し出した。現れたのは、アイドルでもやっていけそうなくらいの美人。白いキャミソールの女性がこっちを見てにっこりと笑っていた。

「うそっ、めちゃくちゃかわいいじゃん。やるなぁ」

 俺が肩でどつくと田淵は照れながら頷いた。正直嫉妬した。ちょっと会ってみたい気もした。あわよくば自分になびいてくれないか、とも。それほど写真の女性は魅力的だった。

「でもさあ、まだわかんないっすよ」

 三木が横から入ってきた。

「何が?」
「いや、ただのネットの写真持ってきただけかもしれないっすよ?」
「お前よせって」

 田淵は苦笑いしながら、なんともやるせない表情を浮かべていた。三木はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「じゃあさ、田淵。お前ん家の前に桜の木があるだろ? あそこの前で白いすけすけの服着て立った写真見せてくれよ。それ見たら俺信じるわ」

 三木は口をへの字に曲げて田淵を見下した。

「田淵、こんなやつの話聞かなくてもいいぞ……」

 すると俺の話もそっちのけで、電話をかけ始めた。誰かと会話を始めたようだった。

「……うん、お願い。いいかな、じゃあ、よろしく」

 会話が終わったあと、田淵は無表情でしばらくスマホをしばらくいじっていた。三木の表情から笑みが消えた。

「おい、田淵。何してんだよ」
「何って、お願いしたんだよ。言われた通りにするように」
「冗談に決まってんだろ? なに本気にしてんだよ」

 田淵のスマホがピロン、と音が鳴った。それからおもむろにその画面をこちらに見せてきた。

陰キャは結婚することになった

 写真を見て驚いた。田淵のアパートなら行ったことがある。春には桜がきれいな甲羅川に面した古びたアパートで、確かに背景はその桜だった。あふれんばかりの桜の前に、先程の女性が立っていたのだ。

 田淵は歯を食いしばりながら、手は震えていた。

「おい、三木。謝れよ」
「——まあ、なんていうの? 嫉妬だから。ごめんな」

 田淵は何も言わなかった。せっかくできた彼女を疑われてさぞかし悔しかっただろう。彼女も彼を信じさせるために身をもってしたくもない写真を撮ったのだろう、他人に見られることを承知で。そのことを思うと胸が締め付けられた。

 それから田淵のシャツはピチッとアイロンがかけられ、髪型も清潔になった。幾分声も大きくなった気もする。

「田淵、最近調子いいな。彼女のお陰か?」

 頭をぽりぽりとかきながらうつむく田淵。

「先輩、それが……」

 言葉に詰まる田淵。まさか——しかしどうも悲しそうではない。俺は田淵の言葉を待った。

「……今度結婚するっす」

 思ってもみなかった言葉に、喉が詰まった。

「なんだ、良かったな!」
「そんなに簡単に喜んでいいんすか?」

 三木だ。怪訝な表情を田淵にぶつけている。

「詐欺じゃないだろうな」
「ち、違うよ」
「じゃあ名前教えて、あと高校、中学校と生年月日も。俺知り合いにそっち系詳しい人いるから調べてあげる」
「おい三木、良い加減に……」
「いいよ」

 田淵の表情は澄みきっていた。

「僕もちょっと心配だったんだ。あまりにうまく行きすぎてるなって。だってあれだけ美人が僕なんかでいいのか、正直まだ信じられないんだ」

 しばらくうつむいてから、田淵はペンを走らせた。そして彼女の情報、生年月日と名前『満島ありす』と書いた紙を三木に渡した。

「是非調べて欲しい。それともし良かったら一緒に食事でも。先輩も来てください、先輩にも会いたいって言ってました」

 それは本当か? 今でも間に合うのか、などという邪念が入り込まなかったわけでもない。

「おお、是非。いつにする?」
「じゃあ……」

 俺たちはその場で日取りと場所を決めた。おしゃれなレストランのディナー、人数は4人で俺と三木、田淵と彼女だ。

 ディナー当日。予想外の仕事が立て込み、目が回るような一日だった。ふとスマホを見てみると、三木からの留守電が入っていた。

「さっき運転中で取れなかったやつか」

 俺は留守電を再生した。

『せんぱーい、残念なお知らせっす。あいつの彼女、ちゃんと実在してましたぁ。特に犯罪歴もなさそうって。くそ、先を越されたか〜今日のディナーで俺のこと好きになってくんないかなぁ ピー』

 あいつ……。でもまあよかった、これで心からお祝いできる。俺は会場に向かった。

 レストランでは田淵がもう先に着いていた。正直可愛い彼女を楽しみにしていたが、そこに姿は無かった。

「お待たせ、彼女さんは?」
「すんません、仕事で少し遅くなるみたいで。先に食べててくださいとのことでした」
「そうか、三木は?」
「実は一時間くらい前に会ったんです。ちょっと遅れるかもって言ってました」
「しょうがねえな、あいつは。じゃあ今しか話せない話でもしとくか」

 田淵は恥ずかしそうににこっと笑った。
 その時だった。俺のスマホがブー、ブー、鳴った。嫌な予感がした。

「はいもしもし……」

 気難しいお得意様が、怒っているとのことだった。今すぐ来て欲しいと会社からの連絡だった。場合によっては深夜までかかる可能性がある。せっかくなのに……

「先輩……?」
「すまん、今日難しいかも。今度改めてちゃんとお祝いするわ」
「そうっすか、分かりました。絶対ですよ」

 ごめん、といって俺はレストランを去った。
 お得意先の怒りは思ったほどではなく、1時間程度無駄話を聞いて、解決はした。本当にタイミングの悪いお得意先だと、思わずため息をついた。

「あれ? 新規の留守電メッセージがある。さっき聞いたよな?」

 三木からの留守電が新着と書いてあった。よく見てみると、留守電は2通あった。俺が確認し終えた1通目の留守電の1時間後に別の留守電があった。ちょうど俺がレストランに着く一時間前だった。

 なんだろう、どことなく嫌な予感を覚えながら、俺は2つ目の留守電を再生した。

絶対に行っちゃだめだ

『もしもし、先輩? 大変なことが分かりました。レストラン、絶対に行っちゃダメです。あの女の情報で追加があって、よくよく調べてみると——ピーーー』

 留守電は途中で切れていた。
 大事なところが抜けてるじゃないか。それにしても行っちゃダメとはどういうことだろう、何か分かっても直接会って話をすればいいじゃないか。なぜそこまで警戒するのか。俺は三木に電話をした。

『おかけになった電話は、電波の届かないところに……』

 何度かけても三木は出なかった。
 それどころか、翌日以降、三木は出社しなくなった。

 今までも突然電話に出なくなったり、海外に現実逃避した経歴があって、しょうがねえなあいつは、と同僚は呆れていたが、正直私は身の危険を感じていた。一番最後に会話をしたのは自分かもしれないからだ。

 それからも田淵は当たり前のように仕事をして、普通に過ごしている。とても私からは聞けない、あの彼女そして三木に関することについては。

 私は三木のデスクを調べることにした。何か失踪の手がかりがあるんじゃないかと。昼休みに社員がいなくなったことを確認し、俺は三木の机に近寄った。予想通りごちゃごちゃしていて、とても何か大事なものを探す気にはなれなかったが、一つだけ収穫はあった。

 ……これって、あの時の。

 田淵の彼女とられる人物の情報、名前と生年月日が書かれたメモだった。正直得体の知れないものとは縁を切りたかったが、これが三木の居場所を突き止めるヒントかも知れないと思い、辺りに気づかれないようポケットに入れ込んだ。すると、

「先輩」

 思わず俺はびくっとなった。

「なんだ、田淵か。驚かすなよ」
「どうしたんすか、三木の机を漁って」
「いや、この前貸してたUSBメモリー、持ってないかなと思って」

 田淵は無表情でその場に立ち尽くしていた。
 今この空間には俺と田淵、2人しかいない。

「三木くん、実はちょくよく家(うち)に来るんですよ。僕の優しい奥さんがうまく対応してくれるんで助かってますけど」

 え? 三木が田淵の家に?
 田淵はポケットからスマホを取り出した。そして写真を選ぶ。

「ほら」

 見せられた写真には田淵とあの彼女。それと三木が悔しそうに歯を食いしばる表情があった。

「昨日の写真です。どうやら僕が結婚することにかなりショックだったみたいで、もう会社なんか行かない! とか言ってましたよ。ほんとダメですね彼」

 先輩にもあげます、と言って田淵は私のスマホに画像を送ってくれた。
 なんだ、三木の単なるふてくされか。俺の考えすぎか。少し心の荷が降りたような気もしていた。

「それと先輩、僕転職することにしました。結婚資金も貯めないといけないし、運良く奥さんのお父さんのつてで、別の就職先が見つかったんで」
「それは良かったな」
「先輩にはお世話になりました、落ち着いたらまたうちの奥さんも含めて食事行きましょうね」
「そうだな」

 田淵と会話をしたのはそれが最後だったと覚えている。一週間以内に田淵は会社を辞め、俺の前から消えた。三木の変死体が甲羅川の河川敷で見つかったのは、田淵がいなくなった数日後だった。死亡推定時刻は、はっきりしないが、少なくともここ一週間以内ではないとのことだった。

あくまで推測だが……

 俺は慌てて女の名前、住所などをネットで検索した。なかなか個人情報は見つかりにくいと思っていたが、一つ決定的なニュースが見つかった。

「●●市の雑居ビルの空きテナントで、全身を布に巻かれて見つかった女性遺体の身元について、県警は行方不明の届け出があり、捜索していた●●市の派遣社員満島ありすさん(23)と発表した」

 偶然かもしれない。しかし、情報の生年月日と合致する。そして亡くなった時期もちょうど田淵に彼女ができた時期と一致する。これはどういうことだろうか?

 画像加工の詳しい友人に田淵から送られた、三木、田淵、彼女がうつっている写真を見てもらった。すると答えはすぐ返ってきた。

「これ、明らかにAIが作ったやつでしょ」
「わかるのか?」
「わかるよ、まず影がおかしい。それと遠近感とかどうやっても微妙に現実とはずれが生じるんだ。それと指ね」

 そう言って友人は彼女の指を指摘した。

「中指と薬指が融合しちゃってるでしょ。AIってこの細かいところを表現するのが苦手なんだよね」

 そうか、としか言えなかった。唖然とする俺に友人が、疑問の眼差しを向けてきた。

「ところで、これがどうしたの? 今なら素人でも簡単に作れるよ、スマホでちょちょいとね。こちらが望んだポーズとか、好みの洋服を着た女の子とかもね」

 考えたくもない結論がここに出来上がった。

 田淵は人を殺している。死んだ人をAIで画像加工し、まるで自分の思い通りに生きているような妄想を膨らませる、画像加工は自分の思い通りになるから、まるで思い通りの美人が隣にいるような錯覚に陥るわけだ。そしてそれを邪魔するもの、三木を消した。消したあとはその人物は自由に扱えるわけだから、AIの加工で写真に入れ込める。

 つまり、田淵の写真に入っている人物は原則死んでいる、ということになる。

 するとあのレストランはなんだ? 俺もあと少しであの写真に入り込んでいた可能性があったのか?
 もう何がなんだか分からない。あんな短時間で写真の加工ができてしまう以上、何を信じて良いのか分からなくなってくる。

 一つだけわかったことは、このことは二度と誰にも話さない方が身のためだ、ということだ。

エピローグ

「新しく配属されました田淵です、よろしくお願いします」
「彼女とかいるんですか」
「はい、結婚してます」
「写真とかあるんですか」
「これです。こっちが奥さんで、隣にいるのが妻の弟です。かなりのシスコンで僕との結婚もかなり渋ってました」
「幸せそうでいいですね」
「はい、ありがとうございます」

(おわり)

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