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支援級はゴール?~ 就学前に大人ができること、すべきこと ~

ある日、目にした新聞記事の中に、支援学級を担任したことがある女性教員のコメントが載せられていました。

「発達障がいが広く知られるようになり、それまで『自分の育て方が悪かったのか』と悩んでいた保護者が救われた側面はある。支援学級に対する抵抗も少なくなり、居場所ができて喜んでいる子は多い」

「居場所ができる」。
環境次第で凸凹がいい方にも、悪い方(望ましくない方)にも伸びてしまう彼らたちにとって、居心地がいい居場所ができることがいいのは、言うまでもありません。

支援学級の垣根が低くなり、学校が安心安全な学びの場になることは、子どもにとっても保護者にとっても、大切なことです。

ですがその前に、保育者、保護者、支援者、そして教育者が、共通に認識してほしい「ある前提」があります。

それは、

「得意なことはどんどん伸ばす。でも、苦手なところも放置はしない」

です。



「・・・なんだ。そんな当たり前のこと?」と思われた方がほとんどだと思いますし、ほとんどだと思いたいのですが、残念ながら、未だ専門職、医療関係者の間での共有認識にはなっていないようです。

というのも、私の相談室には、

園の先生に相談しても

「得意なことをどんどん伸ばしてやればいい」
「苦手なことは、無理にしなくてよい」
「問題行動を起こしても(特性なので)注意しない」
「社会が認めていかないといけないことなので、(診断名がついていることは)公にした方がよい」

など、発達の偏りに対して肯定的な返事が返ってくるだけで終わってしまうのですが、本当にこのままでいいのでしょうか?

というご相談や、

専門機関に、日ごろ手を焼いている子どもの言動について相談しても

「特性だから仕方がないです」
「それが〇〇障害の特徴ですから」

と言われるだけで終わってしまい、何の手立ても教えてもらえません。

本当にどうしようもないのでしょうか?

というような、保護者からのセカンドオピニオン的な相談が後を絶たないのです。


一昔前と違って、今は幼稚園や保育園の先生向けにも、医療機関などの専門職向けにも、発達に関する情報を得る機会が増えました。現場での発達特性への理解が深まっているのは良いことですが、上のような対応は、どれもその場しのぎで、発達の凸凹を表面的に理解しているにすぎません。「その子の将来をよりよくするために、乳幼児期の今、できる働きかけ」という視点が抜けているので、保護者が不安になるのも当然です。

一つずつ、見ていきたいと思います。

◇「得意なことはどんどん伸ばす」
これは間違ってはいません。しかし、得意なことだけに力を入れすぎたため、かえって発達の偏りを大きくしてしまうということがあります。結果、その子の生き辛さを大きくすることに繋がります。
最近は、療育への民間参入が盛んですが「ある能力を伸ばすこと」に特化したアピールをしているところは慎重に選ぶ必要があるでしょう。臨床心理士や臨床発達心理士がいて、その子の全体的な発達のバランスをみながら支援計画を立ててくれるのなら別ですが、そういった療育機関はまだまだ少ないようです。

「やりたくないことは無理にしなくてよい」
これは「苦手なことを経験させて自信を失くさせないよう」にという配慮からの方針かもしれませんが、苦手なことも励まされたり、手伝ってもらったりして挑戦することで、その子の経験の幅を広げてやったり、成功体験を持たせてやることも大切です。「苦手なことは無理にしなくていい」だけで育ってしまうと、就学後、苦手だからと手を付けたがらない科目が出てきてもおかしくありません。乳幼児期の今だからこそ、できる働きかけがあるのに取り組む機会を持たせないなんて、もったいない、としか言いようがありません。

「問題行動を起こしても(特性なので)注意しない」
保護者の話では、その問題行動というのは、他人に危害を及ぼすこと(嫌なことがあると、近くにいるお友達を手当たりしだい叩いたり、椅子などの物を投げつけたりする)なのに、先生が、子どもを隔離して終わりなのだそうです。
こういった行動は、幼児期の間に直しておいてあげなければ(例えその子自身に何の悪気がないとしても)、お友達から避けられたり、嫌われる存在になってしまいます。また、限度を超えるような自分やお友達への暴力的な行動は、今は押さえ込めても、子どもの身体が成長するにつれ大人も対応できなくなっていきます。
こういった問題行動には、行動療法でのアプローチが有効なので、早急に専門家と繫がり、園と家庭で一貫した対応をすることが重要です。

「社会が認めていかないといけないことなので、(診断名がついていることは)公にした方がよい」
前半部分はもっともだと思います。私達は多様性を認め合える社会を目指したいし、目指すべきです。恐らく、この園では先生も、お友達や他の保護者も、その子を認めてくれているのでしょう。
しかし、卒園後その子は、どんな環境に身を置くことになるかわかりません。仮に、小学校までは理解があっても、中学、高校、大学、そして職場…色々な大人や仲間がいる世界に出て行かなければならず、そこにはどんな人がいるかもわかりません。中には認めてくれない人もいるでしょう。
診断名を公にするかどうかは、第三者の価値観で決めることではありません。その子の生き辛さの程度だけでなく、保護者の思いも大切にしながら決めていくことが大切だと思います。

「特性だから仕方がないです」「それが〇〇障害の特徴ですから」
この言葉は、特性を保護者が理解する時には有効ですが、現在、起きている問題への対応や、保護者の困り感に寄りそうには不十分です。
相談された支援者は、少しでも多くの手持ち札を増やす努力をし、保護者が少しでも楽になるような方法を提案したり、一緒に考えてあげる立場であってほしいものです。

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かつて精神科クリニックに勤め、今もカウンセリングルームで大人の方のうつ病や適応障害の方の回復をお手伝いさせていただいている私には、その子が大人になるまでの、あるいは大人になってから抱えるであろうしんどさが想像できてしまいます。現在、キンダーカウンセラーや巡回相談員をしているのは、発達に偏りがある子をできるだけ早い時期に発見し、サポートできる大人を増やすことが大切だ、それが将来、心の病で辛い思いをする大人を減らすことに繋がると、考えているからです。

ですが上記のように、未だに園や専門機関の支援者の対応や認識が様々である現状を知ると、受けられるサポートの種類や内容、質や量は、住んでいる地域、また専門機関によってもかなり違っているというのが現状です。

「苦手なところも放置 ”は” しない」
というのは、その子が苦手なことがあっても、適切な支援の上で、つまりその子の発達段階に合わせながら、挑戦させ、経験させ、スモールステップ(ちょっとがんばったらできそうなことから始める)で成功体験を増やして、よりよい発達へと繋げてゆく取り組みです。そういった機会や取り組みを、いかにお家や園などの日常生活の中に見つけ、提案していくかが、私達プロの腕の見せどころでもあります。

この「苦手なところも放置 はしない」が、保育園や幼稚園の先生、保護者、支援者、そして教育者の間での共通の認識となり、その子にとって本当の意味での安心、安全な育ちの場、学びの場が増えることを願っています。


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