2020年の振り返り①

悩み相談から見る2020年

いま、私はインターネット上で僧侶の悩み相談サイトを手伝っている。悩み相談をメールで受けて、それにメールで返信するというサイトだ。

このサイトでは、僧侶のみが回答する。1000文字という字数制限があるので、答えをかなり簡潔に書かなくてはならないのが難点だと感じている。今日頂いた質問が、今年の皆の悩みを象徴しているように思ったので、質問者の相談を一部改変して、答えと共に紹介したい。


相談者は20代の女性という事だけ伝えておく。おおよそ、以下のような相談を頂いた。(内容は変えてあります)

相談内容:「ネガティブになってしまう」

コロナ禍の厳しい状況になってから、仕事も忙しくなったり、結婚式を延期したりなど自分でも「精神的につらいな」という時期を過ごしています。
もちろんこの状況が辛いというのは自分だけではなく皆そうだということも知っています。しかし結婚式を延期して、その延期先が来年初頭に迫った中で招待状の返信が届くのですが。その内容が少し悲しいのです。
「やっぱり欠席させてもらうかも」というような内容です。そうした連絡が友人のみならず、親族からも来ています。
当然この時期に結婚式なんて行きたくないと思いますし、私たちもできれば延期をしたいとは考えています。しかし、さらに費用は重なりますし、日程が空いていなかったりします。子供が欲しい私たち夫婦の人生プランにはこれ以上日を空けたくない、一日も早く、式をしたいのです...ほかにも理由はあります。

世間では、こんな時期に結婚式をするなんて非常識だ、とか行きたくもない、という言葉が私宛ではないにせよ聞こえてくるのが本当に本当に辛いです。

結婚式のことや生活のこと、健康のことなど考えれば考えるほど苦しくなって、何度も何度も泣いてきました。それでも前を向いていきたいという気持ちがあるのは確かです。しかしもとからネガティブな思考になると抜け出せない傾向があるため少しでもポジティブに考えられるようになりたいです。

これ以上苦しんで悲しんで自分の心に傷を負わせるようなことをしたくないです。どうか助言の言葉をいただけませんか?

(以上)

以上の質問である。さて、この質問に千字で答えるというのは、ほとんど無理である。しかし、無理を承知で以下のような返信を書いた。これはベストな回答とは思えないし、これを読んだ人はもしかしたら気分を害するかもしれない。ただ、2020年の時点の自分はこういう答えをするのが精一杯だったという事を、残しておきたいと思う。もし、私ならこう答える等の意見があれば、ぜひご教示頂きたい。


回答

返信:題:『思い通りにならないことは思い通りにしなくていい。思い通りにならないことを思い通りにしようとして私たちは苦しみます』

相談を読ませて頂きました。前々から計画していた結婚式、計画通りに完全な形で開けなくなってしまった。これは大変つらいと思います。また、社会や周りからもこんな時期に結婚式をするなんて…という声が聞こえてくるように感じておられる。自分達の計画が上手くいかないことは苦しいですね。辛い状況におられ、とても気苦労をされていることを感じました。

私にはあなたの悲しみを聞く事しかできません。あなたがおっしゃっているように、コロナで、多くの人が泣いています。私は3月まで教員をしていました。高校生達はずっと楽しみにしていた修学旅行も体育祭も無くなり泣いています。まだ一度も大学に行けてない、大学一年生もいます。大学生にとっては貴重な4年間の1年が、ほぼ空白状態で終わっています。

私の知り合いでも、店を閉めたり、会社をクビになり、転職あるいは無職にならざるを得ない人が何人かいます。新規開店を諦めた店もあります。今、本当に多くの人が、計画していたことがコロナによって崩れてしまうという事が起きています。

端的に言ってこれは悲しい事です。願いや、思いが途中で折られるのだから…。でも、これは私たちにはどうしようもない事です。私たちは生きていると必ず「どうしようも出来ないこと」に遭遇します。あなたの場合で言えば、他人にそんなこと言わせないようにしたいと思っても、他者をコントロールすることは出来ません。

仏教はある意味で厳しい見方をします。人間は「本来何一つ思い通り計画通りにいかない。思い通りにならないんだよ」とあらかじめ説いています。これを仏教では一切皆苦(=あらゆる物事は思い通りにならない)といいます。

そう考えると、実はいま起きていることは、悲しい事ですが、この世界のまぎれもない真実でもあります。道理にしたがって、物事が展開しているのです。

では、その事をどう受け止めたらいいのでしょう。私たちが苦しむのは、事実を事実として受け取れないという所にあるのでしょう。

あなたに言いたいのは、人間は「上手くやるため」に生きているのではないという事です…。あなたも上手くいこうが行くまいが、生きることを願われているんでしょう。どれだけ嘆いても、コロナを無かったことにはできない。あなたは、コロナ前のように物事を進めたいと思っているからずっと辛い。確かにこのコロナ禍で起きていることはどんな人にとっても惨事でしょう。でも、その惨事を前に今できることをする以外にないと思う。今回の事で言えば、あなたは「思い通りにならないということの悲しさ」を知ったはずです。それは、また思い通りにならないで悲しむ他の人の悲しみに寄り添える人・馬鹿にしない人に成れる可能性を持つことができたということかもしれない。これからも、人生でまた夫婦生活でも、「思い通りにならないことは沢山起こります」その時にどうするかという事を今あらかじめ、学ぶ機会を頂いている。そのように捉えることしかできないのではないでしょうか。

人生を計画通りにしたいと思っている限り、「計画通りにならないことが起こるたびに不幸」になります。でも、計画通りにならないこと自体は道理に従って起こる現象であり、不幸ではありません。自分の思いが不幸にしているのです。…仏教はこう言います。

私の亡き師匠は、小さい頃から徐々に目が見えなくなる障害を持っていました。小さなころからいじめられるなど過酷な青春を送り、二十歳で失明しました。彼は人生を呪ったそうです。でもあるとき、彼は、仏教の教えを聞いて「人は勝つために生まれてきたのではない。負けて一生しょぼくれて生きるために生まれてきたのでもない。勝とうが負けようが生きることを願われている」と気づかされたそうです。彼は目が見えないままに、目の見えない人生を深く受け止めていこう、生きていこうと決心し、60年の生涯を生ききりました。彼は、思い通りに人生を進めることはできなかったのかもしれない。でもその思い通りにならない人生を深く生きました。計画通りに進まなかった彼の人生を誰が不幸とか尊くないと言えるでしょう。

私もまた今の危機に答えるきちんとした言葉を持たないです。それが申し訳ないです。私もまた、今の状況にうろたえています。共にコロナを乗り越えていきましょう。どんなあなたも応援しています。また、いつでも相談して下さい。

(以上:なおこの文は、note掲載用に内容を改変し文字数も1000字をオーバーしている)

(終)










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