見出し画像

あの彼岸花が咲いたら

さっき散歩をした。家の近所を、ほんの数十分。
無駄に広い公園がある。遊具はなく、ただ芝生が広がっている。子どものサッカー用だったのかもしれないが、今では雑草が伸び放題で、犬の散歩をする人しか来ない。
気が向いたので、その地味な公園をぐるっと回って帰ることにした。

草伸び放題だなぁ、羽虫が群れて嫌だなぁ、と顔をしかめていた私は、ある場所にたどり着いた途端、忘れていた記憶に頭を殴られた。
彼岸花。いまの時期は雑草があるだけのその場所には、秋になると彼岸花が咲くのだ。
私はその場所で、写真の被写体になったことがある。撮ったのは、一番仲の良かった友人だ。

「高校で写真部に入ったんだ。モデルになってくれない?」
ということは高一の秋だったのだと思う。小中学校が同じだったその友人は、高校が違ってもなにかと私に連絡をくれた。
私が自分の顔写真を大嫌いなことを知っていた彼女は、「顔を写さない写真にするから」と頼んできた。渋々という体を装いながらも、頼られたことに内心気をよくしながら私は承諾した。

身綺麗な服など一着も持っていない私を、彼女は自宅に呼び、彼女の母の古着だというなんだか変てこなワンピースを着せた。
そして、彼岸花の咲く公園の片隅で、私にレンズを向けたのだ。

「彼岸花、なんか好きなんだよね」
私は彼岸花が好きじゃなかった。血のように赤くて変な形の花が、あまりにも群れて咲くのが怖いと思っていた。
でも、彼岸花を好きだという彼女を、いいなあ、と思った。なんだか大人っぽい気がしたのかもしれない。

撮った写真を、たしか後日印刷して渡してくれた。恥ずかしくて、ろくに見ずにしまい込んだ。
文化祭の展示用の写真だったはずだが、それも見に行かなかった。
見に行けばよかったと、今では思う。私はおそろしく付き合いが悪かった。今もそうかもしれない。


私の過去すべての友人の中で、親友と呼ぶなら彼女しかいない、と今でも思う。
しかし、彼女はもう私の友人ではない。
数年前に大喧嘩をして、SNSをお互いにブロックして以来、一度も会っていない。
彼女を怒らせたのは私の行動で、そりゃ怒るだろう、私が悪かったと今では思うのだが、そのときは売り言葉に買い言葉でずいぶん傷つけた。

彼岸花は、私の視界に入らなくなった。見ても、数秒で忘れ去ってしまう存在になった。


私は来月結婚する。

彼女を結婚式に招待して仲直りができたらいい、と思っていたことがあった。
でも、それって私のエゴじゃないだろうか。
散々傷つけた相手に、面倒な身支度やスケジューリングをさせて、ご祝儀を巻き上げて、自分の幸せを振りまいて、それってすごく嫌味ったらしくないだろうか。
そもそも来てくれないだろう。

でも、結婚するときは連絡しようとずっと思っていたから、報告だけでもしたい。
連絡手段はかろうじて残っているので、勇気が出たら、メッセージを送るつもりだ。

勇気が、出たら。


もうすぐ彼岸花の季節だ。
私たちの彼岸花は、もう一度咲くだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?