サメを買った日
サメを買った。
近所にちょっと変なスーパーがある。どう見てもチェーン店ではなさそうな、小汚い八百屋のような店構え(実際、もとは八百屋だったらしい)。
ぴかぴかの商品がなんでも揃っている普通のスーパーとは違い、泥だらけの小ぶりなじゃがいもが一袋78円とか、細っこいねぎが一束158円とか、その日安く仕入れられたものだけが並んでいる。品揃えは悪い。
野菜だけでなく、お菓子やカップ麺も安い。それも、ちょっと前に出た期間限定の商品ばかり。少し前に別のスーパーで「88円!安い!」と買ったキムチ韓国のり味じゃがりこが、2個セット100円で売っていて私は膝から崩れ落ちた。
そういうわけで私がそこに行くのは、手持ちの野菜が乏しくなり、なんでもいいから安いものをゲットしよう、というときが多い。
話を戻そう。
今日もカゴを手に、いつものコースで店内を回っていた。野菜を見終え、大豆加工品は足りているので通り過ぎ、チーズ売り場で足を止めた。
6Pチーズが2個で220円。ひとつ110円ってこと? 安い気がする。私はチーズに目がない。2つ買っても絶対に食べきれる。でも夫は食べないから、自分のお財布から出さないといけないだろうか。ううん……。
「サメ、どっすか」
突然、背後から声がした。エプロンをした体格のいいおじさんが、従業員出入口の扉に立っていた。さ、サメ?
見ると、隣の鮮魚コーナーにそれはあった。パックされたシールには「さめ」とだけ書かれている。たぶん、よく売られている「もうかさめ」というやつだろう。
「作ったことないです。どうやって食べるんですか?」
好きな漫画家が、八百屋のおっちゃんに野菜の食べ方を聞いていた、というのを思い出して聞いてみた。
「フライが一番よ。気仙沼の人は唐揚げにするけどね」
サメのフライが美味しいことは知っていた。母が何度か作ってくれたからだ。ふんわりとしたクセのない白身はサクサクの衣と合い、私はアジフライより好きだと思ったくらいだ。
「俺ぁ料理屋やってた頃、フライを定食にして出してたよ。もう売れる売れる。特に女の子だね。男より女の子にウケてた。ジョーズ定食っつってね」
おじさんの勢いのいい喋りは面白かったが、私はすぐに手に取ることができなかった。家で揚げ物をするのは夫が嫌がるからだ。油の処理が面倒だから、だろうか。
買いたい。でも揚げ物はできない。考えているうちに、おじさんはバックヤードに去っていった。もう誰も見ていないのだから、買わないこともできた。
けれど私は、サメをカゴに入れた。
第一に、サメは安かった。グラム85円。隣に並んでいるサバの半額である。こんなに安い魚はめったにない。しかも、よく見る白っぽくて味のなさそうな切り身と比べて、赤々として新鮮そうに見えた。
それに、揚げ物はできないけれど、薄く引いた油で揚げ焼きならできる。フライは無理でも、唐揚げならできるだろう。鶏肉や豚肉の唐揚げ粉焼きは、夫の好物である。
なにより、私は嬉しかったのだ。
この店には、引っ越し当初は足繁く通っていたのだが、あるとき一度だけ、店員にきつい声を出されたことがある。それがずっと心の棘になっていて、「あまり行きたくないけど安いから仕方なく行く」店になってしまっていた。
でも、今日からは違う。フレンドリーで話術巧み、それでいて押しつけがましくない、愉快な店員さんがいることを知れたのだから。
今度あの店に行って、鮮魚コーナーでおじさんを見かけたら、サメの唐揚げの感想を言おう。そういうコミュニケーションに憧れていた。馴染みの美容院のような、顔見知りの店員と客という関係に。
そのためにもまずは、今夜の晩ごはん作りをがんばろう。卵とかぶの中華スープと、れんこんの青のり炒めもするつもりだ。
そんなにたくさんできるだろうか。マカロニサラダは、また明日にしよう。
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