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もういない未来の自分と、わたし

こんばんは。もうすっかりこんな時間です。おそろしいことに、新しいiPhoneをAppleストアで買うだけでこんなに手間取ってしまうなんて。わたしは予定就寝時間があと1時間に迫る中、それでも筆を取るのです。今のご時世、筆は取らずとも文字は打てるし、なにより打った矢先に世の中へ発信できちゃうのですから、大したものですね。筆も紙もいらない、これで最後に読み手がいてくれれば、わたしも立派な物書きですね。うふふ。

ところで、さっそくわたしの個人的なお話です。こんな便利な世の中で、わたしはそろそろ死語になりそうな、いわゆる"お茶汲みOL"というやつです。この前、上司に「ちょっとちょっといのりさん…(手招きしながら神妙な顔で)」と呼ばれた時は、なにかわたしも重要な新しいお仕事でも賜るのかと密かにわくわくしていたんですが、フタを開ければなんてことない。「いのりさん、社長は甘いミルクコーヒーがお好きだから、これからはお砂糖とミルク入れておいてあげて」なんて。…なーーーんだ。そうですか。わたしにとっての重要な任務ってそんなものですか。わたしはちょっとしょんぼりしながら、でもさり気なく社長に甘いミルクコーヒーをサーブするのでした。

わたしがほんとはサピエンス全史を夢中で読んだり、もし明日会社が潰れてもちゃんと生きていけるようにしなきゃと実は真剣に考えていたり、自分にビジネスの才覚はないものだろうかと悩んだり、毎日YouTubeでお金や社会や経済をちまちま学んだりしていることの価値を、どうやったらちゃんと証明出来るのだろう。わたしはきょうも何枚も何枚も見積書や注文書やなんやらかんやらをファイリングしつつ思う。お茶汲みOLから見ても明らかに効率が悪過ぎる業務連絡やデータ管理やほぼ雑談の来客やほぼ雑談の会議を横目に、いずれこの世界は滅びるのだろうな、と。いや、世界というのはつまり、このわたしの非効率な会社のことであり、はたまたこんな全時代的な会社を許容してくれる寛容で怠惰な現代の社会であったり、つまるところ、わたしのこんなつまらない仕事のありかたそのもののことである。1日納期がずれただけでいくつものデータを書き換えて、しかもそれが全部このお茶汲みOLの手作業なのだから、正直、正確性を確保する為にある程度慎重に行われる。慎重に行われるということは、多少の時間を要するということだ。しかも納期はころころ変わるし、変わるときは数十件がごっそり1日後ろ倒しになる…なんて、AIなら1秒もかからないだろうことに、わたしは数十分時間を奪われる。電話対応に時間を奪われる。郵便の受け取りに、FAXの配布に、上司代行のメールの送信に、お土産のお菓子の分配に、そしてもちろん本職お茶汲みにも当然、時間は容赦無く奪われる。でも…と、ふとわたしは考える。それが結局わたしの今の仕事なのだろう。上司がやらないお茶汲みをする為に、わたしは実際雇われているんだろう。そう思うとなかなか身震いがする話だ。もっと効率化されたらいいと思うこと、いつかなくなればいいと思う面倒な雑務のこと、これらはいつかなくなり滅びる。だけどそこにはわたしもいない。もう未来には自分はいないんだ。2020年――まだかろうじて、わたしはここにいて、息をしていられるのだけれど。

だから、そういうこともあって、わたしは筆を取るのだろう。幸い今は便利な世の中。筆も紙もなくたって全世界に発信出来る。まぁ、iPhoneは必要だけどね。

これはほんとに、はじめのはじめ。未来のわたしはいつかちゃんと物書きになって、そしたら未来の読み手であるあなたがこんなお話を読んで、昔のわたしを懐かしんでくれるといいな。

「この短編面白いですね!いのりさんもOLなんてやってた時代あったんですね。ところで…この話に何度も出てきますけど、"お茶汲みOL"って何ですか?」

なんてね。

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