恋人が育てたひまわり
恋人とは離れて暮らしている。
お互いに仕事があるし、暮らしたい場所もある。結婚まではお互いにのんびり気楽な一人暮らしを、というところで落ち着いている。月に1度程度会い、食事をし、たまに旅行に行く。一般的なカップルがどれぐらいの頻度で会うかは知らないが、今のペースもそれなりで心地よい。
ところが最近の社会情勢で、お互いの家に行き来するのも難しくなった。
4月頃からはもっぱらオンラインで会い、お酒を飲みながらのお喋りを楽しみにしている。Netflixの面白かったドラマや映画の話をしたり、お互いにオススメの本を送りあったり、SCRAPが販売を始めたリアル脱出ゲームに興じたりと、こんな状況でも遊びは尽きない。
ある日のオンライン通話で、恋人は珍しく画面越しに疲れた顔を見せた。大丈夫か尋ねると、
「実家にも帰れないし、外出も控えてるから、家と職場にしかいなくて生活にメリハリがないよ」
と力なく言った。私は恋人をどう元気づければ良いか考え、5月の中旬にひまわりの栽培キットを買って送った。夏の花で元気なイメージのあるひまわりなら、恋人を元気づけられるかもしれないと思った。植木鉢や土、栄養剤を買いに外へ行けないので、栽培に必要なものが全て入ったキットにした。
もともと植物や自然が好きな人で、このプレゼントは喜んでもらえた。届いたその日のうちに種を植えたようで、数日で芽が生えてきた。
私は植物や動物を育てるのが幼い頃から下手で、自分用には栽培キットを買っていなかった。でも恋人から双葉の写真が送られてきて、だんだん羨ましくなってきた。
私はすぐに追加注文し、数日遅れでひまわりの栽培を開始した。オンライン通話ではお互いの生活状況の話に加えて、ひまわりの育ち具合を確認し合うようになった。
恋人のひまわりは梅雨に入ってもぐんぐん成長し続け、あっという間に植木鉢を覆うように葉を広げた。私のひまわりは育て主に似たのか、マイペースな成長だった。恋人に栽培のコツを尋ねると、「愛の不時着」のユン・セリのように、褒め言葉をかけるのだと言った。
さっそく私も「ピアノ…」と声をかけると、「それは違う」と画面越しにたしなめられた。
6月の終わり、恋人のひまわりには今にも咲きそうな蕾が見えていた。ひまわりの栽培が生活の楽しみになっていると言われた。世話好きな人なので、朝目を覚ますと一番にひまわりに水をやり、仕事から帰っても一番に水やりをするのだそう。プレゼントを褒められるのは嬉しいことだ。
成長がイマイチな私のひまわりの心配もしていて、間引きについてや、葉についた虫の駆除の方法などを教えてくれた。
そして7月に入り、恋人のひまわりは咲いた。育て主に似て、綺麗な花だった。なにか気の利いたことでも言おうと思い、こっそり花言葉を調べた。
ひまわりの花言葉は、「憧れ」「あなただけを見つめる」
元気のない恋人に、元気なイメージのあるひまわりを選んだだけなのに、やたらメッセージ性の強い花言葉で気後れする。言葉の重みがすごい。
けれど、こういう状況で、改めて思いを伝えるのもいいのではないか。それに、二人でハマっている韓流の恋愛ドラマでは、花言葉は必須のアイテムだ。私は決心した。
「ひまわりの花言葉って知ってる?『あなただけ見つめてる』だよ」
画面越しでも、思いは伝わるだろうか。緊張しながらその返事を待つ。
「あぁ、そうだよね」
食べることが何より好きな恋人は、次はトマトを育てようと計画している。
私のひまわりは、褒め言葉が足りなかったせいかまだ蕾もつけていない。
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